愛の言葉を知らないふたり2018年12月サンプル

・2018年12月 書き下ろし

屋根の上から見る景色【康介】


 弘文は高い場所が好きだ。
 バカと煙は高いところに行くからと言うと怒られそうだが、弘文はある意味バカだと思う。
 非効率的な方法で屋根の掃除をしている。
 命綱もなく身軽な動きで屋根の上を移動する弘文。
 
 汚れや破損個所の確認ならまだいいが、バカな弘文は屋根の細工をその場で磨き出す。
 取り外せるはずなので、まずは安全な場所で落ち着いてやるべきだ。
 やり始めたら熱中する弘文なのでオレは窓を開けて身を乗り出す。
 思いのほか、風が吹いていて危ない。オレは弘文のところに辿り着く前に風にあおられて落ちてしまうかもしれない。
 
「ひろふみっ!!」
 
 オレの声が届かないはずがないと叫んで見るが、風向きが悪い。
 風の強い日に屋根に上るなんてどうかしている。
 けれど、オレは弘文がそういう性癖なことを知っていた。
 暑くても寒くても人が足を踏み入れない場所に一人でいることがある。
 あれは自分自身のメンテナンスのための行動だ。弘文にとって孤独は必要な栄養であると同時に毒でもある。
 静寂を壊すオレにうんざりしながらも黙って寄り添っていれば、追い払ったりしないのだから、オレが嫌いなわけじゃない。他人をわずらわしいと思って、一人の場所で仮眠をとっても、弘文はオレと一緒にいた。
 文句を言いながら弘文がオレを大切にしているのは分かりきっている。
 だからといって、褒められるやり方ではない。自覚はあるが、オレは弘文がそうしたように窓から屋根に上った。
 深弘が驚いた声を上げている。弘文に屋根に上るなと言われていたのを見ていたからだ。
 
「弘文っ」
「バカか。来るなって言っただろ」
「弘文が! オレが呼んでいるのに弘文が返事をしないのが悪いっ」
 




屋根の上から見る景色【弘文】


 康介が木鳴の屋敷の構造を鏡界と表現していて、久しぶりに屋根に上ってみたくなった。
 家の間取りが、鏡の中に迷い込んだようにあやふやで曖昧だという印象は木鳴でも下鴨でも感じたことはない。
 下鴨はとくにしっかりとした上下の区別があると思ったので、道を間違えることはありえない。

 家の主人たちが歩く廊下と使用人たちが歩く廊下に使われている木材がそもそも違う。
 手入れも主人たち歩く廊下は常に磨いているのか、輝きが違う。

 それで言えば、木鳴は人手不足が目立つのか、掃除が行き届いていない部分があるかもしれない。
 使用人ではなく養子である俺の妹や弟にあたる彼らが、それぞれこの屋敷を維持している。
 部屋の中よりも庭や池などの手入れを重視しているので、使わない部屋やそこに繋がる廊下は綺麗ではない。

 康介が自家に帰らなくても、康介の部屋周りが常に綺麗である下鴨とは違う。

 大切にされている下鴨の宝ともいえる康介に手を出した俺は普通なら蛮族あつかいだが、事前の根回しのせいで問題なかった。康介が俺としか子づくりをするつもりがないと両親に言っていなかったら、もっと、話はこじれただろう。

 康介の両親が俺に優しいという話を聞くたびに照れくささと恥ずかしさと当然だと笑いたくなる気持ちになる。
 息子のことをよく考えている両親だから、俺のことを信用してくださってる。人から信頼されること単純に嬉しい。

 木鳴の家に生まれたという事実以上に康介が俺のことを好きだと両親が理解しているからこその当たりの柔らかさ。俺への優しさはそのまま、康介への両親からの愛情だ。
 自分の母親と俺の仲がいいと康介が嫉妬してくるが筋違いだ。
 俺によくしてくれているのではなく、彼らは息子の結婚相手であり、次期当主の親に敬意を払ってくれている。俺個人に向けた感情じゃない。

 康介はそういった人の気持ちの複雑さを理解しない。

 俺が自分といる時間が減るというそれだけのことを取り上げて文句をつける。

 本気で怒っているというよりも、とりあえず怒ってみせて俺に機嫌をとれと催促している。

 コミュニケーションが圧倒的に下手くそだ。

 そのくせ、俺がたそがれていると全速力で寄ってくる。
 物思いにふけるような暇を与えない康介は、面倒くさくてウザったいのにありがたくもある。






・弘文×康介中心5

子供たちが寝た後には:トースト
※夜中の夫婦の会話。

「弘文も知ってのとおり、弘文はパン好き」
「俺も知ってる通り、俺はご飯派だ」
「どんぶり星人の話題はぶれるから今はおさえて」
「話題と言葉の選択が弘子ナイズされてるな」
「弘子の元はオレと弘文なわけだから、それは逆だ」
「その気がないのにブチ込まれる下ネタほど破壊力強いものはねえな。天然ものは、こえーわ」
「でも、オレの語録を弘子が引っ張ってるわけだし」
「真面目に返された……」

「奥様方からお聞きしたためになる知識で新たなる弘文の姿が!」
「だいたい科学的証明のなされていないことを仮定の話で被害妄想的に膨らませて楽しんでるだけだろ」
「え! ……もうっ、弘文ってば、オレのこと大好きかっ!!!」(ばんばん)
「夜中にテンション上げるな。大声を出すと子供が起きるだろ」
「えーへーへー」(ばんばん)
「お前のその、嫌味キャンセルできるところ素直に尊敬する。あと、とりあえず俺を叩くな」(康介を抱きしめておく)
「もう何年前だよって感じじゃん。覚えてるとかなんだよ、愛かよ」
「衝撃的だったんだよ。人との会話を拒む理由で、こんなことを言う奴が存在することが」
「弘文にとってオレが特別すぎるほど特別って知ってる!」
「そんなレベルじゃねえ」
「弘文がデレデレ!」
「お前の表情だろ」
「耳元で囁かれて腰砕けかな」
「お前の耳は役立たずか」
「エロい。お前の、耳は、って切る感じが、エロい。吐息がスゴイ」
「エロいのはお前だろ」

「弘文のせいで本題に入れないっ」
「康介が、話さない、から、な」
「それは、あんまり惹かれない」
「お前ムカつくな」
「やっぱり天然がいいんだよ。養殖はあざとい」
「お前じゃん? ウケがいいと多用するお前じゃん」
「オレをあざとく感じるのはオレのことをかわいいと弘文が思っているからであって、オレの内心は関係ない」
「あっそう」

「トーストをこんがり焼く人間はエロいんだって」
「急に変な知識を仕入れてきたな」
「エロいんだって!!」
「なんで、俺を見るんだ」
「弘文はキツネさんか、タヌキさんな色じゃないと嫌でしょ」
「トーストって言ったら、普通はそうだろ」
「ちょっと色がついただけのパンはもう一度トースター行きじゃん」
「焼けてないパンを食べる奴はいねえだろ」
「パンは、もうすでに一度焼いてるだろっ」
「なんだよ。何が言いたい。俺の焼いてるパンは焦げてるって?」
「自分のエロさを認めろよ」
「ガチで科学的な検証もなくどうでもいい話で盛り上がってんのかよ」
「世の奥様方はいつだって忙しいって言いながら役に立たない井戸端会議だ! 情報収集ではなく言葉を吐き出すのがストレス発散なんだろ」
「お前も?」
「オレは特に発散されずにイライラが溜まることが多い」
「おい」
「でも、公園では鯉を見てると和むし、すごい邪悪なのも居ないし」
「多少のストレスは人間関係で必ず生じるものだからな……」
「出た! 弘文の大人の意見。オレはストレスフリーで生きていたい。そうすると弘文から嫌がらせを受け続けることになるけど」
「おい」
「ノーガードなオレにエッチなことばっかりして」
「逆に俺がセクハラを訴えてぇな」





愛の言葉を知らないふたり 2018年12月【6つ記事分】
・2018年12月 書き下ろし(12012文字)
・下鴨家まとめ5 (11024文字)
・下鴨家まとめ6 (14042文字)
・下鴨家まとめ7 (10292文字)
・弘文×康介中心5 (10670文字)
・弘文×康介中心6 (11297文字)
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