にゃんちき様から | ナノ






香る風が吹く。
漂ってくる甘い匂いは山に咲いた金木犀だ。
風が吹いただけでここまで匂うのならば、きっと今年も多くの花を咲かせたに違いない。

「今度季節はずれの花見に行こうぜ?」

甘い風が心地良いのだろう、やけに浮かれた声で八左ヱ門がそう言葉を紡いだ。


反応は半々。
八左ヱ門の提案に良いねと賛同する者も居れば、匂いが移る、そんな暇無いなんて声もあった。
しかし八左ヱ門は気にしない。

「良いだろ?皆で行こうぜ?なんなら委員会の後輩達連れてとか、あ、弁当とか自分達で用意しよう!…でも、食堂のおばちゃんに作ってもらう弁当も捨てがたいな〜…」

まだ提案段階で、日程や場所等決めても居ないのに関わらず、彼はもう花見に食べるお弁当のオカズは何が良いか、後輩達とどんな遊びをするかなんて悩み始めたではないか…。


「…あれじゃあどんなに行かないって言っても、聞かないな」
「ねえ、三郎も兵助も一緒に行くだろう?」
「予定さえ合えば俺は別に」
「…全く、八左ヱ門は一人勝手に決めて…花なんて何時でも見れるだろうに…」
「なーなー、三郎。三郎は卵焼きは甘い派?だし巻き派?」
「お前な…卵焼きはだし巻きに決まってるだろ!なあ雷蔵?」
「え?え…あ…えー?確かにだし巻きも好きだけど、でも甘いのも捨てがたくて…」
「あ、ごめん」

三郎の所為で頭を抱え始めてしまった雷蔵。
うんうんと考える事に必死になって、徐々に徐々にと一行の歩みは遅くなってしまった…。
けれども今の時間はのんびりとしたお昼休み。
午後に待ち受けている授業はもっと先になる為、ついに足を止めてしまっても雷蔵を叱る者は誰一人として居なかった。


精々い組の二人が「あーあ」と呆れるだけ。


「そんな卵焼き程度で迷わなくても…」
「そんなって酷くないか?お前だって胡麻豆腐と卵豆腐どっちが良い?って訊かれたら迷うだろう?ちなみにおれは甘い方が良いかな」
「どっちも入れれば良い事だろう?」
「…偶にお前のそんな所、おれ好きだわ…」

そうして、出来上がった兵助のお弁当箱の中身は様々な種類の豆腐だらけになるのだろう。
しかも一つのお弁当箱だけでは入りきらず、ならばいっその事と全員分のお弁当箱を用意してそれに豆腐を詰め込むのだろう…。

「八左ヱもーん、お弁当はやっぱり食堂のおばちゃんに頼もうか」

兵助を親指で指しながら勘右衛門が提案すれば、最初不満そうな表情を見せていた八左ヱ門だったが…

「…あ。そうだな。おばちゃんに頼もうか」

勘右衛門が言わんとしていた事を察してくれたらしい。
これにてお弁当談義は終了したのであった。



「でも、後輩達も連れて行くなら予定聞いて置かないと…」
「あ、そっか」

再び一歩を踏む五人。
行く宛ては決めて居ない。風が吹くまま、気の向くまま。
部屋で語らっても良いけれども、でもこんな良い天気なのだ。
皆の足が地面を踏むのは、自然の流れだった。



ちらほらと、やはり陽気に誘われたのだろう忍術学園の生徒達が校舎から出て五人と同じように友達同士と話しながら歩いている。
賑やかに話している子達も居れば、木陰で寛ぐ子達も居て…その中で兵助は彼を見つけた。


「…なあ、本当に花見をするのか?」

言いだしっぺの八左ヱ門を振り返ると、もちろん!と元気良い声が返ってきた。


「…なら、そこに俺の後輩が居るんだが…一応訊いてみよう」
「え?」
「あ」

兵助が指差す方向。
青い装束を身に纏った少年達の集団があり、そこに確かに兵助の後輩、火薬委員会の一員である二年い組の三郎次の姿と
雷蔵の後輩である同じくい組の図書委員、久作の姿があったのだ。





「三郎次、少し良いかい?」
「…久々知先輩?」
「あ、不破先輩」
「やあ、久作。ごめんね、少し時間をくれないかい?」


素直に応じる久作とは違って、三郎次は思わず二の足を踏む。
当たり前だ。休憩時間中、しかも友達と仲良く語らっている最中に三歳も年上の先輩が声を掛けて来るなんて…

何か用なのだろうか、なんて、兵助がわざわざ三郎次の元に尋ねてくる用件は大体同じ事ばかり。

「火薬委員会で何か……まさかまた豆腐パーティのお誘いですか?」

『まさかまた』の辺りから曇ってしまった三郎次の表情に首を傾げながら、兵助は「いいや」と声を出した。


「今度火薬委員会、生物委員会、図書委員会、学級委員長委員会の四組で花見をしようと計画しているのだが、今週と来週の休日の予定ってもう決まっているかな?」
「お花見ですか?久々知先輩、今の季節をお忘れですか?桜ならとっくに散ってしまってますよ?」
「ああ、桜ではなくて金木犀だよ。花見は花見でも、金木犀の花を見に行くんだ」
「金木犀!…も、もしかしてこの匂いの所為ですか!?」
「さすが三郎次だ。話が早い」
「…え!あ、ち、違いますよ!!」

やはり彼は察しの良い。
金木犀の花見をすると言っただけなのに、もう三郎次は辺りに漂う香りで花見を思いついた事に気が付いたらしい。

突然の誘いに三郎次は暫く悩むと、背後の友人二人を振り返る。
四組の委員会に関係しない四郎兵衛と左近の彼らは、先輩に呼ばれた三郎次達を心配そうに見つめていて…

「すみません。詳しくはまだ決めては居ないのですが、来週か今週のどちらかに遊びに行く約束をしている最中で…」
「…そうか…いや、強制では無いんだ。まだ何時行くとも決まってないし、一年生達の予定もまだ尋ねてないし」
「いえ……あの…それが、その…」
「三郎次?」

気付けば、雷蔵の元に居る久作が三郎次を見ていた。
お互いどうしようかと目配せし、とうとう観念した様子で頷き合った。


「それがですね、久々知先輩」
「うん?」
「実を言いますと、僕達も金木犀を見に行く予定を立ててまして…あの二人も一緒は駄目ですか?」


…まさか先輩達までもが同じ事を考えて居たなんて。
そう三郎次の目は語る。
まさか後輩達も同じ事を話し合って居たなんて…
そう兵助の心が何故か弾んだ。

お互いがお互いの友人達の元へ戻り、相手の事情を語る。
二年生側も五年生側も断る理由なんて無く、逆に皆一緒の場所に固まって、花見の予定を積極的に話合い始めたのであった。






その後の話をするならば……数日後の、学園に訪れたある日の休日。
それは九人が話合って決めた花見の当日。
橙色の花が視界を覆う程に咲き狂った山奥にて、濃厚過ぎる強烈な甘い香りに酔ってしまった彼らは、花見どころの騒ぎではなくなってしまったという。

結局、金木犀の群生地から遠ざかった谷まで下って、色付く紅葉を見上げながら食堂のおばちゃんお手製のお弁当を頬張った……らしい。

もちろん帰って来た全員の『花見』の感想はただ一つ。



「紅葉が綺麗だった」



それ以外は黙して語らず…。

学園は今日も甘い香りが漂っている……




貰いもの






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