NOVEL(Short4) | ナノ






受け視点

僕の視力は両目で0.3くらい。
しかも、眼鏡をかけての視力だ。いい加減、レンズを変えろって友達に言われている。分かってるよ、それくらい。でも、僕くらいの視力になるとレンズ代も馬鹿にならないくらい高額だし、せめてバイト代が弾んだ時じゃないと購入するのはキツい。丁度、大学の夏休みに入り稼ぎ時のこの時期、僕は短期のバイトに申し込んだ。それも地元での、だ。

僕の通う大学は東京にあり、地元は少し離れた田舎とも言える村だった。少しでも何かあれば、噂話として広まっちゃう、小さな村だ。子供の数も限られていて、僕と同い年の男の子は僕含め5人にも満たない。その中でも、特に仲が良かった子が居た。居た、と過去形なのは僕が8歳の時に彼は僕の前から姿を消した。
その日は台風の影響で天気が荒れ、朝から大雨だった。風も轟々と大きな音を立てるほどで、家の外には出ないようにとお母さんに言われていた。
だから僕は、家にいた。翌日、台風が過ぎ去って晴天の空で太陽が輝いていた。そんな時、ニュースで流れた内容に衝撃を受けた事を今でも覚えている。仲が良かった彼が、台風の中外へ出て行ったらしく、行方不明になったと言うニュースだった。彼が何故、嵐の中外へ出て行ったのかは分からない。家族にも、何も言わず、ただ、自室の机の上に『少し出掛けてくる、直ぐに帰るから』と置き手紙が残されていただけ。彼は未だに見つかっていない。

バイト初日は肌が焼ける程の暑い日だった。
仕事は室内だったから良かったものの、外での仕事だったら今頃熱中症で倒れてるんじゃないかと思う。仕事が終わって帰路に着いても、気温が下がっていないのか熱気が僕の冷房でひんやりしている体を襲った。

このまま来た道を辿って帰れば実家に着くけれど、僕は近道をしようとした。少し外れにある山道だ。木が生い茂っているので、街中のアスファルトの上よりかは涼しい。地元民だった僕にとって、迷うことのない親しんだ道だ。

暫く歩いたところで、大きな沼が見えてきた。
僕は一度、立ち止まった。数日前の大雨の影響か水かさが増している。沼に近付き、水面を覗くと茶色く濁っていて、底が見えない。

「・・・何やってんだろ、行こ」

一日仕事していたせいで、体は重い。沼なんて覗いている暇があるなら、帰って休んだ方がいい。
帰ろうとしたところ、風も特に吹いていないのに、水面が揺れた。揺れた先を見てみると、僕と反対側のところで誰かが立っていた。視力があまり良くないので、シルエットもぼんやりとしか見えない。目を細めて見ても黒い影がぼんやりと立っているだけだ。ただ此方をジッと見ているようで、何だか気味が悪い。だけど、それは懐かしさも感じていた。知っているような知らないような奇妙な感覚だ。気味が悪いのは確かなので、僕はその場から離れようとしたけれど、

「っ、動かないっ」

地面に縫い付けられたように足が動かなくなっていた。上半身は動く様で、あたふたしていると、バランスを崩して後方へと倒れた。派手な音を立てて倒れたにも関わらず、足は動かなかった。
そうこうしているうちに、人影の様なものが此方に近付いてきていた。しかも、沼の周囲を歩いているのではなく、水面を横切る様に此方に近付いてきていたのだ。

僕は恐怖を覚えたと共に、今日の休憩中にパートさんが話していたんだ。最近、山林で行方不明者が出ていると。まだ見つかっていないと話していた。

何とか離れようと足掻いているうちに、その人影は僕の前に立った。真っ黒の塊が其処に居た。

『やっと、キテクレタ!キテクレタネ、ソウスケ』
「え、っわ、あっああっ、やめろっ!!!たすけっ!!!」

黒い塊が俺の下半身を掴み、凄まじい力で沼へと引き摺り込んだ。
水と泥が一気に呼吸器官へと入り、息が出来ず意識が遠退いていく。ああ、そうだ。思い出した。彼が行方不明になったあの日の事。
僕が山林で遊んでいた時に無くしたキーホルダーを、彼は探しに行ったんだ。台風で何処かに行っちゃう前に、と。

急に視界が開け、息苦しさも嘘のように無くなった。
濁った沼の中だとは思えないほど澄んだ青が映っていた。視力も悪かった筈なのに遠くまで見える。水の中なのに、息も普通に出来ている不思議さに僕は周りを見渡した。

背後から誰かに抱き締められ、僕は振り向いた。

「キーホルダー、見つけたんだよ、俺。お前にずっと返そうと思っていたんだ。ずっと、沼の中で待っていたんだ」
「・・・僕は、これからどうなるの?」

背後の彼は答えない。
はい、と渡されたキーホルダーは少し黒ずんでいた。

どんどん沈んでいく体に、僕は地上へと腕を伸ばした。すると、彼はその腕を掴み、僕の掌に指を絡めた。

「ずっと一緒に居ようね。俺はお前しか要らないんだ」


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