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「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -
※王の剣AIキャラの勝手な性格付け、口調。
※ちょっぴりえっちなただのギャグ
※本番無いくせに無駄に長い





「頼む、nameさん!アンタにしか頼めないんだ!」
「え、な、なんですか突然」


緩い足取りで迫り来る闇の中で多くの人々が寄り添い、助け合いながら生活するレスタルムの街。
電力源となるメテオの欠片を木箱に入れ、慎重に持ち運ぶnameの前に彼らは突然現れた。
王の剣。崩御したレギス王直属の特殊部隊。
真の王となるべく聖石の中で眠りについているノクティスに代わり、人々を、そして世界を守るために日々奔走する者達。
その王の剣の主戦力とも言えるであろうトブール、サーダ、ルカ、デリラがnameに向かって頭を下げているのだ。
道行く人々が何事かと振り返る。
防壁の上で作業する市民達もトブールの声音に興味を示したのか、顔を覗かせて地上のname達をちらちらと盗み見ていた。


「皆さん、顔を上げてください。私に頼みごと、ですか?」
「ああ!そうなんだ!」


がばり、と顔を上げたトブールの勢いに、nameは一歩後退してたじろいだ。
なんだろう、とても嫌な予感がする。
彼らにはとても世話になったし、今でも世話になっている。
その恩に報いることができるのなら、nameはどんなことにだって協力してやりたかったが、今回ばかりは嫌な予感しかしなかった。
けれどそれは杞憂かもしれない。
とりあえず話を聞いてみよう。考えるのはそれからでも遅くはないはずだ。
nameはメテオの欠片が入った木箱を道端に置き、話を聞く態勢をとった。


「ええと、なんでしょう。お伺いします」
「一緒にクエストに参加してほしいんだ!」
「は!?」


クエストとは。
ルシスのあらゆる地方から寄せられるシガイや魔物退治の依頼のこと。
報酬として武器の強化に必要な素材やメテオの欠片の入手が期待できるものだ。
いや、今は報酬がどうとかいう話ではない。

クエストに参加してほしい、とトブールは言った。
それはシガイや魔物の討伐に、なんの戦闘能力もないnameが同行するということ。
まさしく愚行である。足手まといもいいところ。
王の剣の精鋭として長く活躍してきた彼らなら、戦場に一般人を同行させることがどれだけの意味を伴うか知らないはずがない。
name自身も旅を通して痛感してきた。
それなのに、どうして。
頭脳派のデリラやルカもいる。何の考えも無しにクエストに誘われているとは考えにくい。


「…どういうことですか」
「最近な、モニカさんから受注するクエストの他に、エクストラ・クエストってのが受注できるようになったんだ」
「エクストラ・クエスト?」
「ええ。name、アナタも見たでしょう?この階段を上ってすぐの所にある黄色の球体」
「ああ、あれですか」


ルカの言葉にnameは件の物体を思い描く。
十日ほど前だろうか。突然配置された謎の黄色い球体。
宙に浮き、きゅるきゅると不思議な音を立てる以外に大して目立つ要素がなかったため、イリスと呆然と眺めた後nameは話題に触れずにいた。
シドの簡易工場と同じように、この物体もまた王の剣に必要な物なのだろう。そうひとり納得して。


「それがエクストラ・クエストを受注できる機械なの」
「名前はインゲムって言うッス!」


ルカの後に続くサーダ。
あの黄色い球体はインゲムというのか。
新しい情報にnameはあの球体とその名を照らし合わせた。


「そのインゲムから受けられるエクストラ・クエストと私に、何の関係が?」


インゲムの機能は理解した。だがそれがクエストにnameを連れて行く理由にはならない。
名からして特別そうなクエストだ。協力できる気が全くしない。
早々に話を切り上げ、彼らの期待の眼差しから逃れたかった。


「そのエクストラ・クエストの中に、帝国のアーデン宰相とレイヴス将軍と闘うクエストがあるんです」
「え、アーデン君とレイヴスさん?」


デリラの説明にnameは思わず声を上げる。
どういうことだ。アーデンは今インソムニアにいるはずで、レイヴスに至っては残念だが故人である。
そのふたりと闘う。それはあまりにも現実離れしたものだった。


「と言っても本人じゃないんだ。インゲムの中のデータベースから彼らのデータを具象化した、所謂形あるデータってやつなんだよ」
「それで私達王の剣は更なる力をつける為に彼らに挑んだの」


データを具象化。
nameのいた時代の日本でもそこまで科学は発達していなかった。
イオスの科学の発達に驚きながらも一応話は聞いておく。
帝国の宰相と将軍に勝負を挑んだ彼ら、王の剣。
その顔色が曇っていくということは。


「結果は」
「惨敗ッス…」


落ち込むサーダの肩をトブールがぽんぽん、と叩く。
ああ、やはり。彼らの表情から察してしまえた。


「あいつら強すぎんだよ!痛ぇし堅ぇし!将軍の剣線見えねーしありえねぇ速さで宰相がぶっ飛んでくるしよ!」
「なんスか!宰相なんでビーム撃ってくるんスか!」
「あの人達、連携の"れ"の字も無いくせに妙なところで呼吸が合ってるのよね」
「回復が全然追いつかないくらいの猛攻なんです。もうかれこれ十九連敗で…」


口々に言い合うのはアーデンとレイヴスに対する評価。
いや、評価というよりは愚痴や文句に近かった。
やいのやいの。ストレスを発散させるようにひとしきり吐き出した彼らは、ぽかん、と呆けるnameに再び向き直る。


「そこで私達考えたんです」


真剣なデリラの表情。
つられてnameの顔も強張る。


「どちらかの意識を何かに逸らせて、その間にもう片方を集中攻撃すればいいって」


作戦は卑怯なようにも聞こえるが、戦場では善も悪も存在しない。
勝ちか負けか。それだけだ。
勝ちに執着する彼らの瞳にnameは怖気づくが、四つの視線がそれを許さないと物語っていた。


「試しにルナフレーナ様のお写真を帝国将軍に突きつけてみたんだ」
「データでも妹を大切に想う気持ちがあるだろうと思ったのだけれど、駄目ね。電撃の餌食になったわ」


何してるんだ。
nameの心の中の突っ込みは四人に届かない。


「他にもルナフレーナ様関連のもので釣ったッスけど、全然効果無しッス!」
「それでですね、アーデン宰相は何で気を逸らせるか考えたんです」


そもそもデータ相手に気を引こうという考えから可笑しい気がするのだが、どうして誰も気がつかない、指摘しない。
具象化したただのデータであるため、当然生身の人間ではない。感情があるはずもないとは思うのだが。
どのタイミングで言い出そうか言いあぐねるnameを指すトブールの指。


「nameさん、アンタだ!」
「はぁ…」


ひとに指を指してはいけません。
そう言いたかったのだがどうやら彼らはヒートアップしている模様。
nameが口を挟めるはずも無い。


「俺達が用意したのはルナフレーナ様御自身ではなく、物だ。だから帝国将軍の心は動かされなかった」
「はぁ…」
「けどnameさん!アンタは此処にいる!帝国宰相を飼い慣らすアンタなら、データであろうとどうにだってできるはずだ!」
「はぁ…」


まずアーデンを飼い慣らしている、という誤報は何処から出たのだろう。
彼らは基地の件しか目にしていないはず。それなのにどうしてnameとアーデンが親密な関係であると知っているのか。
小さな噂が尾ひれをつけて大きくなったのだろうか。
いいや、事実、nameとアーデンは友人だ。
アーデンが小さい頃から十六年、共に過ごしてきた。
今は理由あって離れてはいるが、決心がつけば、いずれ。

遠いインソムニアの地でひとり、闇の中で待ち焦がれるアーデンの姿を思い浮かべ、nameはふるふると首を振った。


「name、アナタには帝国宰相の注意を引き付けてほしいの」
「その間にオレ達は将軍の方を倒すッス!」


それでいいのか王の剣。
最早勝つためには手段を厭わない段階まできているのだろう。
負け星が二十になる前に勝利の星をどうしても掴みたい。
勝負事に縁の無いnameがその気持ちを理解するのは難しいのだが、これは気持ちを汲み取るとかいう問題ではない。


「作戦はわかりました。…ですがお断りします」


途端、四人の阿鼻叫喚。
後退するnameに詰め寄る今にも死にそうな形相の四人に負けぬよう、nameは腹に力を入れ、声を出した。


「皆さん知っての通り、私は戦う力の無い一般人です。確実に足手まといになります。データのアーデン君を引きつけられるかどうかだってわからない」
「大丈夫だ!帝国宰相がアンタに釣られないわけがない!」
「(その自信はどこからくるのか)そ、それに攻撃だってされるかもしれないし…」
「大丈夫だ!帝国宰相がアンタを危険な目に合わせるだなんて考えられない!それに、俺達は仮想空間で闘う。現実では傷一つ残りゃしねぇ」


トブールの妙に自信有り気な問答に押され気味になる。
本当にその自信は何処からくるのだろう。
仮想空間で闘うとは言ったものの、痛みが無いわけではないだろう。
事実、先程アーデンとレイヴスへの愚痴を漏らしていた時にトブールは言っていた。
「痛ぇし堅ぇし」と。


「でも痛いものは痛いんですよね?」
「そ、それはそうだが…」


先程までの勢いは何処にいったのか、一気にしおらしくなるトブール。
周りの三人も気まずそうに視線を滑らせていた。
少しの痛みならもう慣れたものだ。
だが、いくら傷が残らないとは言え、なるべく痛いことを避けたいと思うのは人間の本能だろう。
もう一度、改めて断りの言葉を言おうとした矢先、四人の姿がnameの視界から消えた。
驚き、瞬きをするname。
彼らは消えたわけではない。地に膝をつき、nameに向けて頭を下げていたのだ。


「えっ、え、ちょ、ちょっと…あの!」


模範的な土下座。
どういうことだ。あなたたちは日本人ではないだろう。
サーダは少しだけ日本人寄りな顔立ちをしているけれど。
nameは狼狽え、おどおどと四人を見渡す。
周囲の好奇の視線に耐えられなくて、四人と同じ目線になるように膝をついた。


「頼む、nameさん。俺達。どうしても勝ちたいんだ」


呟かれるトブールの言葉は、nameの鼓膜を震わせた。


「将来王になるノクティス王子の力になりたいんだ」
「だから、こんなところで立ち止まってられないッス」
「力をつけて、王子の、人々の力になりたいの」
「お願いします、nameさん」


口々に呟かれるのは、心からの願い。
闇に包まれつつあるこの世界に生きる人々を救いたいと願う真摯な気持ち。

彼らは王の剣として、ノクティスを守るために更なる技量を詰もうとしている。
彼らの成長はノクティスの力となる。その一端を何の取り得も無い自分が担えるのなら。
ずっと守ってもらってばかりだった自分にできる恩返し。小さな、恩返し。
力をつける為、二人を倒す手段がそもそも卑劣というか卑怯な作戦であるということは一旦置いておこう。
こんなに必死に頼み込む彼らの姿を見て断れることなど、nameにできるはずがない。


「…わかりました。そこまで言うのであれば、協力します」
「ほ、本当か!?」


勢いよく上がった四人の頭。
その表情のどれもが歓喜に満ちていて、nameは苦笑いを浮かべた。


「ですが少しでも危険だと、足手まといになると思ったら私はリタイアしますからね」
「ああ!それでいい!囮みたいなことをさせちまうが、アンタを危ない目に合わせない!」


やったぜ、と互いに手を組み、喜ぶ四人。
nameの選択が正しいかどうかはまだわからない。
けれどここまで喜んでくれるのなら、少しでも期待に応えてやれるよう最善を尽くしたかった。


「じゃあ、早速行こうぜ!」
「え、今からですか?」
「思いついたら即日ッス!あの三人が何時戻ってくるかわからないッスから!」
「あの三人?」
「王子の護衛よ。彼ら、今クエストで出払っているでしょう?」
「そういえば…」


あの三人とはイグニス、グラディオラス、プロンプトのことだ。
三人共それぞれクエストで出払っており、朝早くからレスタルムにいなかった。


「マジこの時しかなかったからなぁ。あの人達、誰かしらnameさんの傍にいるじゃん?」
「声かけたくてもかけられなかったのよね」
「特にイグニスさんなんてオーラがやばかったッス。王の剣の殺した気配に気づいて殺気飛ばしてくるんスから」
「え、皆さんもしかして」
「はい。ここ数日nameさんに声をかける機会を狙っていたのです」


ああ、道理でここ数日三人の様子がおかしかったわけだ。
会話の途中でイグニスが急に「虫がいる」と言いながらナイフを投げたり、グラディオラスが共に読書に励もうと言って部屋に篭もらせようとしたり、プロンプトが人通りの多い出店に誘うようになったり。
彼らの行動全てがnameを王の剣に近づけさせまいとするものだったのか。

しかし、彼らと王の剣は険悪な仲ではないはずだ。
プロンプトはわからないが、少なくともイグニスとグラディオラスにとっては同僚の類になるはず。
王の剣と会話する様子も何度か目にしている。
ということは、あの三人はnameをクエストに連れ出すという王の剣の意図を事前に察していたのだろうか。

詳細はわからないが、全く気がつかなかった。
これでも旅を経て結構鋭くなったと思っていたのだが。
少しだけ落ち込むnameの手をルカが引き、立ち上がらせる。


「あ、す、すみません」
「いいのよ、さあ、行きましょう」


にこり、と笑うルカの後に続き、nameは歩みを進める。
エクストラ・クエストへ。アーデン(データ)とレイヴス(データ)のもとへ。


「よっしゃあ!皆!あの宰相と将軍の腹立つくれぇお綺麗なツラをぼこぼこにしてやろうぜ!!」
「おお!!」

むしろこっちが本音なのでは。
本当にこれでよかったのだろうか、と自分の選択をほんの少し後悔したnameはデリラに背を押され、足を動かすしかなかった。


◇◆◇


レスタルム郊外の倉庫地帯。
食料や生活用品の備蓄のために誂えられた簡素な倉庫の群れを進んだ先にある一際大きな倉庫。
重機が何台も収められていそうな程大きい倉庫が闘いの場に変わるのだという。

仮想空間のホログラムだ。インゲムは辺りをあらゆる地形そのものに見せてしまえるのだという。
ニフルハイムの優れたテクノロジーの結晶なのだと道中教えられたが、データ具象化どころか広範囲のホログラム機能まで搭載しているとは。
あの小さな球体の中に秘められた底知れぬ科学力にnameは唖然としたものだ。

重たく、nameの身長の倍程はある倉庫の扉を、トブールとサーダが押し開ける。
その間を通り抜け、足を踏み入れた倉庫内は何も無く、ただ広い、それだけだった。


「よし、皆準備しろよ」


トブールの声かけにぴりり、と場が引き締まる。
先程まで和気藹々と会話していたのが嘘のよう。
これが戦場に出る者達の集中力なのだろう。
何も準備することがないnameは、せめて心構えはちゃんとしよう、と背筋を伸ばした。


「name、インゲムから受け取った物はちゃんと持っている?」
「はい。持っています」


ルカから声をかけられ、nameはジーンズのポケットから小型の機械を取り出した。
手の平よりも小さい、卵型のスイッチ。
これは仮想空間からnameのみを強制的に離脱させる物なのだとインゲムは語っていた。
特別枠として参戦を許されたname。
ただでさえイレギュラーな存在なのに、ここまで救済措置を用意してくれるインゲムは相当優秀な機械なのであろう。
スイッチを一度握り締め、ジーンズのポケットに戻す。
アーデンやレイヴスの剣が向けられた時、このスイッチを押さなければならない。
傷が残らないとはいえ、剣で斬りつけられる痛みは知っている。
できれば、もう二度と味わいたくない痛みだ。


『準備はいいデスカ。皆さん』
「ああ、始めてくれ」


倉庫内に響くインゲムの無機質な音。
トブールの声に反応したのか、倉庫の中は一瞬で光に包まれる。


『最悪&最強、アーデン&レイヴス。エクストラ・クエストを開始しマス』


タイルが積み上げられていくように景色が移り変わる。
構築されていく景色はnameが見たことの無いもの。
闘技場のような所だろうか。
広い場内は円形に形作られており、階上には客席のような場所が見えたが勿論観客など一人も見当たらない。


「すごい…」


目の当たりにする高度な技術にnameは声を漏らす。
ぱちぱちと瞬きをしながら構築しきった空間を見渡して、そして目先に立つ人物達に気がつき目を留める。

アーデンとレイヴスだ。
データだと言われない限り本物だと思い込んでしまう程に生身に近いその姿。
データの具象化を侮っていた。
もっと機械的なものだと思っていたのに、これでは本人そのものではないか。

レイヴスは生前と変わらぬ鋭い眼光をこちらに向け、いつでも斬りかかれる態勢で剣を構え、待ち受ける。
アーデンは怪しい笑みを浮かべていたが。


「name」


そのアーデンの表情が、nameの姿を目に留めるなり真顔になる。
そして早足で近づいてくる。
足を進めるたびにアーデンの裾の長い外套がはためいた。


「そら釣れた!いくぜ!みんな!!」


アーデンは魚か何かか。
一斉に駆け出す四人の背を、nameは細い目で見つめる。
擦れ違うアーデンは四人に目もくれずにnameへ早足で歩み寄って来た。
そして目の前で立ち止まるアーデン、のデータ。
データだとわかっていてもここまで精巧ならば、本人を目の前にしているのと寸分も変わらなかった。


「こ、こんにちは」


斬りかかられるかもしれないのに、nameは呑気にへらり、と笑う。
気持ちとしてはアーデン本人を目の前にしているようなものだ。
アーデンが自分に危害を加えるはずがない。
そんな妙な自信に満ちた確信がnameの心構えを呑気なものにしていた。


「name」


呟かれた名と共に、アーデンに抱き寄せられる。
大柄なアーデンの体躯に包まれてしまえばnameの視界はアーデンの衣服で染まる。
そのままアーデンはname、name、と名を呟くばかり。
もしかしてデータだから闘う以外のことに対する機能は無いのだろうか。
だとしたらnameの役目である"アーデンを引きつけること"は案外容易く達成されてしまうかもしれない。
四人がレイヴスを倒すまで、こうしてアーデンの抱き枕になっていればよいだけなのだから。

友人ではあれど、アーデンは二千年前と変わらずnameに触れてくる。
抱き締められることなど日常茶飯事。
その行為に互いに特別な感情が無くとも、親愛を表す行為として有用なことであった。


「アーデン君?」


試しに名を呼んでみる。
あまりにもname、としか言わないものだから、試しにデータがどこまで対応しているのか確めてみようと考えたのだ。


「なに?name」


うっとりとした声音で返ってきた返答。
nameは驚きに目を見開く。
会話できた。データの対応能力恐るべし。


「ええと、ごめんね、こんなことして」
「こんなことって?」
「私が囮…みたいなこの状況」
「ああ、随分と効果のある作戦だね。俺がnameに目がいかないわけがない」


受け答えがしっかりとできている。これにも驚かされた。
話し方も、声色も、言葉選びも。全て本物のアーデンのようだ。
すりすり、とnameの頭部に頬を擦り寄らせるアーデンはひどく幸せそうな声色でnameの名を呼び続ける。
のはいつものことだし構わないのだが、向こうの様子はどうだろう。
nameのお蔭で四対一に持ち込めているのだ。
少しは善戦していてほしい。

アーデンに抱き締められたまま、少し顔をアーデンの腕の外へ覗かせる。


「すんませんッス…」
「サアアアァァァアダアアァァァァ!!」


崩れ落ちるサーダ。トブールの怒号。
レイヴスの剣線に捉えられたサーダが膝をつき、白目を剥いていた。
すぐにデリラが救護に入って一難を逃れたようだったが、まさか一撃とは。
四人とレイヴスの頭上には線のようなものが表示されている。
これはゲームでいうところのHPを表すバーのようなものだろう。
先程nameは見た。サーダのHPバーが一気に左に減ったのを。

なるほど、四対一でもここまで苦戦するのに、よく四人は二人同時に相手し続けたものだ。
なんだか四人に対する敬意の念すら湧いてきた気がする。
自分の役目がいかに重要であるか認識させられた。

よし、頑張って囮もどきを続行しよう、と意気込みを新たにした途端。


「ひゃ…っ!?」


耳を這う生温い何か。
耳に直接流れ込むぴちゃり、という水音。
背筋がぞわりと震え、nameは小さな悲鳴を上げながら目を白黒させた。


「…name」
「んん…っ」


至近距離どころか零距離で囁かれるアーデンの艶のある低音。
慣れきった声なのに、先程の衝撃で過敏になったのか、nameは無意識に身を捩じらせて逃れようとする。


「駄目だよ。俺以外を見ちゃ」


ぴちゃり、ぴちゃり。
また耳を這い出すそれ。
声の近さとその感触からnameはようやく理解した。
耳をアーデンの舌で翻弄されているのだと。


「え、あ、ちょっ…ええっ!?」


驚き、アーデンの身体を押しのけようとするがアーデンの大きな体躯はname如きの腕力ではびくともしない。
それどころか更に強く抱き込まれ、耳への刺激は止むことがない。


「あ、アーデン君っ?ぁ、や、やめて!」
「かわいいねname…、ぴくぴく震えて、本当にかわいい」
「や、やぁ…!そこで、しゃ、喋らないで…!」


アーデンの声と舌に絶えず身を震わせるname。
知らない、知らない。こんなの、知らない。
nameの知るアーデンはこんなことしない。こんな触れ方、しない。
いや、でも一度だけ一線を越えてしまいそうになったことがあった。
この行為は、その時の記憶を蘇らせるには充分で。
nameはたまらずアーデンの腕の中で声を張り上げた。


「い、インゲム!どういうこと!?これはアーデン君のデータでしょ!?」
『はい、そのとおりデス』
「アーデン君は普段こんな、こんなことしない!」
『生身とは違い、データには理性といものを搭載しておりまセン。彼はただ"アーデン"という個。欲望に忠実なのはそのせいでショウ』
「はあああ!?よ、欲望!?なに言っ、ひゃぅっ」


耳を食まれ、言葉が遮られる。
どういうことだ。そういうことだ。
データは生身のアーデンが持つ理性を持たない。
長年蓄積されてきたアーデンの執着と欲望の姿に気がつくことのないnameは、インゲムの言葉を否定する。


「(つつつつつまり本物のアーデン君が理性で押さえつけていたものが曝け出されてるってこと…!?ありえない!ありえるはずない!)」


nameの中でアーデンは友人。一度襲われかけてもその線は揺らぐ事無く強固だ。
アーデンがnameに向けるのは性愛を伴った凶悪な執着。
その片鱗を感じ取ることのないnameは、データのアーデンが本来の欲望に忠実なアーデンの姿を投影したものであると、推測できているのに認めることが出来ない。
だって、お互いは"友人同士"であると信じ込んでいるのだから。


「一回離れようっ?お、落ち着いて話を…あぅっ」
「離れて、話をして、それから?どうする?」
「っん、ん、やぁっ」
「どろどろになるまで愛し合う覚悟をしてくれるっていうのなら、離れてもいいよ?」


わざとだろうか。一音一音、ゆっくりと耳に流し込むその行為。
いったい何処で学んできたのか。そんなこと覚えさせたことはないはずだ。
いや、二千年の間に会得したのだろうか。恐るべし。恐るべし。
剥がれかけてきた冷静なnameの思考。
零れ落ちるそれを舐め取るかのように耳の裏を耳たぶからこめかみまで、くるりと舐め上げられればnameは悲鳴を噛み殺すことしかできなくなる。


「だ、誰か…んぁッ、助け…!」


涙声混じりな声を上げ、向こうで死闘を繰り広げているであろう四人に助けを求める。


「サアアアアァァァダァァァァァ!!!」


トブールの雄たけび。
どうやらサーダがまた力尽きたらしい。
四人の左へと、右へと忙しいHPバーとは裏腹に、対峙するレイヴスのHPバーは微動だにしていない。
おいどういうことだ王の剣。
力を尽くしている四人には悪いがこちらも状況が状況である。
恨みがましい言い方をしてしまうのは許して欲しい。


「ふ、うぇぇどうして気がついてくれないの…ッ」


気がつけよ。気がついてくれよ。
囮が抱きこまれて耳攻めという痴態に合っているんだぞ。助けてくれ。
四人とレイヴスは完全にこちらを見ていない。
いや、見ないようにしているのか?
ここまでくるとそんな疑いが生まれてくるのも致し方ない。


「ごめん!アーデン君!」
「ッ!」


nameは二千年前からずっと、アーデンに対して暴力を振るったことはない。
けれど、これは駄目だ。この状況は、駄目だ。許されない。
nameは両腕にできる限りの力を入れ、同時に足を上げ、一気に踏み下ろした。
nameの全体重を乗せた容赦の無い攻撃がアーデンのつま先を襲う。
アーデンにとっては微かな衝撃にしかならないだろうが、それでも僅かに緩んだ拘束の隙間を縫ってアーデンを突き飛ばす。
一歩、後ろへよろめいたアーデンからnameは全力で後退し、距離をとった。


「駄目!これは、駄目!私、君、友達!これ、駄目!」


片言である。
混乱に混乱を極めたnameは平常時の冷静さを失い、ただ駄目を突きつける機械に成り果てたようだった。
嬲られた耳を片手で押さえ込めば、濡れる手の平。
その正体が何かなんて、考えなくてもわかってしまう。
恥ずかしさに頬に熱が集まるのを感じ、nameは手の甲でごしごしと頬を擦る。
頬を赤くさせるnameを見てくすくす笑いながら、アーデンはこちらへ一歩ずつ、歩み寄る。


「ああ、name、どうして恥ずかしがるの。どうして駄目なの」
「恥ずかしいものは恥ずかしいし駄目なものは駄目!いけません!」
「俺はこんなにもnameが好きで、大好きで、愛してるのに、それでも触っちゃいけないの?」
「好…ッ!?愛!?さささ触るのはいいけど、今のは駄目!」


歩み寄ってくるアーデンに対してnameは後退する。
空いた距離を埋めることなど許さないように。これ以上近づくことを許さないように。


「どこまでなら許してくれる?」
「どこまでって…えと、ええと、いつもみたいに抱き締めるとか、撫でるとか、そういうの!」
「"いつも"はもう沢山してきたしこれからもするけど」
「ち、近寄らないで!」


途端、早足で詰め寄るアーデン。
その速さから逃げるようにnameも後退するが、室内は壁に囲まれてこそ室内。
とん、とnameの背に硬いものが触れた時、nameの顔色は蒼白に変わる。


「今は"いつも"じゃない方法で、nameを愛したい」


顔の横に両手をつかれ、覗き込まれる。
アーデンの背後で光る室内灯がアーデンの影をより一層濃くし、怪しく見せる。

逃げなきゃ。

囮とかもうどうだっていい。ごめんみんな。
心の中で謝りながら、nameは屈みこみ、アーデンの腕を潜ろうとした。
しかし。


「どぁぁぁ!?」
「はいはい、逃げない逃げない」


器用に左右それぞれの手を壁に縫い付けられ、押し付けられる。
少女漫画でよく見る憧れのシチュエーションの上位に食い込む状況ではないだろうか。全く嬉しくない。
あまりの手際のよさに驚きながら色気も何も無い叫び声を上げたnameは、ぷるぷると子羊のように震えながらアーデンを見上げることしかできない。


「は、離してください…」
「んー?イヤ」
「ひ、ひとの嫌がることはしちゃだめって、私教えたよね?」
「それ随分昔のことだねぇ。俺が八歳くらいの頃?ま、nameの言葉は全部覚えてるけど」


近づくアーデンの顔。
何をされるのかと、びくりと肩を震わせ、ぎゅう、と目を閉じれば額に柔らかい感触。
拍子抜けしそうな程の優しい感触に呆気に取られ、nameは恐る恐る目を開けた。
開けなければよかった。


「nameの嫌がることはしたくないけど、ほら、俺、データだから。したいことするね、うん、する」


欲に浮かされた金茶色。欲を孕んだ吐息。
その全てが艶めかしく、あまりの色気に眩暈がするほどだ。
こんなアーデン、知らない。

データだからとかそういう問題ではないのだ。
データだからしたいことをしていいわけじゃない。
そしてname自身も無理矢理好き勝手されるのを許しているわけではない。


「や、いやだってば!おかしいよ!」
「何がイヤなの?教えて、name」
「だからこういうこと自体が、ひぇっ」


暴れるnameの四肢を手で、足で押さえつけ、アーデンはnameの首筋に顔を寄せる。
ふわり、とアーデンの髪が肌を擽るが、そんな刺激は序の口だった。


「こういうことって?」
「そ、ふぁ、それぇ…!やめて…ッ」
「んんー?」


首筋を這う舌。
舌が肌を味わい、蛇のように伝う度、慣れるはずのない感触にnameの肩は引っ切り無しに跳ねる。


「言わなきゃ伝わらない、でしょ?」
「ん、んぅ、ん、ま、まって!」
「言ってよ。俺に今何をされてどう感じてるのか」
「ひっ、あ、あぁ…ッ」


つつつ、と肌を這い上がるアーデンの舌。
それが散々嬲られた耳元まで上がってきた時、その言い得ぬ感覚にnameは大きく声を上げる。
自分自身でそのはしたない声に驚き、咄嗟に唇を噛み締めるが遅かった。
アーデンはにやり、と笑むと再び刺激を再開する。


「きもちいい?」
「きもちよく、ないッ!変だからっ、ぁ、やめて!」
「前々から思ってたけど、nameって耳弱いよね。かわいい」
「あッ!?え、ぅ、んぐ、んんッ」


ぱくり、と食まれた耳はまた嬲られる。
止まない刺激はどうしたって逃せない。


「やだぁ…!な、舐めるの、やめて!」
「何処を?」
「耳!ッとか、首、とか!ひぁ、んんっ、この体勢とか、いろ、いろ…!」
「ふーん、イヤなんだ」
「イヤなの!駄目なの!」
「でも俺がしたいから、するね。さっきも言ったでしょ?」


なんということだ。
聞く耳も持たないとはまさにこのこと。
拒絶しても知らぬ風。暴れられぬ四肢はいいように押さえつけられている。
完全に主導権を握られている。もはや自分の力だけではどうにもできそうになかった。
頼みの綱は、今レイヴスと四対一で闘っている王の剣。彼らのみだ。


「トブールさん!!助けてください!!」


離れた場所で死闘を繰り広げる彼を呼ぶ。
四人の中で一番の武闘派は彼だ。シフトの扱いも群を抜いていると聞く。
nameの助けに応じてシフトで飛んできて、更に当たらずともアーデンに一太刀入れてくれさえすればそれでいい。
後は隙を見て逃げ出すだけ。
だからどうか、この状況に気づいてくれと声を張り上げるが一向に気づく気配無し。
他の三人の名も呼ぶが攻撃音が凄まじいのだろうか、誰一人としてこちらを見ない。
が。


「さ、サーダさん!」


サーダがちらり、とこちらを伺った。
目が合う。僅かな活路が開けたことに言いようも無い安堵を覚えたnameは彼を見つめ続ける。
彼はゆっくりと頷き、nameの方を向いて。


「がんばれー!」


腕をぐるぐる回して応援し出した。
どこぞの応援団長のように拳を握り、突き出し、ファイ、オー、ファイ、オーと三度声を上げた後、また仲間と共にレイヴスへの攻撃に加勢した。
ふざけるな。
普段温厚なnameも流石に怒りが滲み出るのも致し方ない。
そういうことじゃない。そうじゃないんだよ。がんばれー!じゃないんだよ。
サーダの放った赤い気のようなものはふよふよとこちらまで飛んできたが、虫を払うようにアーデンに跳ね除けられた。
全くの無意味である。


「悪い子だね、name。俺以外見ちゃだめって言ったのに、他の男の名前まで呼ぶなんて」


ちゅぷり、と音を立てながら離れるアーデンの唇。
その刺激と音に唇を噛み締めながらぶるぶると耐えるが、アーデンの次に出る行動はnameの理解の範疇を超えていた。


「ひええぇぇぇっ」
「オシオキ」


服の裾から手を入れてきたのである。
nameの今日の服装は何の変哲も無いシャツにジーンズ。
動き易いようにジーンズの中にシャツの裾を入れていたのだが、アーデンはその裾を捲り上げ、シャツの中に手を忍び込ませてきたのだ。


「ちょ、ちょっ、ちょっと!ぁ、ぁうっ」


アーデンの手が腰を這う。
肌着越しの感触だが怪しく、緩やかなその動きは徐々に感度を高めさせようという意図がたっぷりと含まれているようで。
背筋を指先でゆっくりと撫で上げられ、その擽ったいような、それとも別の感覚にnameは唇をはくはくと震えさせながら息を吐いた。


「(も、もうだめ…!こんなのだめ!!)」


アーデンが片腕で衣服の中を弄るということは、つまりnameの片腕は自由になるということ。
アーデンの腕を静止させようともがいていた腕を、ジーンズのポケットへ突っ込む。
取り出したのは小型の機械。インゲムから貰った強制離脱スイッチだ。
中央のボタンを押せばこの仮想空間からnameだけ離脱できる手筈となっている。
ごめん、みんな。後はがんばってくれ。
ボタンに親指を乗せ、あとは力を込めるだけだった。


「いけない子」
「あっ!」


途端、スイッチを持った方の手首をアーデンの大きな手の平に掴まれる。
突然のことで驚いたnameはスイッチを取り落とし、それは床に触れ小さな衝撃音を立てた。


「だめだよ。俺達の間にこんな無粋な物を持ち込んじゃ」


アーデンの黒いブーツの底がスイッチを踏み潰した。
ばきり、と甲高い音を立てた機械は無惨な姿で、ぱちぱちを火花を散らせた後何の反応も無くなった。


「あーーー!?なんてことするの!?」


最後の希望が踏み潰された。
機械の残骸を涙の滲む視界に捉える最中、アーデンはnameの手を取り、手の平に口付けを落とす。
それから一本一本の指へ丁寧にキスをして、それから。


「余計なこと考えられないようにしてあげようか」


nameの両腕を背中に回し、後ろ手に拘束する。
アーデンの片手でいとも簡単に成される拘束。
状況は悪くなる一方だった。
それから更に身体を持ち上げられる。
先程までアーデンを見上げていたが、アーデンと真正面で視線が絡むくらいに。


「え、えっ?」


訳もわからず目の前でにこにこと微笑むアーデンを困惑しながらおろおろと見ていたnameだったが、次の瞬間。


「〜〜〜ッ!?」


壁に寄せたアーデンの片脚。
その太ももの上にnameは座らされた。
それだけならまだいい。よくないけれど、まだマシだ。
問題は地に脚が着かないということ。
アーデンとnameの身長差は頭一つ分以上はある。
そんなnameがアーデンの目線まで持ち上げられれば当然足は宙に浮く。
そこでアーデンの脚を跨されれば、自重によりアーデンの脚へ全体重が乗るということ。

跨いだ部分が、擦られるということ。


「あ、あ、あ」


天を仰ぎ、喉を晒しながら刺激を逃がす。
直接的な刺激に、何としても避けたかった快楽を拾い上げてしまった。
アーデンは目の前に晒されるnameの白い喉元にしゃぶりつき、ねっぷりと舐め上げた。


「や、い、いや、ぁあっ」
「これもイヤ?じゃあコレは?」
「ひゃっ!!いや!だめっ、だめぇっ!!」


アーデンの脚が揺すられる。
前後に、左右に、不規則に。
下着やジーンズ越しとはいえ、触れていることに変わりはない。
自重により与えられる快楽源へ沈み込むnameは身体を、爪先をびくびく震わせながら涙を散らす。


「やああぁッ!!いやなの!お願い下ろしてっ!」
「ん?きもちいい、って顔してるけど」
「してない!してないからぁっ!んあ、ひっ、ひぅっ」
「かわいい」


ちゅう、と吸われる首筋。今はそれだけでこんなにも思考が霞む。
nameのあられもない声にうっとりと耳を遊ばせるアーデンは、nameの衣服に手をかける。
シャツのボタンをひとつずつゆっくりと外してゆき、肌着で覆われていない鎖骨に舌を這わせ、強く吸う。


「ん、ついた」
「はぅっ、ん、んあぁっ」
「でも現実世界に戻ったら跡、消えちゃうんだよねぇ」
「あ、あっ、も、いやぁ…!」


鎖骨へ咲かせる紅い花。
色づくそれを舐め、また新しい花を咲かす。
その間にも脚の動きは止まない。
涙でぼやける視界の先にはアーデンの揺れる髪と、今だ決着のつかない攻防戦。


「このくらいでこんなに感じてたらこの先どうなっちゃうんだろうねぇ?」
「あッあぅ、ん、んんんんッ」
「大丈夫だよ。nameがきもちいいことしかしないから」


この先。その言葉の意味を図る余裕などどこにもありはしない。
揺さぶるアーデンの太ももに擦られ続け、nameははふはふと息を荒げる。


「くそっ!強ぇ…!」


トブールが膝を付き、項垂れる。
サーダやルカ、デリラも同じように力尽きており、彼らの傍には『戦闘不能。二十秒で帰還します』という文字が浮いていた。
負けている。nameがここまでしても負けてしまった。
しかしその事実はnameにとって好機でしかなかった。
スイッチを破壊された今、彼らの帰還はnameの解放を意味する。
早く、一刻も早くこの腕から、身体を翻弄するアーデンから離れたかった。
あと少しの辛抱だ。耐えろ。
ぷるぷると震えながら頬を真っ赤に染め、nameはただひたすら願った。


「これからいいトコなんだから。もうちょっと頑張ってよね」


ちらり、と後ろの彼らを振り返ったアーデンは、徐に何かを放り投げた。
それは四人の所まで飛んで行き、軽快なシステム音と共に消える。
何が起こったのか。
途端、彼らの黒く染まったHPバーの右隣に表示される肉のマーク。
野菜、麦、魚のマークの傍に"99"という数字も添えられている。
なんだこれは。
そこでnameは、はっ、と思いだす。

このクエストにくる前にデリラから聞いた話。
クエストで力尽きたとき、その仲間を蘇生できるだけの魔力を持つものは王の剣にはいない。
よって、自然の恵みである食べ物の力で復活するのだと。
どこのビデオゲームだよ、とその時nameは内心突っ込んだが、これが件の物なのか。

いや、待ってほしい。
何故アーデンは彼らを手助けするような行為をする?
仮にも、仮にも?アーデンとレイヴスはチームだ。
王の剣を倒すことは彼らの勝利を意味するはず。
彼らは戦闘不能だった。このまま時が経てば揺るがぬ勝利を手にしたはずなのに。

四人は完全に回復したようで、再び立ち上がり、武器をとる。


「おい貴様!何の真似だ!」


こちらを鋭く睨みつけるレイヴスの責め立てる声。
アーデンはひらひらと手を振りながら彼を一度だけ振り返る。


「いけるでしょ?こっちはまだお楽しみ中だから、さ」


察した。
アーデンはnameを現実世界に帰さないためにわざと王の剣の手助けをしたのだ。
しかも復活源となる食料をたんまりと与えるオプションつき。
一度に持ち込める食料は二個までだったはず。
それなのに九十九個て。アホかと。
つまりそれだけこの戦闘が長引くということ。
この状況が、続くと、いうこと。


「きもちいいの続けられて、嬉しい?」


囁かれるアーデンの言葉は、nameにとって絶望でしかない。
あんなにも早くこの状況から解放されることを願ったのに。
解放されると思っていたのに。


「うぇ、ぇ、うええぇぇぇ」
「ああ、泣かないで、name」


仕舞いには年甲斐もなく泣き出す始末。
零れる涙をアーデンの舌が掬う。
やだ、もう、いやだ。
nameの中にある確かな拒絶は、アーデンから与えられる快楽で塗りつぶされそうになる。


「も、もうやだぁ…、やだよぉ…うえええぇぇ」
「泣く姿もかわいい…。煽るだけなの、わかってる?」
「ひああぁッ!やだってば!触らない、でぇっ、んぅ、あっああッ」


ごりゅごりゅと股を擦られながら、肌着を捲る手を敏感に感じ取る。
いやだいやだ、と喚き散らしても一向に事態が好転しないことは嫌でも理解しているのに、それしかできない。
開いた口から零れるのは拒絶したい筈の快楽に喘ぐ音。


「う、動かな、動かない、でぇっ!あ、んんぅ」
「あー…いい声。俺、nameのこの声も好きだなぁ」
「ッふ、うぐぅ、ん、んぐ」
「どうして口を閉じちゃうのさ。もっと聞かせてよ」
「ふ、ぁふ、あッ!あっ、あ、あッ!」
「んー、そうだねぇ、きもちいいねぇ」
「いやぁああぁッ、うぁ、あああぁっ」


止まない攻め立て。押し寄せる快感。
少しでもアーデンの気を損なわせたくて声を出さないように努めても、アーデンの手の平に、指に、唇に、舌に、脚に翻弄され無駄に終わる。
肌を這う指先。
シャツはもう前を開け放たれており、最後の砦である肌着は臍よりも上まで捲り上げられ、その中をアーデンの手が好き勝手に弄る。
もぞもぞと動く布。何処をどうされているのかなんて、言葉にしたくなかった。
離れたくて、離してほしくて。
無駄だとわかっているのに後退する身体は壁に阻まれる。アーデンからの刺激で身体が跳ねるたび、壁に擦り付けた後頭部が小さな痛みを訴える。
逸らした喉元にしゃぶりつくアーデンの恍惚とした表情など見えもしない。


「name、俺ね、ずっとこうしたかったんだ」
「ひぁ、うぅっ、やだぁッ」
「俺の手でnameに触れて、甘やかして、どろどろになるまで弄って」
「んんんッ、んぁ、あッ」
「乱れさせて、喘がせて、俺のことしか考えないようにさせて」
「う、んんっ!そこっ、や、いや…!」
「それからnameとひとつになりたい」


目を見開く。
ぐん、と低い低音で落とされたアーデンの願望。
「ひとつになりたい」
その意味は。その意味は?
考えられない。考えたくない。
わかってしまったら、理解したら終わってしまう。
データとはいえ、目の前にいるのはアーデン。
子供の時からずっと、ずっと傍にいて、見守ってきた、大切な子。大切な、ともだち。
そんな子と、これ以上は、許されない。

この先は、許されない。


「だから、いいでしょ?」


じじ、と下から金属の擦れる音が聞こえた。
揺れる視界でおずおずと目線を下に向ければ、アーデンの指先がnameのジーンズのホックを外し、ファスナーを下げていた。
ゆっくり、見せ付けるように下げられてゆくそれ。


「ぁ、あ、あぁ…」


恐ろしさに震える。
怖い。駄目だ。駄目なのだ、この先は。


「nameには"きもちいい"しかあげないから、大丈夫だよ」


下腹部を擦り、ゆっくりと下着に差し入れられるアーデンの片手。
アーデンの舌なめずりの音がやけに耳に響く。

ジーンズ越しに擦られてこの乱れようだ。
直接触られなんてしたら。擦られなんてしたら。

戻れなくなってしまう。


「い」


骨ばったアーデンの指が茂みをかき分け始めた時。

nameの脳裏にひとりの影が過ぎった。
本物のアーデンやノクティスが傍にいない今、一番nameのことを助け、気にかけ、優しくしてくれるあの子。
危ない時はいつだって助けてくれた。困ったときはすぐに駆けつけてくれた。
届かなくても、それでも縋るようにnameは叫んだ。
彼の名を。



「イグニス君助けてえええぇぇええぇぇッッ!!!」



直後、轟音。

雷でも落ちたのかと思わせるくらいに空間を震わせたそれは、その場にいた者達全ての動きを停止させる程。
音の発生源へ目を向ければ、空間に亀裂が入り、ぼろぼろとタイルのように映像が剥がれ落ちる。
そこから入り込む硝煙。
もくもくと一帯を包むそこには三つの人影が見えた。


「…グラディオ、nameさんの状態は」


サングラスのブリッジを中指で押さえながらイグニスは空間に長い脚を踏み入れた。
もう片方の手はばきばきと骨を鳴らしており、額には薄っすらどころかはっきりと青筋が立っていた。
その数歩後ろで空間を一瞥したグラディオラスは、奥にいるnameを目に留めるなり片手で自身の顔を覆う。


「…あー、……目の毒だ」
「…………最初から全力でいくぞ、いいな」
「おうよ」


グラディオラスの妙な間とその言葉に全てを察した。
ジャケットを脱ぐイグニス。
それを後ろで、両手で顔を覆いながら「あわわわ…ノクトに殺される…」と呟いているプロンプトに押し付け、一気に駆け出す。
光の無い彼の世界でも、まだ輝きはある。
そこに向かって全速力で向かうだけだった。


「ああ、邪魔が入った」
「ひぇっ」


何かが向かってくる。煙と炎を纏いながら何かが、こちらに。
ぼそりと恨みがましく呟いたアーデンはnameを下ろし、その炎に向かい出す。
やっと解放された。
そんな安堵にへたり、とその場に座り込む。
nameの視線の先ではアーデンと炎がぶつかり合い、激しい轟音を響かせた。


「大人しくしていろ。お前は塵にすると決めている」
「あの時の続きかい?できるものならやってみなよ」


金属音、硝煙、火花。
遠くで始まった激しい戦闘は、見たことも無いくらい苛烈。
最早イグニスなど見えているのではないかと疑ってしまうくらいの身体捌きだ。
グラディオラスもそこに加わればもう介入できる者など居はしない。
王の剣四人とレイヴスも、呆気にとられていた。
ぽかん、とその光景を見ながらも思い浮かぶのは助かったのだということ。
ふるふると震える身体を抱き締め、nameは嗚咽を噛み殺す。


「ふ、うぇ、うえぇえ」
「あああnameさん泣かないで、泣かないでええぇ!」


わたわたと駆け寄ってきたのはプロンプト。
彼は座り込んだnameの傍まで来ると膝をつき、手にしていたイグニスのジャケットをnameの肩から掛けた。
ふわりとnameを包むイグニスの香り。
なんだか無性に安心して、ぐずぐずとnameは鼻を啜る。


「うう、ぐすっ、ありがとうプロンプト君…」


nameの前で膝をつくプロンプトを涙目で見上げれば、彼は両手で顔を覆っていた。


「プ、プロンプト君…?」
「見てない!俺、見てないから!」


だからノクトにだけは言わないで!!

必死な声色で言われて、ようやくnameは自身の姿に気を向ける。
アーデンに乱されに乱され、乱されまくったこの身体。
シャツは腕を通しているだけで前は全開であるし、肌着だってたくし上げられて胸元が見えかけている。
首元には赤い花が煽情的に咲いているし、ジーンズからは下着も覗いているのだ。
慌てて肌着を下ろし、シャツも整えてジーンズのファスナーもホックも留める。
イグニスのジャケットを掴み、両手で前を隠すように塞いでそれからプロンプトに声をかけた。


「ご、ごめんなさい」
「もう、大丈夫?手、どけるよ?…………あああああ駄目だああああぁぁぁぁアウトオオオォォ!!」
「ひっ!?」


ゆっくりと手を顔面から外したプロンプトは、一度nameと目が合うと仰け反り、その場に崩れ落ちた。
何が何だかわからない。
そう、nameにはわかるはずもない。
アーデンの手により快楽を与えられ、喘がされ、高められたその表情の淫靡さたることなど。


「あ、あの、プロンプト君」
「ごめんノクトオォォォォオ!!」
「どうして此処が」
「許してノクトオオオオオオ!!」


詳細を訊ねたいのに訊ねさせてくれないこの空気。
遠くの戦闘音を聞きながら、nameはごろごろともんどりうつプロンプトを見ていることしかできなかった。


◇◆◇


あの後。
レスタルムの街にいた住人達から倉庫の方で煙が上がっているとの通報を受け、王の剣は出動した。
そこにいたのは、あったのは、半壊した演習用の倉庫とその中で死闘を繰り広げるルシス王子の側付きとその盾と帝国宰相(のデータ)。
震え上がる同僚の王の剣四人に話しを聞き、動力となるインゲムの電源は一旦落とされた。
電源が落とされ、辺りが現実世界へと移り変わる。

データを具象化したアーデンの姿も徐々に薄れてゆく。


「name、次こそは…」


遠くで座り込むnameの姿を怪しく光る瞳に収め、物騒な言葉を残しながら。

イグニスの武器がアーデンを目掛けて振り下ろされるが、空を切る。
やがて何も無くなった辺りに広がるのは無惨にも破壊された倉庫だった。



それから戦犯である王の剣四人は静かな怒りに燃えるイグニスから"指導"を受けたらしい。
デリラは語る。「あれは鬼だ」と。
同時にグラディオラスからも訓練と称した扱きあげも食らい、四人はしばらく屍と化していた。
以降、当然ではあるが四人はnameをクエストに誘うことなく、穏やかに時は流れる。

しかしその一ヶ月後。
遠方への長期任務によりしばらくレスタルムに不在だった王の剣が帰還した。
そんな事件があったことなど知るはずも無い王の剣。
ユラ、ネリー、ジェニカ、グツコー。
彼ら四人はインゲムの存在を知り、そして意気揚々とnameに持ちかける。


「name!エクストラ・クエストに付き合ってくれ!」
「お断りします!!」


夕闇の空。
nameの確かな拒絶が響き渡った。


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