【あらすじ】
中学で現在の同居人にレイプされた。
男に犯されるのは衝撃的でトラウマものだが、安心したのを覚えている。
得体のしれない狂人ではなく、心がある人間なのだと、あの日に知った。
西垣と阿賀松の両片思いセフレ状態なのに仲良しラブラブに見える歪んだ話。
あつかいとしては不良総長(加虐系)×別チームの下っ端(不良の自覚はない非戦闘員)
美形×平凡、ヤンデレ、執着、肉体関係先行、暴力描写、不憫などなど注意ですが、受けの性格がドライなのでダークな話というわけではないはず……。
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同居人と俺の愛にあふれた愛なき日常以下、サンプル(作中の抜粋)
阿賀松と俺の愛なき出会い 気づいた時にはヒロさんは総長と呼ばれる立場になっていた。
俺以外ともヒロさんは夜中に会っていた。そのことはヒロさんからも聞いていたのでショックじゃない。ヒロさんは俺のものじゃない。俺にとってヒロさんが特別でも、ヒロさんにとって俺は特別じゃない。それは別に悲しいことじゃなかった。
中には自分がヒロさんの特別じゃないのが嫌なのだと訴えたり、ヒロさんの特別になろうとして他人に危害を加えようとするやつも出た。俺も石を投げられたりしたが、ヒロさんが庇ってくれた。運動能力が低い俺が一番危ないと警戒してくれていたらしい。
ヒロさんの代理人を名乗る久道さんが「ヒロはみんな仲良くしてるのを見たいに決まってんるじゃん」と口にしたことで、チームが出来上がってしまった。ヒロさんと自分という狭い世界ではなく、ヒロさんを好きな集団。ヒロさんと過ごす時間が好きなもの同士なので、トラブルらしいトラブルもなく平和だった。
ある人物が現れるまではヒロさんが中学に進学して寮暮らしになっても、人数が増え続けても、平和だった。
たぶん彼の存在はあまりにも目立ちすぎた。輝かしいものを人は暗がりに引きずり込みたいのかもしれない。
「ねえ、つかさ」
「……なに」
「あたしが腕折ったこと覚えてる?」
今日はヒロさんが来ないと誰かが口にしたことで、たまり場の人口密度はグッと下がった。
寮暮らしのヒロさんが、わざわざ頻繁にたまり場に顔を出してくれる方が奇跡だ。
ゴミが転がっているのをヒロさんの目に映したくない俺は、お菓子を食べ散らかす馬鹿を罵りつつ片付ける。
今はヒロさんがいなくても、このたまり場はヒロさんの場所だ。清潔じゃないといけない。
掃除に精を出して、姉の言葉を聞き流そうとする。
姉はろくでもない事しか口にしない。
「あれって、ヒロロに近づいたからだと思うの」
「自分の不注意でって言ってなかったか」
「そうした方が平和だと思ったのよ。ほら、あたし一時期ヒロロの彼女面してたでしょ? そうしたら誰か分かんない奴に襲われたの」
「妄想か」
「事実だしぃ」
「誰も信じるわけねえじゃん」
姉が信用がないというよりもヒロさんが貞操観念がしっかりした人だと誰もが知っている。不特定多数の人間と関係を結ぶことはない。誰か一人に絞るにしても、姉がそこまで特別あつかいを受けていないのは明白だった。俺も含めて姉も他のチームの人間もヒロさんの仲間かもしれないが特別じゃない。
「久の道は有り得る話だって納得してたけど?」
「久道さんが? なら、そうかもな」
ヒロさんにとって特別だと言えるのは久道さんかもしれない。
人数が増えるにしたがってチーム内で単独行動する人間を止めるのが大変になってきた。
小学生時代からヒロさんを知っているか、どうかで階級が違うので、俺は比較的あつかいがいい。
非戦闘員で毒にも薬にもならないからか、特別敵対視されることはない。姉の苦情が俺のところにときどき来るぐらいだ。
久道さんはヒロさんのことを「幼馴染の腐れ縁って感じ」と表現するだけで、親友とか友達とはあまり言わない。親しくしているとアピールしたがる人間が多すぎるから、そんな人種とは違うと言いたいのだろうか。俺もあえてヒロさんとの付き合いが長いという話はしない。嫉妬が怖いのではなく、大切にしたいからだ。他人に言いふらすことじゃない。
きっとヒロさんならそうする。大切なことは言葉にする必要はない。自分が分かっていればいい。
久道さんはヒロさんのことを分かっているから、ヒロさんが言いにくいことや言わないでいることを口にする。
ヒロさんのことを好きな人間が誰でもヒロさんの考えを理解しているかと言えば、そうでもない。言わなければ伝わらないこともある。久道さんはヒロさんの補助機材だ。ヒロさんを構成する要素のひとつになっているのは、羨ましい。
「あの阿賀松のクソ野郎いるじゃない?」
「……ぶさいくはヒロさんに近寄るなって顔面ミンチにしてるって噂の?」
「あたしの友達の友達の知り合いのいとこが、半年前に腹パンされて、未だにあざが残ってるんだって。色素沈着? 最悪だよね」
「見せてもらったの、それ」
「写真回って来たけど、拾い物の画像って言ってた。こんな感じっていう例え?」
噂の真相はともかく、最近聞く名前の一つが「阿賀松」だ。
ヒロさんのことを「ふうちゃん」と呼んで殴りかかってくるから、久道さんが落とし穴や転ぶ仕掛けなんかを作っていた。ヒロさんは喧嘩を売られれば買うし、あまりにも喧嘩の規模が酷い場合は両方を罰しに行く。
無理やりの仲裁というよりはお互いにやめ時が分からなくなった喧嘩をヒロさんを理由にして終わらせられて、双方ともに安堵の息を吐いていることが多い。ヒロさんはとにかくタイミングが良かった。出会ったあの瞬間だって、神がかっている。ヒロさんが居ると居ないとじゃ俺の人生は違ったものになるが、あの瞬間を逃していたらヒロさんが居ても俺は戻れなかったかもしれない。
ヒロさんを中心にした世界は綺麗で落ち着いている。
「阿賀松があたしの腕を折ったんじゃないかって」
「阿賀松のことは直接知らねえけど……顔がミンチになってないじゃん」
「あたしの美貌を壊すのが惜しくなったってか、ブサイクじゃないなら顔は手つかずじゃない?」
ヒロさんの趣味に合わせるようにメイクをナチュラルに変えた姉は、個人的に悪くない。メイクを濃くすると途端にバカっぽく見えてしまう残念な顔立ちだが、今の姉は多少知的だ。発言は変わらずバカっぽいが、見た目だけなら悪くない。
「ヒロロのかわいいひっつき虫ちゃんが、あたしと同じような被害にあったらって思って……」
姉がひっつき虫というのは最近ヒロさんに文字通りくっついているある人物のことだろう。
最初はボーイッシュさのある美少女かと思った。性別を超越したあいらしさを出しているので、女の子が男らしい立ち振る舞いをしているのだと勘違いした。
でも、すぐにレベルの違う美少年なのだと分かった。ヒロさんの対応が雑だからだ。女の子相手ならヒロさんは、あそこまで無遠慮な対応はしない。同性だからこその厳しさは俺たちにとって喜びだが、彼がそれを分かっているかは別問題だ。
「自分の置かれてる立場とか分かってなさそうじゃない? 阿賀松がひっつき虫ちゃんにちょっかい出しはじめたって」
死亡へのカウントダウンだなと他人事のように思っていた。
高校生もそこそこいるようなチームをまとめる阿賀松は俺にとって噂の人物であり、顔を合わせる対象じゃない。
それなのに俺は出会ってしまった。
『ヒロに助けてもらえるヒロイン役をやってみない?』
久道さんから受けた提案を丸呑みしたわけじゃない。
ただヒロさんの役に立ちたいとそう思った。それだけは本当だ。
でも、実際に助けに来てもらえて俺は嬉しくて申し訳なかった。
姉いわく、ひっつき虫。
彼が人並み外れた美貌を持ち合わせているのは間違いない。
ただ言動に難がある。ヒロさんは彼のことを傲慢だ、高飛車だ、上から目線だ、生意気だとらしくないほど攻撃的だ。ヒロさんは他人の性格について驚くほどに寛容だ。自分や社会に迷惑をかけない範囲なら、変態的な趣味や性癖を持っていても気にしていない。
男に告白されても拒絶するでもなく、かといって気を持たせるようなこともせず、完全に振る。
恋心よりも尊敬の割合が大きい人間が多いから、ヒロさんに振られたところでヒロさんから離れることはない。
ヒロさんはヒロさんを愛して慕うことを嫌がったりはしない。それはヒロさんはみんなのものという共通意識を作る土台になっていたし、ヒロさんが誰のモノにもならない安心がみんなの中にあった。
だから、日常的に他人の言動に注意をするヒロさんというのは、俺からすると例外的なめずらしい光景だ。
誰が見てもヒロさんにつきまとっているのが分かるので、姉いわく、引っつき虫と表現がマイナスになるのは仕方がない。けれど、ヒロさんは彼が真人間になるようにと心を砕いていた。そうでもなければ、注意などしないだろう。
信号のない道路を横断しようとして、俺はヒロさんに転ばされた。
転ばされたことだけ取り上げると乱暴だと言える。
それと同じで多少ヒロさんが彼に対して言動が粗雑であっても、彼に必要だから行動を起こしているのは分かった。
今までのチームに在籍するみんなと同じで何かが彼は違っていた。
おだやかな空気をまとう優しさによって包帯を顔に巻き付けるという謎キャラでも定着している月森さんは「あのこはきっと子供だから、ヒロは世話を焼くんだろうね」と笑っていた。ヒロさんは確かに年下に優しい。生意気な口を利いたとしても真剣に向き合ってくれる。
大体の場合は久道さんが様子を見て「ごめ〜ん、ヒロってばうちのトップだからこれ以上すんなら手足に障害残るよ?」と後ろから蹴り飛ばして囁いたりする。ちょっと粋がってただけの人間は即効で折れるし、まだまだ反抗的な人間には気軽に電撃を食らわせている。
ヒロさんは年下にやめろと擁護に回るが久道さんは取り合わない。それでも、二人が本当に険悪になっているのを見たことがないので、久道さんのやり方は自衛の手段として有効だとヒロさんも認めているんだろう。
飄々としていて反則をいとわない久道さんは、正統派が好きなヒロさんと噛み合わない気がするが、目に見えて他人とは違う繋がりが二人にはあった。きっとそれを腐れ縁と二人は口にする。どこか羨ましいけれど、誰も久道さんを押しのけてヒロさんの隣に行こうとはしない。当たり前だ。その席は空いていないのだから。
ヒロさんにひっついているニューフェイスな彼は、その点で言えば俺たちが当たり前に感じているものを感じ取れないのかもしれない。侵害してはならない場所。自分の立場として適切な距離感。それが分からないからこそ、ヒロさん本人から注意を受ける。
みんなが少なからず「ヒロさんと長い付き合いである久道さんだから許せる」と思っていた近しい距離に新参者が割り込んでいる。いくら優しい月森さんが「周りを見てない子供だから見守ってあげようね」とフォローしても鬱屈とした気持ちは溜まる。
彼がヒロさんの学校の一年生らしいこともチームのメンバーの大半の不満になっていた。
同じ学校にいる人はチームの中である意味でヒーローだった。ヒロさんが生徒会長としてどういうことをしているのか話してくれる。ヒロさんは自分のことを隠しはしないが言いふらすこともない。
久道さんがヒロさんが生徒会長になったという話をした時の盛り上がりはすごかった。
チームのみんなはどちらかと言えば、良い事が苦手な人間が多い。
俺も分かる。
良い事をしても誰も褒めてはくれないし、誰の役にも立たない。
自分が気持ちいいなどと言われてもボランティアなど気持ち悪い。
むしろ、自分が奉仕を受ける側に回りたい。誰かに何かを与えるなんてまっぴらごめん。そういった価値観の人間が多い。
良い事や正しいことをヒロさんが望むなら、前提が違ってくる。
ヒロさんは俺たちを褒めてくれるし、認めてくれる。生徒会長としてヒロさんが学園で評価が上がるなら、ゴミ拾いを一緒にやることは何の苦痛もない。少しも馬鹿馬鹿しいと思わない。ゴミを地面に捨てて自分の暮らす土地を汚す人間の方が愚かに思える。
ゲロまみれ、血まみれ、ガラスまみれの道路よりも、ヒロさんにスゴイ偉いと褒められる清潔で安全な道が素晴らしい。
ヒロさんがいることによって、俺たちはどこまでも幸せだった。
あくまでも「だった」だ。
いずれは過去形になってしまう。
あるいは俺はどこまでも幸せしか感じられないのかもしれない。
ヒロさんと出会ったことで不幸という概念が消えてしまった。
ヒロさんにくっつく彼はあまりにもチームのみんなの感情を逆なでる。
それは俺たち、みんなが本当の意味では現状に満足していないことを意味するのかもしれない。
みんな思っていても言わないでいたことがある。ヒロさんと一緒の学園生活をしたいと、切実で叶わない願いは心に秘めて、口にすることを避けていた。彼は同じ学園に通っている身なのに、もっとヒロさんと一緒にいたいのだとたまり場にやってくる。
ざわつくみんなの気持ちもわかる。
同じ学校ではないことは一日の大半をべつにしているということだ。俺たちからすると学校に行く時間はあまりにも長い。ヒロさんと一緒の学校がいいと口にした瞬間、現実の壁を自覚してしまう。だから、言えない。惨めになってしまう。
学校に行かないことは、自分の意志で出来る。
だが、入学する学校は自分の意志では決められない。
親ときちんとコミュニケーションが取れていれば、本人の頑張り次第で光が見えるかもしれない。元より、そんな家庭環境の人間が夜な夜な徒党を組むわけもない。
俺たちは自分の欠けた部分を直視したくないし、普通の世界に身を置けない。
普通に生きているはずなのに世間的に言われている普通の枠組みの中にいない。
そのどうしようもな孤独感や無力感や空虚感が夜中に俺たちを眠らせてはくれない原因の一つだ。
人の消えた住宅地。荒れた廃墟。少し離れれば観光地もある。駅の近くは小奇麗で、いくつもの学校へ向かうバスが用意されている。まったく人がいないわけではないのに、ポイントポイントでぬぐい去れない薄暗さが広がっている。
特殊な街とは思わない。俺たちはここしか知らない。この状況が普通だった。
俺たちの年代は不安感と閉塞感に心は荒れていくのか、ピリピリとした緊張感を持つ人間が夜にうごめく。
そんな中、ヒロさんと一緒にいれば救われると誰もが分かっているからか、みんな一秒でも長くヒロさんと過ごしたがる。
口に出さなくても、実行力がなくても、誰もがヒロさんと同じ学校に通いたがっていた。
みんなが持っている欲望を口にせずに耐えている周りを嘲笑うように生徒会役員になった彼。
ヒロさんと距離を縮めることにためらいがない。
近くにいるのが、ひっついているのが、当たり前だという顔をする。
元々の副会長を追い出して副会長になったというから、いろいろチートだ。
副会長をしていた坂出(さかいで)さんは初期からたまり場に顔を出していた。
そもそもたまり場として使っているいくつかの拠点は、坂出さんの家の持ち物だという話があるぐらいにヒロさんと親交深い人だ。その坂出さんを辞めさせて副会長になったという時点でチームのみんなからの心象は最悪。
ヒロさんがキャラクターにそぐわない奇抜な髪の色や髪形になっている時は、ほぼ確実に坂出さんの仕業だと言われている。副会長の座を坂出さんが明け渡したとされる直後にヒロさんの髪型が変わった。きっと裏取引きがあったんだろう。
ひっつき虫というよりはトラブルメイカーの彼の尻拭いをヒロさんがしている。そのことはチームのメンバーの誰もが想像できた。だとしても、ヒナと並んで避けるべき人間の名前として上がる阿賀松に目をつけられるのはかわいそうだ。ヒナは冷酷無慈悲な殺人鬼だと言われている。出会ったら死を覚悟しなければならない。
都市伝説の化け物と同列に語られる阿賀松のヤバさもまた並大抵のものじゃない。
彼は見た目がいいから姉の言う通り、顔に傷つけられないかもしれない。とはいえ、ターゲットにされたなら無傷では済まないだろう。阿賀松がヒロさん以外に手心を加える可能性が想像できない。
ヒロさんに憧れてイキがっていた奴が阿賀松に拷問にかけられたという話はよく聞く。
俺が阿賀松を近くで見たのは一回だけだ。ヒロさんと俺と数人で歩いているところに三倍の人数を引き連れてやってきた。
人数差にもう終わりだと思ったが、ヒロさんを殴ろうとした身内を蹴り飛ばす阿賀松。ヒロさんを潰しに人数を揃えてやってきたわけではないという。阿賀松は自分が連れてきた人間の半数を自分で蹴り飛ばした。何がしたいのか分からないが、ゴミ箱の中身を散乱させてヒロさんに怒られていた。
ヒロさんを見たら殴りかかってくるのに自分のチームの人間がヒロさんを殴ろうとすると蹴り飛ばす異常者。
俺の中で阿賀松の印象はそういうものになっていた。
ヒロさんが高校生の集団に取り囲まれたときに助けに来たかと思いきやヒロさんを殴ろうとする。自分が連れてきた人間によって、高校生たちがどうにかなると思ったにしてもヒロさんを助けたいのか襲いたいのか分からない。どう考えても頭がおかしい。普通に考えて辿り着かない考えの中にいる。
考える限りにおいて出会うはずのない人種。結ばれるはずのない縁。
それが、どうしてかガッツリと顔を合わせてしまった。
危険人物でしかない阿賀松にヒロさんにひっついて回る彼が狙われているのは周知の事実になり始めていた。
阿賀松本人がターゲットにしていると公言したのだから、結構な問題だ。
俺たちは名前のないヒロさんを中心にした集まりを「チーム」と言っているが、阿賀松は自分たちのチームに「フミカ」とつけて徒党を組んでいる。俺たちのようにゆるいまとまりじゃない。完全な上下関係ができていて、阿賀松の支配を喜んで受けている人間たちだ。
フミカに関わるべきじゃないと誰もが知っているが、ヒロさんの近くにいようとしながら、ヒロさんの立場や周りのことに感心がない彼は危うかった。
ヒロさんが街の清掃をする日に事件は起きた。
ヒロさんがするということは俺たちも掃除をするわけだ。
どうして自分がゴミ拾いをしなければならないのかと疑問に思う人もいる中で俺は「ヒロさんが喜ぶことをしない理由はない」と思っていた。面倒だとか、大変だとか、その程度のことを理由にして行動しない人間はたまり場にいるべきじゃない。ヒロさんが喜ぶのならなんだってするべきだ。
そういう気持ちは俺だけじゃない。だから、チームはチームだった。
ヒロさんにひっつきたがる謎美少年も掃除しないなら帰れと言われて放置されていた。阿賀松に狙われている彼をひとりにするのは問題があると感じた俺はそれとなく様子をうかがっていた。すると、明らかにフミカの人間に声をかけられて俺たちの近くから離脱する。
無理やり引っ張られたというわけではないので、ついていかないように声をかけるのもためらう。俺は喧嘩は強くない。ただ、目が良いので見たものをヒロさんに伝えて役立ててもらうことはできる。そういう関係で下っ端な非戦闘員な俺でもチームのヒロさんを含めた幹部の連絡先は知っている。
ヒロさんに直接伝えるべきか分からず久道さんに彼がフミカについて行ったことを連絡する。他の誰も動かない。見えない、知らないのではなく、彼がどうなったとしてもいいと思っているのかもしれない。一度痛い目を見れば考えを改めるだろうと、そう思っているのか下を見てゴミ拾いに精を出している。
阿賀松が率いるフミカに近づきたくないのかもしれないが、あまりにも優しさがない。ヒロさんはそんな世界を望まない。そう思ったので、フミカと彼の後を追う。
そもそもヒロさんと同じ学校に通う彼は夜の世界の常識を知らない。フミカのことも分からないのかもしれない。
普通よりも経済的に豊かな人間が通う学園だというから、立ち振る舞いから考え方から彼は俺たちと合わないし、合わせようともしていない。誰も彼に自分の周りを取り巻く世界を教えていないのだとしたら、ヒロさんが周りを見ろと説教をする理由も分かる。
俺たちが言われることのない言葉を彼は浴びせかけられていた。
俺たちは言われなくても分かっていた。危ない人間には近づかないなんて、考えるまでもなく分かることだ。彼は危険な人間と遭遇したことがないのかもしれない。
フミカに連れて行かれた彼は阿賀松と引き合わされた。
彼はヒロさんがいないと不機嫌そうに口にする。
チームの人間とフミカの人間を勘違いして騙されたのだろう。
仮にヒロさんが呼んでいるとチームの人間に言われたからといってついて行くのもよろしくない。
ヒロさんが気を付けるようにと説教をしたくなる気持ちが分かった。
月森さんが子供みたいだと口にした意味も分かった。
一度大怪我をしろと呪われてしまう理由も分かった。
何も知らない、知らな過ぎる相手を前にそれぞれ別の感情をかきたてられる。
俺は彼と友達になりたいとか、守りたいとかいう感覚がない。綺麗で愛くるしい見た目と純真で傲慢に感じる立ち振る舞いが嫌なわけじゃない。自分とは別次元の存在だと感じるので、近づこうという気持ちにならない。
「康介くん、何を言われてもフミカたちについてっちゃダメだよ〜」
焦りを微笑みに隠して久道さんがゆるく注意する。
連絡をした俺に「よくやった」と視線をくれた。
ヒロさんなら絶対に悪いことになると分かっている相手をそのままにしない。
久道さんが阿賀松と対峙すると知っていながら来たのだから、ヒロさんも同じ気持ちということだ。
「俺さ、こーすけちゃんの手が好きなわけ。だから、ちょうだい」
ナイフを出す阿賀松に俺は血の気が引くが、久道さんは余裕の態度を崩さない。
何も目に入らないのか、ナイフも久道さんも気にせずヒロさんが居ないと周りを見る彼。空気を読まない。
自分に向けられた言葉も殺意も彼には響かないらしい。
「ヒロがそういうの、許すと思うわけ?」
「本人がくれるって言うなら、ふうちゃんには事後報告でいいでしょ」
「康介くん、お前の話聞いてないみたいだけど?」
「無言はYESが常識だろ」
ナイフを持つ阿賀松と彼を呼んで連れてきたフミカのメンバー以外にも人数が増え始めた。ヒロさんに連絡をするべきか迷っていたら久道さんに「西垣」と呼ばれてしまった。俺が非戦闘員だと知っている久道さんは、隠れている俺に呼びかけることはない。
「阿賀松、お前が康介くんにちょっかいをかけるのは康介くんがヒロの後輩だからだろ」
呼ばれて無視して隠れ続けることもできない俺は久道さんのところに歩み寄る。フミカのメンバーは俺の行く手をさえぎったりしない。阿賀松から事前に指令を受けているんだろう。
近くに来た俺に久道さんは「安心しろ。死にはしない」と物騒な言葉を耳打ちする。
戸惑う俺を無視するようにヒロさんを探す彼に「ヒロは向こう側の道にいる」と伝えた。
彼は緊迫している場面にもかかわらず、いつも通りの涼しげでヒロさんしか見ていない顔で走り出した。意外にも足が速くて数人のフミカのメンバーがいたが振り切られていた。
阿賀松も追おうと走り出しかけて、久道さんに「待てよ」と止められる。
もちろん言葉だけで止まるはずもないが「後輩を人質にしてヒロを呼びつけたり構って欲しいんだったら……これ、やるから」と俺の腕をつかんで久道さんは阿賀松に投げつけた。
ナイフを持った阿賀松が俺を受け止めることになるという地獄。
血の気が引いたが、幸いなことにナイフが俺に突き刺さることはなかった。
恐怖から足に力が入らなくなったが、助けてくれる人はいない。久道さんにたった今、売り払われた。
「人質として康介くんはリスクが高いと思うんだよねぇ。良いところの子だって、知ってるだろ?」
「お前、ホントクズでキモいわ」
「人間の価値は平等じゃないよ」
俺の前で言って欲しくない話だが、わからなくもない。
ヒロさんの学校の副会長をするような人間が大怪我をしたら、責められるのはきっとヒロさんだ。
ヒロさんが全寮制の学校からわざわざ俺たちのいる街に来てくれるのは、今日やっている清掃活動や治安を維持するための見回りを認めてもらえているからだ。
もう何年すると風当たりはゆるやかになるとヒロさんは言っていた。
ゴミを拾っていても何かを企んでいると思われることもあった。
続けていくと「ありがとう」と言われるようになった。きっと、ヒロさんが言っているのはそういうことだ。
「そいつは、西垣つかさ」
「知るか」
「康介くんに手を出したらじゃれ合いじゃ済まないってお前もどこかで感じてるんじゃない?」
「したり顔でふうちゃんを語るなよ、クズ」
「ナイフを持ち出す人間にクズとか言われたくねえよ。ヒロを呼び出す人質が欲しいなら、そいつをお持ち帰りしてろ」
久道さんは電気が流れるスタンロッドや体に押しつけると麻痺毒が塗られた針が出る恐ろしい棒とかを持っているが、ナイフは持っていない。ちなみにヒロさんはどんな武器も持っていないが、ときどき落ちているものを拾って投げつけたりする。
阿賀松とヒロさんが殴り合いをしているのは見たことがある。
ヒロさんに向けて阿賀松がナイフを向けたことはたぶんない。
そう感じた理由は久道さんのやり方に阿賀松が不快感を覚えていたからだ。
一人を逃がすために一人を犠牲にするやり方はヒロさんなら選ばないものだ。
ヒロさんなら二人とも救う。
けれど、ヒロさんが俺を助けに来ることがなくても恨んだりしない。
危険な場所にわざわざ来て欲しくない。
そう思っているのに「ヒロに助けてもらえるヒロイン役をやってみない?」そう、久道さんが口にする言葉に思わずうなずいていた。
甘い言葉に踊らされている自覚はある。
阿賀松が馬鹿馬鹿しいと呟いた。俺も同じ気持ちだ。意外とわかりあえるのかもしれない。
「まっつん、かわいこちゃんの代わりにコレでホントにいいわけ?」
下唇を覆うように輪になっているピアスをつけた変人に指をさされる。
かわいこちゃんというのはヒロさんを求めて全速力で走って行った彼だろう。
たぶん、土地勘がないから迷子になって久道さんに回収される。
「右腕? 参謀? 腹黒? ひさしぶりみたいな名前のやつをあっさり解放しちゃっていいわけ?」
絶対に久道さんの名前を分かっている。
阿賀松率いるチームであるフミカの人間なので、馬鹿を演じているのではなく本当の馬鹿である可能性も強い。
「人質として拉致るならアレでも良かったんでないの」
「俺はあのクズ嫌いだからなるべく同じ空気を吸いたくない。ふうちゃんがいたら、プラマイ、プラスになるけど、単体だとねちねちぐだぐだ文句言い続けそうでキモい。あんなの拉致ったら俺のが被害者になる」
「口に石入れて、アゴを下からボーンと」
想像するだけで痛いことを平然と言い出すあたりがやはりフミカ。頭がおかしい人間たちの集まりだ。
「かわいこちゃんはメッチャ静かじゃん。前会った時も、ってか、何度会っても俺らに反応しねえよな」
「あの子、髪の毛すごくきれいだった。羨ましいから将来ハゲてほしい」
彼を連れてきたフミカの人間が口をピアスでガードしている変人の言葉に斜め上に返す。フミカの人間は人と会話ができないのだろうか。
「ええっと、西垣つかさ?」
「はい」
久道さんが一度言っただけの俺の名前を覚えたらしい。
緊張から体に力が入る。
「お前とふうちゃんの関係ってなんなの」
逆に俺がヒロさんと阿賀松の関係を知りたい。どうしてヒロさんは阿賀松に嫌がらせのようにつきまとわれているんだろう。最近はヒロさんよりも、ヒロさんにひっつく彼に視線を向けている。きっと、それが問題だった。
久道さんは、彼に何かあってはならないと思っている。
人間の価値は平等じゃない。それはきっと俺の価値が低いという意味じゃない。ヒロさんにとって彼が特別だからだ。
ヒロさんは年下に優しい。何も知らないものには特に優しい。彼は何も知らない。知らないから物怖じしない。自分よりも身長が高く、体格もいい男に睨みつけられても気にしない。何もわかっていないからだ。他人の危険性を知らない。自分はいつも安全な場所にいると思っている。
ハッピーエンドが約束された物語の登場人物なら、彼の鈍感さは適任だ。他人の気持ちを考えて引いていたら何も手に入らない。察しのよさや賢さは自分を危険から救うかもしれないが、ドラマティックで起伏に富んだ人生からは遠くなる。
俺は自分に求められている役割を分かっている。
彼がフミカの人間について行ったことを見過ごせなかった時点で、阿賀松と対峙したり、フミカたちの注意を引きつける役になるのは想像できた。
「俺は……俺とヒロさんは」
ここはたぶん、恋人とか親友とか阿賀松にとって聞き捨てならないことを口にする場面だ。阿賀松の注意を引きつけて、彼が襲われる流れを断ち切らなければいけない。ヒロさんにひっついている彼を守る理由は俺にはない。それはヒロさんにだって言えることだ。
ヒロさんは彼がトラブルに巻き込まれても放っておけばいい。けれど、そうしない。ヒロさんならきっと助ける。それがわかっているから、俺もまた彼を助けるために動くしかない。
ヒロさんのためを思えばヒロさんとの関係を偽るべきだ。それなのに俺の口は動かない。阿賀松を含め、フミカの人間を前にして嘘を吐くリスクに恐怖する気持ちはない。どんな目にあったとしても、間接的にヒロさんの役に立てるなら俺は構わない。覚悟は決まっていた。
面倒事が嫌なら、暴力が怖いなら、もっと早い段階で逃げられた。
フミカの人間について行った彼を見なかったことにする。久道さんに呼びかけられても隠れ続ける。
いくらでも俺はやりすごすタイミングが合った。
阿賀松が危険だとわかっているのにこうして顔を合わせているのはヒロさんのためだ。
ヒロさんが困ることを少しでも減らしたいと思ったから、俺は立っていられる。
「会ったの、もしかして小学生のとき?」
うなずく俺に阿賀松は納得した顔をする。他の人間は首を傾げたり阿賀松に説明を求めた。
「ふうちゃんは深夜に徘徊して保護活動してたって聞いた覚えがある」
「へー、この鈍そうなやつは保護されたってこと?」
「一期一会じゃないなら、そういうことじゃねえの。まあ、ふうちゃんは来るでしょ」
「まっつんのその信頼感はなんなの。アレ、敵の大将だよね?」
「ふうちゃんは敵じゃねえよ。俺の大親友だって言ってんだろ! 殺すぞっ」
唇を覆うような輪っかを引っ張る阿賀松。視界の暴力だ。見ているだけで、こっちが痛い。痛覚が麻痺しているのか「痛い痛いやめて」と軽い調子で声を上げる。俺だったら悲鳴を上げて距離をとるが、こんなやりとりはフミカの中では普通らしい。絶対に所属したくないチームだ。
「まっつん、でも、片思いだよね」
「ばっか! お前はホントふうちゃんのことわかってねえな。ふうちゃんは一度も俺のことを友達じゃないなんて言わないんだよ」
ヒロさんは友達の範囲が広いので、ケンカ友達という枠なのかもしれない。
恋人になりたいと告白する人間はきっぱりと引導を渡されるが、友達に関しては何も言わないのかもしれない。
「友達だって言ったことに対して初耳だって返しが友達発言への否定じゃねえ?」
小さくつぶやいた声を聞き逃すことなく阿賀松が反応する。気づいた時には手に持っていたナイフを投げていた。
「うわっ、マジか」
「まっつん、過激ぃ〜」
「そいつ、フミカじゃねえわ。俺が友達だって言ってんだから、ふうちゃんは俺の友達なんだよ」
ナイフが肩に突き刺さったのは大柄な男だった。戦力として重要な位置にいそうな人間すら攻撃する阿賀松の頭のおかしさに足が震える。覚悟が削りとられていく。
「ふうちゃんのヒロイン役に西垣つかさはそんなに悪くないって親友の俺には分かんだよ」
急に出てきた俺の名前に「は」と間抜けな声が出た。空気が口から思わず漏れたような緊張感のない音。阿賀松は俺の背中を叩いて笑う。
「ふうちゃんは敵が百人単位で待ち伏せてると思っても、西垣つかさ、お前を助けにやってくるよ」
その想像はとても嬉しいから申し訳ない。
俺は彼から危険を肩代わりするのではなく、ドラマティックな役割を奪ったような気がしてしまう。
ヒロさんにくっついている彼が求めていたものは、俺がこれから味わう絶体絶命のピンチとそれを救うヒーローの登場だ。自分が窮地に陥ったら、ヒロさんがやってくるに決まっていると彼はかたくなに信じている。そんなはずがないと俺は分かっている。
ヒロさんだって万能じゃないから、このシチュエーションは来れない。来なくていい。
最悪、俺が半殺しにされたとしても、それで済むならきっと問題はとても小さい。
ヒロさんに何かあることの方が問題だ。
ヒロさんと俺との間には何もない。
一緒に過ごした時間はあっても関係に名前はついてない。
友達と呼ぶには恐れ多い。
久道さんが言った後輩というのが一番あっている。
けれど、同じ学校ではない。
「安心しろって! ふうちゃんを信じる俺を信じろっ」
「まっつん、手首から先を切断する道具をそろえてんのに安心するとか無理じゃない?」
「そうそう。あの美少年が命乞いしたり、泣きながら失禁するのをわくわくしてたじゃん」
「綺麗な子の悲鳴とか興奮するから顔出したのにフツメンを使うとかサギ」
恐ろしい言葉が聞こえてくる。フミカにまつわる噂は噂ではないのかもしれない。日常的に残酷な行為をしていなければ、こんな会話をしないだろう。
「ばっか! 俺が手を切断しきる前にふうちゃんが来るって最初から言ってただろ」
「まっつん、撮影用に録画機材用意させてきたじゃん」
「ふうちゃんが来るか来ないかドキドキしてるシーンを撮る」
「俺らの総長が美少年に誘惑されたっ」
騒ぎながら、フミカの人間に囲まれて移動する。録画機材と手首の切断用のための道具が置かれた、フミカのたまり場に連れて行かれるんだろう。
ヒロさんに助けて欲しいが、危ないから来ないで欲しい。
この悩みが出てくる段階で、俺はきっと信じている。ヒロさんなら来てくれると思っているから危険が怖くない。
俺が持っていたのは覚悟ではなく期待だ。結局、俺は助けられたいと思っている。ヒロさんを助けるために恐怖を飲みこもうとしているのに実際は神頼みのように祈っている。
ヒロさんの助けになるどころか、足を引っ張っている自覚があるのに、きっと俺は助かりたい。
【略】
いろいろあった後の阿賀松視点。
コンビニでふうちゃんと会った時に「西垣と会ったか?」と聞かれた。ふうちゃんはいつでも核心に切り込むのが上手い。これ以上にないタイミングでの問いかけだ。
ふうちゃんに聞かれたくないことが俺にはない。
なんだって答えてあげたい。
ただ、西垣つかさの今の状態を伝えるのは避けたかった。
俺がふうちゃんに怒られそうだという以上に教えてあげたくない。内緒にしておきたい。自分だけの秘密にあこがれる歳でもないのに俺は笑って「会ったよ」とだけ口にする。ふうちゃんはそれ以上言わない。俺と西垣つかさの関係が進んだか、途切れたかに興味がないというより、一歩引いて見守ってくれている。
ふうちゃんは優しい。
考えられないレベルで、誰にも得にならない正しさと優しさを持っている。
俺とふうちゃんが出会ったのは図書館だ。
図書館での利用には様々なローカルルールがある。
その一つとして、椅子を自分で机に持っていくというものがある。
過去に何かがあったのか、壁際におかれた椅子を持って、設置してあるテーブルに持っていき、自分が帰る時は椅子も戻す。それが図書館でのルールだった。
当たり前にルールを守って椅子を使った後に俺は戻した。
そのとき、違和感があった。
椅子のかたまりは二つあり、基本的に上に重ねていくだけのシンプルな状態。
戻す場所を間違えるなどありえない。
ふと、椅子に二つの種類があることに気づく。ほんの少しの違いだ。
種類の違う椅子を重ねたことで俺は違和感を覚えたのだと理解して、二つの椅子のかたまりの横に自分の使っていたものを置いた。
腑に落ちない気持ちはあったが、椅子のかたまりの二つと俺の使っていた椅子は種類が違う。
周りを見ると俺と同じ形の椅子を使っている人も多かった。たまたま、俺の使っていたタイプの椅子ばかりが出払っているのだろうと自分に言い聞かせてその場を離れようとした。
後ろ髪を引かれたのか俺は振り返って椅子置き場を見る。これが、人生の分岐点かもしれない。
椅子を返しに来ていた同年代ぐらいの人間が重なった椅子を一つ一つにバラしていた。
意味が分からず見ていたら、そいつは二種類の椅子を二つのかたまりに直した。
誰かが俺の使っていたタイプの椅子の上にもう一種類の椅子を重ねたのだろう。
何も考えずに種類の違う椅子を重ねてるという適当なことをした人間がいる。
俺は違和感に気づきながら、その事実にまで到達しなかった。
椅子を観察するふりをして、さっさと帰ろうとしていた。
俺の後に椅子を戻しに来たそいつは椅子を整理し直して、とくに達成感を持つこともなく帰って行った。
誰に何も言うでもない。けれど、それは確実に誰かのためだ。
後日、もう一度見かけたそいつを着けて行ってどんな本を読んでいるのかチェックした。話しかけるタイミングがなかった。また椅子の整理をしている場面に出くわしたので、無言で手伝うと礼を言われた。
それが俺とふうちゃんの出会いだ。
俺に対してふうちゃんは礼を言うけれど、ふうちゃんは誰にも礼を言われていない。
世界は狂っているし、ゆがんでいると強く思う。
ふうちゃんは図書館の椅子の整理だけじゃない。
図書館の本が適当に入れ替えられていたら直してやっていた。
誰に頼まれたことでもない。
理由を聞けば「いつか俺が探す本かもしれないから、正規の場所で待っててもらいたい」と言っていた。
俺の中に発生することのない価値観だ。ふうちゃんの存在は俺にとって衝撃的だった。
ふうちゃんに会わなかったら俺は自分が、自分のことしか考えない人間だと気づくこともなかっただろう。
「俺はふうちゃんが大切だから、一旦それから手を引くことにする」
「それって……康介か」
ふうちゃんの隣で俺に視線を向けることなくコンビニの棚を見つめるこーすけちゃん。
ものすごく綺麗な横顔は泣き顔に変えたいのだが、ふうちゃんの機嫌が悪くなるので我慢する。
ちょっと前までは我慢が出来なかった。我慢するためにも手の一つや二つを手に入れたくなっていたけれど、ふうちゃんは絶対に許してくれない。最悪、爪をはがしてコレクションしたかったが、ふうちゃんはケチだった。
爪なら再生するので取り放題だと思うが、ふうちゃんは許してくれない。
その理由がふうちゃんの特別なのだとしたら、それこそ綺麗な顔をゆがませてやりたかったが、今はその気が失せている。興味が移ったというより、やるべきことが他にあるからだろう。
俺が話しかけてもふうちゃんがピリピリしないのは、ひさしぶりだ。
ふうちゃんから話しかけてもらうのも、ひさしぶりだ。
俺がこーすけちゃんに構うようになってから、ふうちゃんは俺をにらむことが多くてさみしかった。
「ふうちゃんが言った通り、俺は西垣つかさと相性がいいかも」
俺と西垣つかさが仲良くしているのを知ったところでふうちゃんは怒らない。むしろ、嬉しそうに微笑んだ。
ふうちゃんは友達と友達が仲良くすることを嫌う人間じゃない。
俺が西垣つかさに近づくことを邪魔したりしない。
「無理強いだけはするなよ」
「もちろん」
「暴力を愛情表現にするのもよくない」
「……わかってる」
とりあえず殴ったり切りつけたりしていないのでセーフだろう。
尻も切れてない。
理性は焼き切れているかもしれないので、そろそろ戻らないといけないけれど、俺はふうちゃんに嘘を吐いていない。
「ふうちゃんが心配するようなことはしないから大丈夫」
「仲良くやってるなら俺から言うことはない」
「西垣つかさには、ふうちゃんが喜んでたって伝えておく」
いくつかのお菓子と飲み物を買って、俺はコンビニを出た。
こーすけちゃんは最後まで俺に視線の一つも向けなかったが、不思議と気にならなかった。
以前なら綺麗な顔をゆがませてやろうと躍起になったが、今は早く西垣つかさのところに戻ってやりたい気分だ。
誰かに見つかって、手ひどい扱いを受けて壊されては堪らない。
あれはもう俺のものだし、ひどいことになったらふうちゃんも悲しむだろう。
尻穴がズタズタになったとしても、西垣つかさなら、ふうちゃんが助けに来ない時点でたいした事件でもないと口にするかもしれない。簡単に想像できる西垣つかさの考えだが、俺がそれを許せないので気づけば走っていた。
公園の中にトイレがある。
トイレの周りには木がいくつも植えられている。
俺は木の中の一つに西垣つかさをほぼ裸の状態で拘束していた。
目隠しをして、お尻の中にアナルプラグを入れた。
チンコの先端にはローターをくっつけてゴムを被せて、テープで固定。
延々と亀頭責めをされた西垣つかさは声を殺そうとしても殺せていない。
公園のトイレを使おうとした人間に見つかって、性処理のための便器にされそうだ。
ローションで満たされたぬるぬるでぐちょぐちょな尻壷。アナルプラグでこじあけられて、すぐにでも挿入できるようにしてある。亀頭をローターで責められ続けて身体の感度は高まっている。挿入しただけで達するかもしれない。
西垣つかさの身体は抱き心地がいい。
抱き心地がいいのか、俺が抱き心地よくカスタマイズしたのか、今になっては分からない。
西垣つかさは嫌がるし、毒も吐くが、俺が力づくで犯してもふうちゃんに告げ口したりしない。
結局、俺と体の相性がいいので、どんな形でのセックスでも最終的に合意になるんだろう。
今回のようにちょっと普通じゃないシチュエーションの中に置いても、萎えることなくドライでイッている。
口の端から流れているよだれを舐め取りつつキスをすると「あがまつ」と呼ばれた。
俺のことはキスだけで判別できるらしい。
触れば触るほどエッチになっていくんだろうか。乳首を指の腹で撫でると声を殺して身悶えた。
野外でも室内でも西垣つかさは変わらずに俺の指先を受け入れる。
目隠しを取ると何か言いたげな視線を向けてくるので、ロングセラーのスナック菓子をくわえさせる。
間抜けな姿だが、噛んだ瞬間に分かるので罰ゲームをしやすい。
これは初めての事じゃないので西垣つかさは噛まないように気を付けるだろう。
俺のやることなすこと全てに翻弄されながら、西垣つかさは西垣つかさらしさを消さない。
「ふうちゃんとコンビニで会ったよ。公園に来るかもな」
囁くと口にくわえたお菓子を落とした。噛まなかったとはいえ、これではゲームができない。
西垣つかさの負けだ。
完全版は
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(まだファンボックス内で完結しておりません)
▼西垣 つかさ ニシガキ ツカサ(受け)
ヒロさん命。
ヒロさんのためなら何でもできる。
頭はそんなによくない。
高校をヒロさんと同じ学校にしようとして受験失敗。
大学受験は阿賀松に対策を任せた。現役合格。やったね。
姉がいる。
▼阿賀松 一史 アガマツ カズフミ(攻め)
ふうちゃんの自称親友。
ふうちゃんを見かけるといつでも殴りかかるぐらいに大好き。
久道は嫌い。
暴力的だが頭はいいので総長さん。
重度の手フェチ。
兄弟がいるが長男じゃない。
▼ヒロさん・ふうちゃん
西垣の大学の先輩。西垣的には人生の先輩。
西垣の付き合いとしては小学校高学年からだが、同じ学校に通うことになったのは大学だけ。
(大学構内で顔を合わせるかは微妙)
阿賀松のケンカ友達もとい絡まれて困ってる人でもある。
ヒロさん以外に総長とかリーダーとかトップとか呼ばれる。
チームとしては阿賀松と敵対しているあつかいだが、本人たちはそうでもない。
好きじゃないふうちゃん呼びにツッコミを入れつつ阿賀松と完全な縁切りもしないあたりお人好し。
▼久道
西垣に阿賀松を押しつけたことに罪悪感を持っているというよりも、やり方が不恰好で無粋だったと後悔。
そのため西垣に対してちょっとだけ優しい。(ホントにちょっと)