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「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -
※2部後もしも夢主が元の世界に帰っていたら
※夢主イオスでの記憶無し
※世界線曖昧
※某施設舞台




◇◆◇




快晴。青空は何処までも澄み渡り、白い雲が穏やかに青の中を泳ぐ。
高い位置にある太陽は春の季節を後にする大地を暖かく照らす。
爽やかな風。心地よい陽光。
まさに絶好の外出日和。


「ね、ね!まず此処行こう!このために来たんだから!」
「わかった、わかったから落ち着いて美咲。こういうとこって走るの禁止でしょ」
「走ってない!これは競歩!」
「着いて行く私の身にもなってよ」


手元の地図を広げ、やけに興奮した様子で先を促す友人を見てnameは溜息をひとつ零す。
成人を迎えてそれなりに経つのにこうまで子供のようにはしゃぐとは。
けれどどの感情に呆れは無い。今日の目的のものを、友人がどれだけ楽しみにしてきたかをnameはよく知っている。
興奮の理由がわかるからこそ、nameは温かく彼女を見守るのだ。


テーマパークに行こう。

古くからの友人である美咲から誘いの声がかかったのは一月ほど前であった。
彼女とは付き合いが長い。成人し、お互い社会人になってからも交流は絶たれることなく、頻繁に連絡をとったり顔を合わせたりしている。
自宅に招かれたり自宅へ招いたり、外でランチを共にしたり旅行に行ったり。
そんな気心の知れた彼女からの今回の誘いも、nameはひとつ返事で了承したのだ。

けれど美咲にとって今回ばかりは異なる意味合いを持つようだった。
なんでも、訪れる予定のテーマパーク内では期間限定で開催されるアトラクションがあるらしい。
ゲームのタイトルとコラボしたアトラクションで、そのタイトルは日本でも世界的にも有名なものらしい。
nameはビデオゲームに馴染みがなくいつも美咲の話から聞くだけだったが、そのタイトルは度々美咲の話題になっていた。
ただぼんやりと、いろんな派生の話があったりたくさんのキャラクターが出てくるものだという認識しかなかった。
趣味がテレビゲームと言える程にその界隈に詳しい美咲は、昔からそのタイトルを愛してやまない。
そんな彼女がこのコラボを知って手を、足を出さないわけがなかったのだ。

作品もキャラクターもわからない。
けれどそんな自分を友人が誘ってくれたことがなによりも嬉しい。
だから今日はとことん彼女に付き合おうとnameは決めていた。
そしてこれを機に作品を知れば、少しは彼女との話題合わせにもなるかもしれない。
そのようなことをしなくとも彼女との話題は尽きないのだが、ちょっとしたきっかけになればよいとnameは思っていたのだ。


「ひゃあぁぁぁ〜!すっごーい!感動…!」


美咲のお目当てのアトラクションがあるエリアに足を踏み入れる。
途端、彼女は両手を口元に当ててぷるぷると感激で震えだしたのだ。


「この音楽もゲームのものなの?」
「そう!ゲームタイトルのメインテーマ!こんなに大音量で聴けるなんて幸せ…!生きててよかった…!」


ほぼ半泣きになりながら足を進める彼女を横目で見て、どれだけこの作品を愛しているのかをnameは感じる。

エリア内で流れる曲を耳で楽しみ、作品にちなんだ内装や装飾を目で見て楽しむ。
美咲が喜ぶ姿を見れて、nameもなんだか自分のことのように嬉しく感じた。
少しは作品のことを勉強してから着いて来るべきだったのかもしれない。
いや、事実、作品の名前やキャラクターはインターネット等でざっくりとは見たのだが、いかんせんその数が多い。
原作に触れることも、ビデオゲームをしないnameにとってその全てを網羅することなどすぐにできるものではなかったのだ。
けれど今日という日がきっかけになればいい。
nameは跳ね気味に前を歩く美咲を小走りで追いかけ、その横に並んだ。


「人が多いね」
「そりゃあそうよ!大人気ゲームとのコラボだもん!ま、大型連休ってのもあると思うけど」
「順番まで結構時間かかりそうだね」
「うーんと、今から並ぶと…四時間待ちかぁ」
「ええ!?そんなにかかるの!?」


四時間待ち。遊園地ですらそんなに待たされたことはない。
視界に入る長蛇の列の最後尾はここからでは確認できないが、四時間待ちの人数となると長蛇がとぐろを巻いていることだろう。
美咲にとことん付き合うとは決めていた。
けれど最初からこの様子では後々体力がもちそうに無いとnameは薄っすら先を思いやった。


「だいじょーぶだいじょーぶ。この美咲様に抜かりは無いって」
「?それは?」


美咲はポーチの中から二枚の紙を取り出した。
手の平ほども無い小さな紙。
その表面には数字が印字されていて、推測しなくともそれが時間であるとわかった。
下部には小さな文字で説明書きも記されている。


「これはファストパスっていうの!一般列じゃなくて優先列に並べる素晴らしいチケット。はい、一枚どうぞ」
「ありがとう。じゃあ四時間は並ばなくてもいいってこと?」
「そ!ある程度は待たなきゃだけど、四時間よりはずっと短いよ」
「いつの間に準備してたの」
「ふふん、知ってるでしょ?あたし、好きなものには全力を尽くすの」
「ふふ、そうだった」


得意気に鼻を鳴らす美咲からパスを受け取り、優先入場の入り口を通り抜ける。
待機列が続く施設内は薄暗く、青白い光が周囲を淡く照らし出す。
これも原作の雰囲気作りなのだろうか。
隣で興奮し始めた美咲を見ると、nameの推測は当たっているのではないかと思えた。


「ええと、このアトラクションはライド?だっけ」
「そうそう!XRライドね!」


美咲の説明が始まる。
どうやらこのアトラクションは遊具に乗り込み、専用のゴーグルを付けて視界と音で楽しむライド系のものらしい。
機体そのものがジェットコースターのように動くわけではなく、あくまでゴーグルから映し出される映像と連動して動くものなのだとか。
最先端の技術を用いるであろうそのアトラクションは、作品を知らずともnameを期待させた。


「でねー!今回のコラボタイトルがあたしイチオシのナンバリングでね!」
「うん」
「あ、キャラわからなかったら映像で出てきても誰だよってなるよね。順番まだ先だからちょっと説明させて」


いそいそとポーチの中から携帯端末を取り出す美咲。
慣れた指つきで画面をなぞり、その画面をnameに見せてきた。
画面を見ながらも後方に迷惑がかからないように足を進めるのも忘れない。


「今回のコラボはね、タイトルの十五番目の作品なの」
「うん」
「亡国の王子が国を取り戻すストーリーで…」


十五番目の物語である作品について美咲は熱心に話を進める。
イチオシと言っていたし、その熱意の強さも頷ける。
物語の核心に触れずに上手いこと説明するあたり、これは今後原作に触れるかもしれないnameへの配慮なのだろうか。


「主人公がね、この人、ノクト!」


見せられた画面に映るのは黒髪の美青年。
整った顔立ちに釣り目がちな瑠璃色の瞳。
黒い衣服に身を包む美丈夫は二次元ならではの容姿だった。


「それから仲間のイグニスとプロンプトとグラディオもいるんだけど、今回のライドには出てこないらしいからまた今度説明するね」


眼鏡をかけた男性と金髪の男性、それから体躯のいい男性の画像が上に流れていく。


「ちょぉっとネタバレになるかもだけど、ノクト達と敵対するのがこの人ね」


画面に赤髪の男が表示される。
黒の長い外套にそれと同じ色の帽子を被って怪しく笑むその姿は、作品を知らずとも悪役なのだろうとなんとなく感じさせるほどだった。


「アーデンっていうの。この人とノクトが闘ってる戦場をライドの映像で駆け抜けていくってアトランションみたいだよ」
「そこまで調べたの?」
「楽しみすぎて我慢できませんでした」


素直に白状して苦笑いを零す美咲を見て、nameはくすりと笑う。
何も知らないで乗って理解する間もなくアトラクションが終わるのはもったいない。
これが彼女なりの楽しみ方なのかもしれないし、正直なところ、nameは事前説明がありがたかった。


「ほんとはね、アーデンと闘うノクトの姿はこれよりもう少し大人の姿なんだけど、今回のコラボではこの姿のままだから覚えててね」
「うん、わかった。じゃあノクティス君とアーデン君だけ覚えてればいいのね」


未だに映し出されるアーデンというキャラクターを見てnameは納得するようにひとつ、頷いた。
それから、沈黙。
いや、列に並ぶ人達の会話により静寂ではないのだが、隣の友人から言葉が無いことを不思議に思った。
美咲に顔を向ければ、彼女はぽかん、と口を開けたままnameを凝視していた。
なんだ、その表情は。何か可笑しなことを口走っただろうか。


「美咲?」


名を呼ぶと彼女ははっ、とした様子で数度瞬きをした。
それから小首を傾げる彼女に、nameもまたつられるように首を傾げた。


「な、なに?」
「いや、なんで"君"付けなのかなって」
「……え?」
「ノクトはまあわからなくもないけど、アーデンを君付けで呼ぶ人は見たことないなぁ」


アーデンファンでもいないんじゃない?nameぐらいだよ。

言われてnameは自分の言葉を思い出す。
確かに言った。「ノクティス君とアーデン君」と。
初めて見たキャラクターで初めて名前を知ったのに、何故そう呼んでしまったのか。
無意識。それが答えだった。
本当に何も意識していなかった。ただ、そう呼ぶのが当然かのように、するりと名前が紡がれたのだ。


「っていうかname、ちゃんと勉強してきてくれてんじゃん!」
「え、え?」
「ノクトの本名はノクティスっていうの。ノクトは愛称。あたし今教えてないのに、nameは知ってたんだね」


感心感心、と嬉しそうに頷く美咲。
けれどnameは戸惑いを隠すのに必死だった。

知らない。本当に、知らなかった。

ノクトの本名がノクティスであることなど、nameが知るはずなかった。
どうしてそう呼んだのか。どうして本名を知っていたのか。
奇妙な偶然として片付けるには些か不可解。
けれど今は偶然として頭の片隅に追いやることしか、nameにはできなかった。




◇◆◇




「このゴーグルは座席に座ってから装着してください」
「はーい、ありがとうございます」


いよいよ順番が近づいてきた。
作品の雰囲気に沿うためか、西洋風の衣装に身を包んだキャストからゴーグルが手渡される。
隣で陽気に礼を言う美咲は、手渡された二つのゴーグルの内一つをnameに手渡した。


「ありがと。見た目は普通のゴーグルなんだね」
「ねー!これで大迫力の映像が見れるなんてびっくり」


興味深そうにゴーグルを持ち上げ、横から、下から、上から丹念に見る美咲を横目で見て、nameもゴーグルに視線を落とした。
思い返すのは先程のこと。無意識のうちに紡がれたふたりの名。
美咲はもう気にしてもいない様子だが、その奇妙な出来事はnameの中で燻っている。
何故呼んだのか。何故呼べたのか。
手持ち無沙汰にゴーグルを撫でるがそんなことをしても何の解決にもならないことはname自身が一番理解していた。


「name!次だよ次!」
「あ、う、うん」


ひどく興奮した様子でそわそわとし出す美咲に名を呼ばれ、意識を戻される。
今は考えるのをやめておこう。純粋にアトラクションを楽しもう。

緩くかぶりを振り、左側から流れてきた機体に乗り込んだ。
二人掛けの座席に座り、左隣の美咲に習ってベルトのようなもので身体を固定する。
先程渡されたゴーグルを装着すれば視界は真っ暗。
隣で「見えなーい!」とはしゃぐ美咲の声がよく聞こえる。


「それでは皆様、よい旅を」


キャストの合図により機体が動き出す。
緩く風を切る機体は徐々に加速していき、その分頬に当たる風も勢いよくなっていった。


「ね、ねえ美咲!これ本当に動いてるの!?」
「なに?聞こえない!」
「これ!本当に!動いてるの!?」
「多少は動いてるだろうけど!この速さでは動いてないよ!そう感じてるだけ!風も機械で出しているんだと思う!」


大声で話しても聞き取れない程に速さを増してゆく。
そして浮遊感に感じる重力。
これじゃあ現実でジェットコースターに乗っているのと大して変わらない。
傍から見たら自分達はどのように映っているのだろうか。
ちょっとゴーグルを外してみようかと思った矢先、視界に映像が映し出される。


『今日は調査に協力してくれてありがとうクポ!』
「あああぁぁぁモーグリイイィィィィイイ」


隣の美咲の絶叫が機械の音に混じり聞こえる。
目の前には白いふわふわした生き物。頭頂部からは剣玉の玉のような赤いぽんぽんがゆらゆらと揺れている。
大変愛らしい。かわいいかわいいと叫び続ける美咲の言葉にも納得だ。


『この宇宙は広いクポ!みんなにはこれから宇宙を旅してもらうクポ!』
「わかったクポォォオオ」
「美咲が大変」


ゴーグルを取り、現実で彼女を見たのなら、きっと彼女は外には出せない顔をしていることだろう。声色でわかる。
美咲の絶叫を聞きながらモーグリの説明にも耳を傾ける。
このアトラクションのストーリーだろうか。
宇宙の調査にゲストが参加するという態らしい。
それが十五番目の物語とどう繋がるのだろう。


『出発クポ!』


モーグリの掛け声と共に、機体は一気に上昇する。
背中に感じる座席の感触。機体が真上に向かっている感覚。
すごい。これは、本物そのものだ。


「すっげーーー!!!あっははは!」
「すごいね!」
「うん!」


これには流石のnameも興奮を隠せない。
大声で笑い出した美咲に同調するように声をかければ、嬉しそうな声が返ってきた。

やがて機体は大きな白い光の渦に巻き込まれる。
真っ白に覆いつくされる視界。
一瞬の間の後、目の前に広がるのは青い空。
眩しい太陽が本物そっくりで、nameはゴーグルの中で微かに目を細めた。

機体は右方向に旋回し、下方を映し出す。
地上の光景は目を見張るものだった。


「うわぁ…」


豊かな緑の大地。美しい湖畔に見たことのない生物。
地球上のどこを探しても見つからないような光景が地上に広がっていた。
流れる映像と共に、モーグリの説明も聞こえてくる。
この宇宙について、惑星について。
その説明はnameには理解し辛いものだったが、シリーズファンならば容易に理解できるものなのだろうか。
現に美咲は隣で奇声を上げている。
心なしか周囲からも似たような声が上がっている気がした。
やっぱりちゃんと予習してくるんだった。
少しの後悔がnameの中に生まれたが、それでも楽しむと決めたのだ。
映像の隅から隅まで見てやろうと目を凝らした途端。


『クポポッ!』


がくん、と機体が大きく動く。
何事かと前方を向けば大きな紫色の渦。
そこに吸い込まれるかのように機体は徐々に渦に近寄っていく。


『た、大変クポォォ〜!』
「やばいクポオオオオォ」


演出なのだろう。案ずることは無い。
わかっていてもどきどきと緊張する胸は抑えられない。
がたがたと大きく機体が揺れ、紫の渦に飲み込まれる。
激しい振動と風。周りの絶叫を聞きながらnameは流れに身を任せる。

次に映し出されたのは夜空。
星の輝きひとつもない真っ暗な空に、辺り一面の闇。
下にはビル群のような土地が広がっていて、その中にぽつりぽつりと灯る明かりはひどく少ない。
静かで、奇妙な静寂。
困惑するモーグリは、これは想定外の事態だと告げる。
一刻も早く戻らなければ。
モーグリの焦ったような声を掻き消すかのように辺りに轟音が響き渡る。


「ぎゃあああああっ!」
「うわっ」


急に機体が急旋回し、猛スピードで走り出す。
崩れ落ちていくビルの隙間という隙間を縫い、高速で駆け抜けてゆく。
一度急上昇した機体は、更に加速して地上へ急降下する。
その合間に見えた一際大きな建物。
都庁のような形をしたその建物の傍に、二つの影があった。


「おあああぁぁああああああ」
「ちょ、痛い、美咲!」
「ノクトオォォオオオ!アーデンンンン!」


ばしばしとnameの左腕を叩く美咲を叱責するが、彼女には届かない様子。
仕方なく美咲の手を捕らえ、その手を抑え付けるように自身の手をその上から重ねた。
余程興奮しているのだろう。見えはしないが、美咲の様子が全てを物語っている。
楽しそうだ。その姿を感じていると、叩かれたことなど簡単に許してしまえる。


「あれがさっき説明してくれた二人!?」
「うん!そう!小さくて黒いのがノクトで大きくて黒いのがアーデン!」


どちらも黒いではないか。判別するのは大きさだけか。
いや、しかし高速で突き進む機体からでもよく目を凝らせばその姿は見える。
先程美咲が見せてくれた画像通りの姿だ。
どんな表情をしているのかは見えないが、どうやら二人が闘っているのだということはわかった。


「ぎゃーーーーー!!」


二人の戦闘により、建物が崩れていく。
その合間を潜り抜ける機体の激しい動きに身を委ねていると身体が放り出されてしまいそうだ。
ベルトをしているためそのような心配は無いとは思うのだが、想像以上に激しい。
美咲の手と手すりを強く握り締めたnameは必死に画面に喰らいつく。

途端、右側の建物がこちらに向かって倒れてきた。
どう舵を切っても、速度を上げても避けようの無い衝突。
どうなるんだ。
どきどきと逸る鼓動を感じていると、左側から人影が滑り込んできた。

ノクティスだ。
ノクティスは青い光を放ちながら剣を出現させ、一振りでその建物を一刀両断する。
二つに別たれた建物の間を通り抜けることで機体との衝突は免れた。


「あああああありがとうノクトオオオオォォォ」


礼を言いたくなるのも頷ける。
あれはなかなかよい演出だった。

それから機体は二人が闘う周囲を駆け巡る。
モーグリは未だに脱出の方法を模索しているようだった。


「やばいやばいやばい!二人が目の前で闘ってる!!」


美咲の興奮の度合いに同調するかのように、前後からも黄色い声が聞こえてくるようだ。
野太い声も聞こえてくる様子から、このキャラクター達はとても人気な様子。
少し原作に興味が出てきたnameは、機体に揺られながらノクティスとアーデンの姿をじっと見ていた。




じっと、見ていた。




「……ん?」




ふたりが、nameを。



暗転する視界。
先程までの美麗な映像が急に黒く塗りつぶされる。
機体の揺れも、風も、音も、何一つなくなった。
故障?演出?
nameは眉を顰めながら美咲に話しかける。


「ねえ、美咲…」


nameの左手。
美咲の手を握り締めていたはずのnameの腕が、急に強い力で掴まれる。


「み、美咲?」


どうしたのだろう。急に腕を掴んできた美咲に問いかけても静寂のまま。
ゴーグルを外そうと右手を手すりから離す。
その腕も。


「え」


掴まれる。

何かに。

美咲ではない。美咲は左側にいる。右手を掴めるような位置にはいない。
キャストの人か?
どういうことだ。いったい、何が起こっている。
真っ暗な視界では頼りになるのは感覚と聴覚だけ。
けれど誰かに掴まれているという感触だけしか、nameは得られていないのだ。


「あの、誰か」


手を掴んでいるであろうキャストの人に声をかける。
しかし返ってくる音はない。
いよいよ様子が可笑しい。
nameが両腕を振り払おうとした時だった。






『見つけた』







両頬に感じる手の感触。
両耳の鼓膜に吹き込まれるかのように囁かれた言葉。

二人の男の、声。




◇◆◇





『クポポ〜!無事に帰ってこられてよかったクポ〜!少し危険だったけど、一緒に探検できて楽しかったクポ!また来てクポ!』
「いやー!すごかったー!めっちゃ楽しかったー!!」


ゴーグルは外して出口の入れ物にちゃんと入れるクポ!

モーグリのアナウンスに従い、ゴーグルを外す。
明るくなる視界。広がる現実。
少し前までの二次元の旅との差異に気落ちするが、これも想定していたこと。
風圧で髪がぼさぼさだ。左手で軽く髪を整えながら美咲は隣のnameを向いた。


「楽しかったねname!」


未だにnameはゴーグルを付けたままだった。
薄く口を開け、微動だにしない。
返事の無いnameの様子を不思議に思い、美咲は再度声をかける。


「name?もうすぐ降り場に着くよ?」


右手を握るnameの手を軽くつつく。
そこでようやくnameは身じろぎした。
空気を吸う音と共に身体を震わせ、nameはきょろきょろと辺りを見渡す。


「美咲っ?」
「なに、name。酔った?」
「美咲!」


勢いよくゴーグルを外し、美咲の顔を覗き込むname。
その瞳は揺れている。
いったい何故?


「美咲、あの…」
「ご乗車ありがとうございました〜」


キャストの人から声がかかり、乗車していた人達が一斉に降車する。
ベルトが自動で外れ、降車を促すキャストの視線を感じて美咲はnameの手を取り、立ち上がった。


「降りよ。酔った?大丈夫?」
「酔ってない。平気。でも」
「次の冒険に出る皆様、ご搭乗ください〜!」


ゲストが次々と機体に乗り込む。
このままここにいても不審がられるだけだ。
美咲はnameの手を引き、降り場を後にした。



◇◆◇



薄暗い建物から出て太陽の光に晒される。
眩しくなる視界に目を細めたnameは、未だに手を繋ぐ美咲に声をかけた。


「美咲、大丈夫。ごめん」
「ん」


離される手の平。
重ねられたそこにではなく腕に手を重ね、ぎゅう、と力をこめる。


「ねえ、本当に大丈夫?酔った?ごめんね、nameって絶叫系あまり好きじゃなかったよね」


申し訳なさそうに眉を下げる美咲。
確かにnameは絶叫系の乗り物を好んではいない。けれど好まないだけで乗れないほどではない。
それに、美咲も下調べはしていたものの、このような激しいアトラクションまでとは想像していなかっただろう。
何一つ美咲のせいではない。


「大丈夫。びっくりしちゃって。心配かけてごめん」
「ほんと?もー!心配したよ!魂抜けたような顔しちゃってさ!」
「あはは、そんな顔してた?」
「うん!」


安心したように微笑む美咲を見て、nameも小さく口角を上げる。
けれどどうしても、先程の出来事が引っかかっていた。

あれは何だった?演出だった?故障だった?


「name、あたしグッズコーナー見たいな」
「いいよ、行こう」


緩い足取りで歩み出す美咲に並ぶ。
隣の美咲はにこにこと上機嫌に先程のアトラクションについて語りだした。


「XRライドさ、すごかったね!本当にその場にいるみたいな迫力だった!」
「うん、すごい技術だよね」
「そうそう!そしてノクトとアーデンが出てきてもうすっごくテンション上がった!」
「痛かった」
「ごめんなさい」
「素直でよろしい」


素直に謝ってくる美咲を見てnameは笑みをひとつ零す。
素直なところが大変好ましい。
別段、叩かれたことは気にしていない。彼女の気持ちはわかっているつもりだし、事実nameも彼女の喜びように胸を弾ませてもいた。


「最後の方さ、召喚獣いっぱいでてきてすっげー興奮した!」
「召喚獣?」
「あの大きなおじいちゃんとか魚みたいなのとかのこと!」


興奮した様子で美咲は話し出す。
召喚獣達がノクティスに力を貸し、アーデンを追い詰めたこと。
大きな力のぶつかり合いで帰還ゲートが開かれた時の迫力が凄まじかったこと。


そんな場面、nameは知らない。


「美咲」


召喚獣など、見ていない。
帰還ゲートのくだりなど、見ていない。
気づいたらアトラクションが終わっていた。


「途中、故障とか、しなかった?」


視界が暗転した。確かに、一度暗くなった。
音も、振動も、何も感じなかった。
けれど。


「してないよ?してたらアナウンスあるっしょ」
「暗くならなかった?」
「なってないよー、なに、寝てたの?」


絶叫系苦手なのに実は眠れるほど慣れっこ?

茶化すように笑う美咲の笑顔。
その笑顔が、今はなんだかとても。


「じゃ、じゃあ、私の腕、掴んだりした?」


ぱちぱちと瞬きをした美咲は怪訝そうに首を傾げた。


「ううん。あたしの右手はnameがずっと握っていたでしょ?左手はずっと手すり掴んでたよ」





『見つけた』





反響する二人の男の声。
知らない声。
鼓膜に擦り付けるように囁かれた音が、感触が、蘇る。

なんだった?あれはいったい、何、だった。


誰、だった。





「きゃああああああぁぁぁっ!!」


辺りから一斉に声が上がった。
女性達の甲高い悲鳴。


「なに!?」


周りがざわめき出す。
何か事件が起こったのか。このようなテーマパークで犯罪が?
nameと美咲は辺りを見回す。
すると、人々はある一点に向かって早足で進んでいく様子が伺えた。


「事件?」
「なんだろう」


女性達の甲高い悲鳴は途絶えることを知らない。
それどころか、大きくなっている。
悲鳴かと思ったそれは、よくよく聞いてみると歓喜に濡れた黄色い声も含まれていた。
犯罪の類の事件ではなさそうだ。


「name、行ってみよ」
「ええ、でも人が」
「この作品のイベントかもしれないじゃん!」


ぎらぎらと瞳を輝かせる美咲を止める術を、nameは知らない。
早足で進む美咲の後ろをnameは人波に揉まれながら進む。


「嘘だろ、まじかよ」
「きゃああああ!写真!写真!」
「なに!?なんで!?サプライズ!?」


人の壁の隙間を縫いながらぐいぐい進んでいく美咲はなんとも勇ましい。
これが作品愛ゆえに成せる力技なのか。
やがて立ち止まった美咲の傍でnameも足を止める。
人々の視線はある一点に向けられており、皆そのものを見たくて背を伸ばしたり身体を左右に傾けたりしていた。


「美咲、どう?何があるの?」
「……うそ」


呆然とした美咲の横顔。
その瞳がきらきらと輝いていく様子。
みるみるうちに歓喜に満ちた表情を浮かべた美咲は、人波に揉まれながら携帯端末をポーチから取り出した。


「まじかあああぁぁぁぁあああ!!」
「きゃ、な、なに、美咲」


唐突な絶叫。
周りの奇声の嵐の中に一際通る美咲の声。
片耳を抑えたnameは美咲の様子が理解出来ずに再度彼女に尋ねた。


「美咲ってば!」
「いるの!」
「なに?」
「ノクトとアーデンが!いるの!!」


夢中でシャッターを切る美咲。
腕を高く頭の上に伸ばし、四方の人に揉まれながら懸命に携帯端末を握り締める。
そういえば、周りの人々も皆そんな様子だ。
ある一点にカメラを向け、フラッシュが止むことはない。
まるで芸能人がそこにいるみたいだ。
いや、いるのだろう。

美咲は言った。「ノクトとアーデンがいる」と。
それは先程のアトラクションで目にした十五番目の物語のキャラクター。
所謂二次元のキャラクター。この現実にいるわけがない。
きっとサプライズキャストの仮装か何かなのだろう。
どれ、一目見てみようか。
偶然前方の人波が薄れ、遥か向こうの中心が視界に入る。

確かに、居た。ノクティスとアーデンが。

周囲を人に取り囲まれ、身動きが取れない様子の彼らだったが、二人とも長身であるためその顔はよく見えた。
特にアーデンなど人の壁から頭ひとつ抜きん出ている。
余程長身なキャストを当てたものだ。

そう、キャストだ。
外国本場のキャストなのだろうか、その容姿も、体躯も、美咲から見せてもらった画像と酷似していた。
遠目から見てもはっきりとわかる容姿のよさ。
外国人だからという点を含めても、人形のように整っていてまるで二次元のキャラクターそのものだった。
まるで、ゲームからそのまま出てきたかのような。


「サプライズイベントなのかな!?うわああラッキー!めっちゃくちゃラッキー!」
「本物みたいね」
「もうあれ本物っしょ!近くで見たいいぃぃぃぃ拝みたいいぃぃぃい」


ぴょん、ぴょん、と跳ねる美咲を横目にnameは苦笑いを浮かべる。
これ以上前に進むのは無理だろう。
先程よりも人が増えている。
nameと美咲の後方にも人が詰まり出して、辺りは大混乱だ。
仕方の無いことだ。こんなにも本物そっくりのキャストがいるのだから。
しかしnameは一目見れただけで十分。美咲や周りの人々のようにあの二人を撮りたい、拝みたいという熱意もない。
これ以上退路が絶たれる前に、自分は退散した方がいいだろう。


「美咲、まだがんばる?」
「がんばる!」
「わかった、私、その辺うろついてるから、気が済んだら連絡して」
「わかった!!がんばる!」
「がんばって」


美咲は歯を食いしばりながら懸命に爪先立ちを続けている。
彼女が怪我をしないよう祈るばかりだ。
さて、自分は早々にお暇しよう。
そう思って視線を横に滑らせた時だった。


目が合った。


「……?」


ノクティスとアーデンの姿をしたキャストの二人が、こちらを見ていた。
じっと、視線を逸らすことなく。
焼き付けるように、射抜くように。

気のせいだろう。随分と離れているし、見間違いだ。
視線を逸らそうとした時、ふたりの口元が同じ言葉を形どる。
その口元から目が離せなかった。



『name』



理解した途端、nameは勢いよく後ろを振り向き、人の壁を掻き分けて進み出す。



『見つけた』



先程の奇妙な経験と何故だか重なり、ぞわりと背筋が粟立った。
なんだろう、よくない気がする。
早くこの場を離れなきゃいけない気がする。
急ぎ足で人を掻き分ける。掻き分ける。
次第に見えてきた輪の外れ。
躓きそうになりながらも波から身体を投げ出し、やっと解放されたかのような感覚だった。
一息ついている間にも人はどんどん集まっている。
また壁を形成し始めたそれから逃げるように、nameは小走りで離れる。


「ねえ!ノクトとアーデンのコスプレした人がいるってほんと!?」
「SNSでもめっちゃ話題になってる!トレンドにも入ってるって!」
「こっち!?」
「行ってみようぜ!」


すれ違う人達の意気揚々とした声を聞きながら、nameは反対方向へ進む。
メガホンを持ったキャストが事態の収拾を図っているが、この様子ではしばらく無理だろう。
人がここに集まっている今、カフェ等の飲食系の施設は狙い目かもしれない。
そこに腰を落ち着けようか。

そう決めたnameは一度後方を振り返る。
心配なのは美咲だ。
どんどん人が集まり、辺りは騒動になっている。
あの中に友人がいると思うと、置いてきて本当によかったのかと後悔がnameの胸に燻る。
けれど今戻ることはしたくない。美咲を見つけられる自信が全く無い。
大丈夫。美咲は逞しい子だ。
そう信じて振り返っていた身体を戻し、前を向く。


その横を通り過ぎる、一閃の紅。

甲高い音が耳元で鳴る。

そして革靴が石畳を踏む音。

どこから現れたのか、優雅に着地した赤髪の男は帽子を投げ捨て、nameを凝視した。




「name」




泣きそうな程に顔を歪めた男は、アーデンだ。
アーデンの姿をした、キャスト。
彼はふらふらと覚束ない足取りでnameへと近寄ってくる。


「あ、あの…?」


渦中の人物が自分に何用だ。
いや、そもそもどうやってあの人の渦から脱出した?

どうやって目の前に現れた?


「name」


何故名前を呼ぶ。どうして知っている。
こちらは彼のことは知らないのに、向こうは何度も何度も刻み付けるようにnameを呼ぶ。
知らない。誰だ、この男は。
nameの名を呼ぶ声が震えを帯びた途端、伸ばされる男の手。
あまりにも唐突で、避けることも叩き落すことも出来ずにnameの頬は男の両手に包まれる。
辺りで黄色い悲鳴が巻き起こるが、nameにはどうすることもできないのだ。


「な、なに、離してくださいっ…」


ぐっと近づく男の顔。
男の腕を掴んで引き剥がそうとしてもびくともしない。
胸を押しても動きやしない。
ただただ男はnameの顔を至近距離で覗き込むだけだった。


「name、本物の、name」
「は、はあ?」
「会えた、やっと、見つけた。俺の、俺だけの、name」


ゆらゆらと揺れる金茶色の瞳。
端正で整った男に至近距離で見つめられて胸が高鳴るのは一部の人だけ。
彼と何の接点も無いnameからしてみれば不気味なことこの上なかった。
しかも何なのだこの男の言葉は。
俺だけのname?いったいなんのことだ。


「人違い、です。あの、離してください」
「違わない。俺がnameを見間違える筈が無い。絶対に、ありえない」


恍惚とした表情で息をつく男。
その瞳に映る自分がひどく顔を歪めたのが見て取れた。
駄目だ。話が通じない。警察に突き出すべきだ。
ぎゅう、と唇を噛み締め、右手を振り上げた時、その腕が後ろから伸びてきた何かに掴まれた。



「ふざけんな」



nameの横から生えてきた長い足。
黒い衣服に包まれた足が目の前の男の腹を捉え、その身体は後方へ勢いよく吹っ飛ぶ。


「は」


何が起きた。
一瞬のことで理解の追いつかないnameは地面を滑る男と騒然とする辺りの喧騒に翻弄されるが、後ろから抱き込まれる何かに意識が持っていかれる。


「name」


ぎゅう、と後ろから回される男の腕。
首元を擽る夜色の髪。
知らない男に抱きしめられている。
言いようの無い不快感がnameを襲い、振り払おうと腕に力を入れる。
しかし、身体を反転させられ、その勢いは霧散する。


「顔、よく見せて」


nameを抱き込んでいたのはノクティスの姿をしたキャストだ。
また渦中の人物が出てきた。
だから知らないのだ。誰だ。彼らはいったい誰なのだ。
混乱するnameは頬を這う男の指先に不快感を露にする。


「あの、やめてください」
「name、ずっと、ずっと探してた。nameに会いたくて、俺、俺…」
「だから!人違いです!」


気味が悪い。
知らない外国人がこちらを知っている。こちらは向こうを知らない。
それなのに向こうは熱に浮かされたかのような瞳でnameを見つめ続ける。
怖い。
nameが感じたのは、確かに恐怖だった。


「王子、触りすぎ」
「は?あんたも散々触ってただろ腕切り落とすぞ」
「nameの前で随分悪い言葉を使うね。失望されるよ」
「…違うんだname、俺はただ」
「はいはい、nameは俺の。返してね」


また後ろ手を引かれ、赤髪の男の胸に背を預ける。
不本意だ。かなり、不本意。


「離してください」
「どうして?やっと会えたんだ。触れさせてよ」
「だから…」
「おい帝国宰相。フェアにっつったろ。忘れたのかよ」
「忘れてないよ。呑んでいないだけ」
「…てめぇ」


殺気立つノクティスのキャストは青い粒子を纏いながら一本の剣を出現させた。
その芸当に周りは騒然。
あまりの出来事にnameも目を丸くする。
なんだそれは。まるで魔法ではないか。
混乱するnameの頭上でアーデンが低く笑った。
怪しい雰囲気が場を包んだその時。


「あのー…、一般ゲストの方ですか?ちょっと裏に来てもらえます?」


メガホンを持ったキャストの男性が控え目に申し出てきた。
渦中の二人に巻き込まれ渦中の三人となったnameは、これから起こるであろう厄介事に頭を痛ませた。


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