愛さないと言われたが、愛されないと決まったわけじゃない あらすじと1話目

【あらすじ】


『私はお前を愛することはない』

その言葉に傷ついてなどいないと思っていた。
男との結婚、妊娠、出産、そんなもの普通の男の人生ではないと知っている。
自分が他人と違う存在だと分かっている。
だから、愛を期待などしないと死ぬまで思い込んでいた。

これは誰にも愛されず、惨めに死んでいくはずだった俺の逆転の物語。
国王の甥である冷たい美貌の公爵と安産という異能を持つエビータ一族の男のありふれた愛の話。


内容:美形×平凡、ファンタジー、男性妊娠、予知夢?、両片思い?、ヤンデレ、家庭円満への道


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以下、1話目まるごと




【1】愛さないと言われたが、愛されないと決まったわけじゃない
 


『私はお前を愛することはない』


その言葉に傷ついてなどいないと思っていた。
傷つくはずがない。初めて会った相手だ。

傷つく理由がない。愛されることを期待していたのなら傷つくだろうが、事前の情報で相手が異性愛者であり、同性である自分との婚姻に乗り気ではないと聞いていた。この可能性は分かっていた。

俺のことを好意的に思っていないと心構えはできていた。
突き放すような言葉に傷つくこともなく微笑んでうなずく。
余裕のない態度は恥ずかしいものだと教育されている。
怯えてはならない。震えてはならない。泣くことなどあってはいけない。

現、国王の甥にあたる人間だとしても同世代のクソガキ相手に負けを認めるなどありえない。

内心で「自分の立場を分かってるのか」と吐き捨てる。
俺は自分の価値を何より知っている。
誰よりも状況を分かっている。
今回の結婚の意味も意図も必要性も分かった上で、ここ居る。
政略結婚というには一方的な要請だった。王命だ。

安産という異能を持つエビータ一族の俺は自分の事とはいえ、結婚を断る権限がない。
俺の管理は俺の手に委ねられていない。自由などない。決められた相手と寄り添うのだと生まれた時から教えられていた。

だから、愛を期待するなと言われたところで傷ついたりなどしない。エビータが子供を産むための道具として使われるのは今に始まったことではない。俺が不当な扱いを受けているわけではない。

すでに結婚して家を出た、姉たちも望んだ相手との結婚というわけではなかった。
世の令嬢たちのように恋愛小説に夢を見たりしない分だけ、俺のほうが余裕があって、心穏やかだろう。
なにせ、愛されなかったとしても男だから仕方がないと言い訳ができる。

男同士の関係は友情に毛が生えたものだと思っていたが、それすらも望まれないなら、どうだっていい。

初潮もまだな妹が嫁ぐよりも精神的にマシだ。
クソ野郎から妹を守れたという達成感がある。

幼い妹が過酷な場所に一人で嫁いだ場合を考えると後悔と怒りが湧く。初対面で自分の子供を産む相手を尊敬するでもなく、拒絶する、頭のおかしな相手。

そんなクソ野郎と妹が接することがなくて良かった。
カーヴルグス公爵家に嫁ぐのが俺だったのは、不幸中の幸いだ。
それが自分の旦那になる男、アリリオへの第一印象だった。


◆◆◆


この国の貴族は、異能と呼ばれる特殊な力を持っている。
神によって与えられた尊き血筋に宿る神秘の力が異能だ。ゆえに平民が異能を持つことはない。
稀に異能持ちの平民がいるが、血筋をさかのぼれば貴族の火遊びや駆け落ちが該当する。

生粋の平民は異能を持ちえない。これは絶対だ。

貴族は自分たちの権利を守るために無駄に種をまくことを禁止している。これを守らない家は取り潰すこともある。
性欲や気持ちの満足感のために愛人を持つこと黙認されている。娼館通いだって問題ない。だが、子作りは特別なことだ。
王家が認めた人間同士でないと貴族は子供を作ってはならない。平民と違って自由恋愛など存在しない。

これが我が国における貴族の常識だ。

愛人ではなく、側室なら子供を産む相手と言えるが、相当の理由がなければ側室制度など使われない。カビが生えた古い制度だ。

家に側室を入れるということは、最初の妻に問題があると公表しているのと同じだ。
愛人ならば、欲望のはけ口だと目をつぶっても側室は許せないという貴族令嬢は多いだろう。だからこそ、側室がいる正妻を馬鹿にするのだ。自分はあんな負け犬にはならないと見下すことで線を引く。自分の夫は、自分を惨めな存在にしないと信じるために側室のいる正妻の陰口を叩く。
跡継ぎを産むという仕事を別の女に奪われるかもしれない危機感に女性たちは敏感だ。
女性たちの権利を守り、家同士の争いを防ぐためにも側室制度は事実上、使われない制度でなければならない。
表面上だけでも夫は妻だけを愛さなければならない。
神に誓いを立てたのだから、貞操は守らなければならない。


「何か問題があるか?」


カーヴルグスの当主である俺の旦那であるアリリオさまは、冷たい瞳で俺を見下ろす。感情の見えない彼の瞳が俺は苦手だ。

身籠ったと報告した俺に側室を迎え入れると言い放った。
相談ではない。決定だ。

当主はアリリオさまなので、お好きにどうぞと言うべきかもしれない。

当主の決定に一族の人間は従わなければならない。そういうものだ。が、子供が出来たのなら用済みと言わんばかりの態度はあまりにも愛がない。思いやりがない。どの角度から考えてもクズだ。

彼の父親から、弱い子だから支えてくれと言われたが、その必要はなさそうだ。俺の支えなど、彼は必要としていない。
側室として予定している女性の名前や家柄を教えられる。
社交界には、あかるくないので名前だけではピンとこない。
伯爵家の令嬢なので、公爵家の側室として問題ないのだろうと判断はできた。
明日にでも俺も含めて顔を合わせるらしい。
その話し合いに俺は必要なのだろうか。

「あなたの思う通りになさってください。アリリオさまが間違うことはありません。信じております」

ふざけんなクソ野郎と殴り掛かるだけの権利を俺は持っているのだが、いつも通りに従順な人間を装うことにした。
公爵というほぼ王族と言える由緒正しすぎる家柄のカーヴルグスに嫁入りした子爵の息子の俺に発言権などない。

夫婦になろうとも対等ではない。

愛されていたり、信頼を勝ち得ていたのならまた別だが、俺たちの間には何もない。

冷たすぎるアリリオさまの瞳を見つめ返すことは難しいので、口元のホクロを見つめる。キリっとした冷たさと厳しさ全開のアリリオさまをホクロがすこし緩和してくれている。

チャーミングとはこういうことなんだとアリリオさまの口元のホクロを見るたびに思う。

死ねゴミ野郎と言わないために体調がよくないと嘘を吐いて退室しようとしたが許しをくれない。
妊娠したので、寝室を分けるという話をしたら側室を入れると言い出した。性欲の権化だ。色男は一人寝が出来ないのかもしれない。それにしても無神経でおぞましい。

俺が男だから不当に差別されているのか、あるいは知らなかっただけで恋仲の女性がいたのだろうか。

俺が妊娠するまで側室を入れずに待っていたのが配慮だと言うのなら、気の使い方を間違っていると説教したい。彼には人の心がない。実際は何も言えずに微笑んでおくだけの腰抜けだ。

俺は表立って、彼を批難するだけの立場にあるというのに飲み込んでしまっている。
男だからか、今まで受けたあつかいのせいだろうか。


旦那さまを立たせるべしというのが、エビータの教えだ。

安産という異能を持つエビータ一族の男として、俺はちょっとした有名人だった。
エビータは、とある侯爵家の後ろ盾がある子爵に過ぎない。

だが、異能という目に見える貴族の証明のためにこれ以上にない最高の力を持つ、特異な一族でもあった。

エビータは異能持ちを判別できる上に相手と自分の子供がどのぐらいの強い異能を持つかも分かる。
能力のメインはあくまでも安産なのだが、産むために必要となるタネの識別にも秀でていた。
男である俺は特に最強のタネを見つける能力が高い。
アリリオさまの父親である前カーヴルグス当主に嫁に来てくれと頭を下げて頼まれた。国王の弟にあたる相手が頭を下げたのだ、王命がなくとも断れるはずがなかった。

エビータ一族が産む子供は、その一族の力を強く引き継ぐ最強の人間になると言われている。
ちょうど姉たちはすでに人妻になっており、相手が決まっていないのは俺と妹。その上、男のエビータは最強の子供を産むと言われているので、欲しがられても仕方がない。

断れば、初潮もまだという幼い妹が捧げられてしまう。ありえない話だ。俺がアリリオさまのもとへ嫁に行くしかなかった。

当主を譲る条件としてアリリオさまに出されたのは、俺との結婚。アリリオさまにも選択権はなかった。
俺との結婚は本意ではなかったのだろう。
男と結婚したくはないと冷たい視線が告げていた。

『私はお前を愛することはない』

顔を合わせて、すぐに言われたことだ。これから夫婦になるという相手からの拒絶は苦しかった。
エビータ一族として旦那を立てることが義務の俺は微笑んでうなずいた。
アリリオさまは歴代の王の中でも美しいと言われる国王陛下の甥だ。
彼の見た目は当然のように麗しい。

エビータの売りは安産であって、美ではない。

俺は彼からすると自分に相応しくない人間だったに違いない。
投げつけるようにして側室候補の伯爵令嬢の釣書を渡される。
アリリオさまの言う通りと返したのに俺に相手を見ろと突き付けてくる。明日に会うのだから、くわしく知る必要などない。
俺には関係のない話だ。
アリリオさまからの視線が痛いので、釣書に目を通す。

「あかるい雰囲気の美しい人ですね」

添えられていた絵姿がどこまで本人と似ているかは不明だが、贅沢が好きそうな派手な顔の女性だ。美人だが性格がねじまがっている、悪女顔だ。

意地悪顔だからといって、本当に意地悪女かは分からない。

怒っていなくとも怒っているような顔の人間はいる。
俺は笑っていなくても笑っていると言われる。
愛想を良くするのは当たり前だと思っていたが、アリリオさまからはヘラヘラするなと叱られる。
公爵の伴侶として、堂々とした態度が正解なのかもしれないが、彼のように威張り散らすのは性に合わない。

「ハッ。これが美しい? 私が女装したほうが、千倍はマシであろうよ」

鼻で笑われてしまったが、確かにその通りだ。
女顔ではないが、アリリオさまの顔立ちは美しい。
けれど、アリリオさまは美しさよりも冷たさが先に出て、早い話が怖い。異能を抜きで、剣技だけで、魔獣を打ち滅ぼしているという噂のせいだろうか。
お腹の中に子供がいなかったら、失言で首を切られそうだ。
いつだって、そのぐらいに雰囲気が冷たく鋭い。

「貴様の美的感覚はどこまでも狂っているな」

花瓶の花を褒めたら「こんなものが美しいなど目が腐っている」とビックリの罵倒をされた。
俺のやることなすこと気に食わないのだろう。
謝って気落ちした顔をしていれば、彼はそれ以上攻撃しない。
だからそれでいいのだ。
アリリオさまは、側室を望まれていて、俺に許可を出すように求めている。俺はすでに許可して、この結婚生活を終わりを感じていた。子供を産んだら、それで終わりだ。

公爵家の別邸か、実家の子爵領か、どこかで余生を過ごすのだろう。側室としてやってくる伯爵令嬢が俺の代わりにアリリオさまの妻としての立ち振る舞いをするはずだ。

「男性の横に立つのは、女性のほうが映えますから――」
「私以下の女が何人いようとも私の価値は上がりはしない」

自分ひとりで十分に輝いていると言いたいらしい。事実だが、自信過剰な発言が目立つ。
どこか虚勢を張っているような痛々しさがあって嫌いじゃない。
クソ野郎と思うことも多いが、立場からして特殊な人なので仕方がないと思うしかない。
怖い、苦手だという意識と本気で微笑ましいと思う気持ちとが俺の中で渦を巻く。

『私はお前を愛することはない』

出会った瞬間のことを思い出すたびに心臓が冷たく凍る。
彼の口元のホクロだけを見て、愛想笑いをして乗り切る。
それが、俺に出来ることだ。



◆◆◆◇◇◇

ベッドの中にやせ細った男がひとり。俺だ。

出産後、体は徐々に弱っていった。
目がかすむ、喉が痛い、内臓が焼ける。

食事もまともに摂れず、生きていることが苦痛でしかない。

助けてと口にすることも出来ずにベッドで寝たきり。
大勢いるはずの使用人は気配がない。
俺の世話をしているのは、へたくそな介護人ひとりだけ。

新人が誰もしない仕事を押し付けられたのだろう。
何度も喉に物を詰まらせたり、風呂で溺死されかけた。
何度か失敗を繰り返して、コツを覚えた新人を褒めてあげたいが、体は思うように動かない。

病気がうつるといけないと息子にはガラス越しでしか会えない。
透明度の低いガラスは、あの子の姿を見せてはくれない。

そもそも、目が悪くなっているので、悪いのはガラスではないかもしれない。

会いたい、抱きしめたい。
そう思う自分勝手な気持ちは死が近づいた証だ。

俺は死ぬのだと自覚して、喉から血が出るのも構わずに泣き叫んだ。見苦しい俺の姿を世話をしている使用人はどう思ったのか、抱きしめてくれた。

公爵家に来て、初めて優しくされた気がした。
ひとりで惨めに死にたくないと思って初めて、アリリオさまに愛されたかったのだと気づいた。

愛されなくても平気だと強がって、馬鹿みたいだ。
側室として家に入った馬鹿女に毒を盛られたのは分かっている。
アリリオさまに馬鹿女の所業を訴えて、追い出して、正しい治療をすればよかった。病気ではなく、毒の後遺症だ。

死なない代わりに役立たずの肉塊になった。

だらだらと苦しみながら生き続ける恥知らずな俺。
死なない代わりではなく、ゆっくりと体を壊してく毒だったのかもしれない。
自分の利益を守るために側室が正妻に危害を加えるのは、よくある話だ。

彼女は公爵家に来て、早々に身籠った。

誰の目にもアリリオさまの寵愛がどこにあるのかは見えていた。
悲しくない、苦しくない、悔しくない。そう思い込むために愛されなくて構わないと二人を祝福した。
自分はどこかでひっそりと暮らすから好きにしろと思っていた。

心がこんなにも寂しいと叫んでいる。
死を前にして、愛されたいと望んでいる。

夢見ていた。

姉たちが幸せそうな家庭を築いて、夫婦円満に暮らしている姿を見て、俺もそうなるのだと夢見ていた。
男同士だから、姉たち夫婦とは違ったものかもしれないが、お互いに尊重し合い、慈しみ合う幸せな生活があると思っていた。

あかるく輝かしい未来を夢見ていた。

愛し、愛される、どこにでもある平凡なありふれた愛のある日々を送るのだと無意識に願っていた。
悲しみと苦しみに満ち満ちた悲惨な末路など、想像つかない。
想像したくなくて、目をそらして、最悪の結末を迎えたのだ。

いくらでも軌道修正はできた。
俺は臆病だっただけだ。

愛されず、信頼もされていない俺の言葉をアリリオさまが聞くことはないと思っていた。自分が寵愛する側室を悪く言う俺を冷たくあつかうのだろうと何も言えなかった。

異性愛者であるならば、男の俺よりも女の側室を寵愛するのは当たり前だ。俺が敵うはずなどない。愛されるわけがない。

言い訳を繰り返して、さみしさを飲み込んだ。
苦しみは慣れ親しんでいた。
思い返せば、誰からも愛されてはいない。

両親や姉や使用人たちからも疎まれていた。
男の身で子供を産むなど、女性の領域を侵害する不遜な行為。

祖父が不憫に思って、過去の文献を漁ってくれた。
エビータの男が最強の子供を産むという記述を両親に突き付けて、俺のことを大切にするようにと言った。

文献が捏造だとは言わないが、過去にいたエビータの男が強い子を産んだだけで、俺も同じとは限らない。
それでも、すがっていた。

俺は最強の跡継ぎを産むために必要な人間だと、アリリオさまに必要とされる伴侶だと心の底で誇っていた、驕っていた。

側室が産んだ男の子は優秀なので、カーヴルグスの跡継ぎだと誰かに言われた。死の淵で聞いた幻聴ではなく、側室の勝利宣言だろう。

女の高笑いを聞きながら、俺の意識は完全に途絶えた。

命の炎は、あっけなく消えた。



◇◇◇◆◆◆


目が覚めて、驚いた。

アリリオさまが見たことがないほど、焦った顔で俺を見下ろしている。冷たい視線ばかりで、恐ろしかった彼が目の前にいる。

夢の内容は鮮明で、アリリオさまからの拒絶よりも恐ろしい。

泣きながらすがりつく俺を払いのけることもなく、抱きとめて落ち着くまで待っていてくれた。
初めて見る、紳士的な態度だが、それを喜ぶ余裕がない。

夢と片付けるには現実感のある内容だ。
俺に未来を視るような異能はない。
そのはずなのに何もしなかった場合の数年後だと確信できる。

どのぐらいの時間が経ったのか「あの……」と声をかけられた。
顔を上げると主治医と執事が困った顔で立ち尽くしていた。
醜態をさらしてしまった。

慌てて、アリリオさまから離れようとするが、なぜか抱き込まれて動けない。頭を叩かれた。泣きじゃくっている見苦しさが許しがたかったのかもしれない。

「自分の顔が如何に醜いか自覚しろ」
「……泣き腫らした顔を隠してくださって、ありがとうございます。アリリオさまは、いつもお優しいです」

いつもなら愛想笑いで不快さを誤魔化したかもしれないが、今はそんな気持ちにはならない。惨めにひとりで死にたくないという恐怖から媚を売りたいわけじゃない。

へたくそな抱きしめ方に覚えがある。
弱っていった、俺の世話をしていた誰か。

妄想かもしれない。願望かもしれない。
そもそも、夢の中でのことだ。

俺を抱きしめてくれた、世話役はアリリオさまではないだろうか。

普通に考えればありえない。
どれだけの愛妻家でも、忙しい公爵が死にかけの妻の世話などしない。
けれど、独りよがりな食事のさせ方を思い出すと人に合わせることなど思いつきもしない性格が出ているとも思う。

新人で仕事が分からないにしては、仮にも貴族に対して気が使えなさすぎる。形だけの正妻でも貴族を殺すなど恐ろしくて、普通の使用人なら、もっと丁寧だったはずだ。

人の世話をしたことがない人間が初めてやったから、あんな風に不格好だった。そう思うと胸が熱くなる。
想像に想像を重ねた、事実とは程遠い妄想劇場は、アリリオさまの心臓の鼓動で肯定されていた。
早く大きな心臓の音を聞くたびに俺は気持ちが高揚する。

「好きです」
「は?」
「愛しております、アリリオさま」

アリリオさまは「気が触れたのか」と吐き捨てているが、体温は上がり、心臓は壊れそうだ。あきらかに動揺している。

今まで「愛することはない」と言われた言葉に縛られていた。

初めて会った日、俺のことを愛することはないと言われた。

どうして、諦めてしまったのだろう。
どうして、強がってしまったのだろう。

愛することはないと言われたのだから、愛されるために努力しようと思わずに逃げた。
愛されないのなら、愛したりなどしないとそっぽを向いた。

弱って、徐々に死んでいく中で愛されたいと強く願ったことは夢じゃない。
今の俺の本音だ。
隠して気づかないフリをした昔からの俺の気持ちだ。

愛さないと言われた。
それがどうした。
まだ愛されないと決まったわけじゃない。
人の気持ちは移り変わっていくものだ。

女の側室を求めるような浮ついた彼の気持ちを俺のもとに繋ぎ止めるために出来ることが、まだあるはずだ。

まだ、死んでない。
まだ、終わってない。

何を諦めているのだ、情けない。
間違った方向で努力して、意地を張った。
理解のある人間だと微笑んで我慢し続けた。
賢く立ち回らないといけない。
俺よりも美しく、残酷で、容赦のない女がやってくる。


「怖い夢を見たのです」
「なんだ、一人寝も出来んのか」
「一緒に寝てくださるのですか?」
「元々――貴様が」
「お腹に子供がいるのにえっちなことをするのは、気恥ずかしくて……心にもないことを言いました」

寝室が一緒なのは、子作りのためだ。
子供が出来たなら、一緒に寝る意味はない。
そう思って、寝室を分けることになった。
だが、そのせいで側室がやってきて俺が死ぬのなら意味がない。
俺はアリリオさまから邪険にされたくなくて、先回りして動いていた。自分のことばかり考えて、損な選択ばかりをしてしまった。

「エビータは異能により安産なので、身籠った瞬間から安定期です。えっち……できますよ」

以前は義務として、イヤイヤだった。それも悪かったのだろう。
積極的に動くということをしなかった。
見た目が綺麗でもない、女性的な柔らかさもないのだから、俺を抱く利点がない。

「誰かに洗脳でもされたか? 強力な精神汚染の気配が――」
「いえ、気づいたのです」
「なんだと?」
「男はスケベな生き物です。今まで、そういうところを見せるのが恥ずかしいことだと思って我慢していました」

肉付きの良い女を側室に入れることを思えば、アリリオさまの好みは性的な人間なのだろう。
俺は他人から欲情されるタイプの容姿ではない。
だからこそ、そのイメージを壊せば俺たちは新しい関係に生まれ変わる。
肉欲の前で、男は無力だ。
下半身の言いなりになることを誰も責められない。
だからこそ、俺が先にそこを攻める。

アリリオさまを射精することしか考えられない、射精猿にするのだ。
愛される第一歩として、楽しい性生活を始めてみようと思う。

アリリオさまの寵愛を得るために気持ちを新たに再出発だ。

赤く染まっているアリリオさまの首元にくちびるを寄せる。
文句を言われたが、怒っているようには見えない。
むしろ、勝ち誇ったように笑っている。
何かを喜んでいるようだ。
どういうことだろう。

夜のことが楽しみなスケベということだろうか。




略称は「愛愛」です。

美形×平凡の(自分的に)王道のお話です。
お付き合いいただけると嬉しいです。

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