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初夏はなんとも心地がよいものだ。
度が過ぎない爽やかな暑さに気持ちの良い青空。
何より日差しがとても気持ちいい。
心地の良い風に遊ばれる髪を撫でつけ、nameはティーカップに口をつけた。


「如何ですか?」
「ん、とても飲みやすい。優しい味がして、好きだな」
「ありがとうございます」


目の前には今年高等学校にあがったばかりのソムヌスの姿。
安心したように微笑む彼は、nameと同じように手にしていたティーカップに口をつける。
この日、ふたりは裏庭のシマトネリコの木の下でティータイムを楽しんでした。


◇◆◇


いい茶葉を勧められたのです。たまには二人で、どうですか。

ソムヌスにとっての貴重な休日。その午後に、彼はnameの部屋を訪れた。
手には言葉通りの茶葉の袋が握られており、その名を口にせずともこれはティータイムのお誘いなのだとnameは悟った。
断る理由が無い。あるだろうか。ありえない。
真っ先に承諾を返せば彼は大層にこやかに微笑んだ。
嬉しそうだ。nameを先導するその横顔が彼の機嫌のよさを表している。

場所はきっといつもの中庭だろうと思っていたのだが、彼に案内されたのは城の裏庭。
エレベーターを使い、下に降り始めた辺りから予想が外れていると確信したname。


「中庭じゃないの?」


問いかけてソムヌスを見上げれば、彼は悪戯をしている時のように意地悪に笑ってみせた。


「あの場所だと、必ず兄上がいらっしゃいますから」


たまには独り占めさせてください。

照れくさそうに、けれど余裕があるように微笑んでみせるソムヌス。
アーデンは今の時間、ギーゼルベルトと稽古に励んでいるはずだ。
何時に稽古が終わるか聞かされてはいないのだが、なるほど、言い方は悪いがアーデンの乱入がないところでティータイムを楽しみたいのか。
いや、それともアーデンには聞かれたくない相談事でもあるのだろうか。
純粋にnameとの時間を楽しみたいソムヌスに対して邪推をするnameは、相当愚かだった。



裏庭には既にテーブルと二つのチェア、傍らにはティーセットワゴンが用意されていた。
以前訪れた時にはそのような物は置いていなかったはずだ。
小首を傾げて不思議そうにそれらを見やるnameに、ソムヌスは声をかける。


「予め用意していたのです。断られるとは思っていませんでしたから」


nameがソムヌスの考えていることを察せられるように(その大半が湾曲するが)、ソムヌスもまたnameの心情に敏感なようだ。
その通りだね。
くすくす、と笑って返せば、ソムヌスは満足したようにnameの手を引いて木の下まで導いた。



かくして始まった楽しいティータイム。
話題は主にソムヌスの学校生活についてだった。
高等学校に上がったばかりの彼が学校でどのようなことを学んでいるのか。
どんな友人達に囲まれているのか。
私生活の様子は知ってはいるけれど、外部でソムヌスがどのようなことをしているのか、全くとまでは言わないが知るところは少なかった。
良い機会だ。ソムヌスの相談事も引き出してしまおうと意気込んだはいいが、いつまで経っても確信を持ち出さないソムヌス。
これはただティータイムを楽しみたいだけなのだと気が付いたのは、カップに二杯目の紅茶が注がれてからだった。


「もうすぐ夏休みなんですよ」
「そういえばそうだったね」
「はい、実は友人と街へ行く予定を立てているんです」
「それは楽しみだね。何処に行くの?」


度々出て来るソムヌスの「友人」。
随分昔になるが、ジールの花で作った栞を渡した子と同一人物であることを、nameは知っていた。
小学校一年からの付き合いであるらしいその友人とは中学も高校も同じらしく、度々話題にあがることやその話の内容から大層仲がよさそうだと推測できる。
今日の御供である紅茶の茶葉はその友人から勧められたものだと聞かされたのはつい先程。
偏見ではあるが、齢若くして茶葉を勧める高校生が只者では無いと思ったが、その友人は至って普通のルシス市民。一般人らしい。


「それが秘密らしくて。当日までのお楽しみ、らしいです」
「ふふ、余計気になっちゃうね」
「ええ、まったくです」


言葉はそっけないものの、声色は柔らかい。
本当に楽しみにしていて、その友人を大切に思っているソムヌスの心情が伝わってくるかのようだ。


「…あの、そこでなのですが」


カップを置いたソムヌスは真っすぐにnameを見つめる。
先程までの談笑と違う空気の流れを、nameは僅かながら感じ取った。


「その訪れる場所が、もしもnameさんも楽しめる所だったら、後日僕と一緒に」
「nameー!ソムヌスー!」


裏庭の入り口から聞こえてきた大きな声に、ソムヌスの言葉は遮られる。
ぱちぱち、と瞬きをしてそちらを向けば、アーデンが大きく手を振ってこちらに歩いて来ていた。


「アーデン君に、ギル」


アーデンの後ろには軽装のギーゼルベルトの姿が。
nameと目が合ったギーゼルベルトは片手を上げて口の端を上げる。
ひらひら、と手を振ってそれに応えれば、アーデンは歩く速度を上げるどころか駆け寄ってきた。


「兄上、何故此処が」
「ん?何故って、上からふたりが見えたから」


城を指差すアーデン。
そういえば訓練所の窓から裏庭が丸見えだったかもしれない。
納得したnameは、何やら落胆しているソムヌスの横顔が視界に入った。


「ごめん、ソムヌス君。話の途中だったね」
「いえ、よいのです。また別の機会に」
「そう?」


声色が先ほどよりも暗い。
いったいどうしたというのか。
検討もつけられないnameは不思議そうにソムヌスを見る。


「うまそーなもん飲んでるじゃねぇか」
「お疲れ、ギル」
「おう」


アーデンよりも遅れてこちらにやってきたギーゼルベルトはnameの手元にあるティーカップを覗き込む。


「ソムヌス君が茶葉を用意してくれたの。飲む?」
「ん」


短く肯定したギーゼルベルトを確認して、アーデンの分も用意しようとnameは立ち上がろうとした。
しかし伸ばされる逞しい腕が視界に入り、動きを止める。
伸ばされた腕はギーゼルベルトのもの。
何を意図してnameに手を伸ばすのか、あまりにも一瞬のことで頭が追いつかない。
硬直するnameの手元からティーカップをさも当然のように奪い取り、ギーゼルベルトは口付け―――


「はぁーーーーーー!?」
「ギーゼルベルトさん!!」


られなかった。

ギーゼルベルトのすぐ横に立っていたアーデンは奇声と共にティーカップを奪い上げ、ソムヌスに至っては勢いよく立ち上がり、ギーゼルベルトに掴みかからんとする勢いだった。
慌てた様子のアーデンとソムヌスに、ギーゼルベルトは悪戯が成功した子供のようににんまりと笑ってみせた。


「おっもしれー」


兄弟に睨み付けられながらもけらけらと笑うギーゼルベルト。
一連の流れも兄弟の反応も、何が何だかさっぱりわからないnameは怪訝に眉を顰める。


「ギル、がっつかないでよ。茶葉はまだあるんだから」
「いや、おま、…お前も相当面白いよな」
「?それはどうも?」


幸いなことに、ソムヌスが用意してくれた茶葉はまだ沢山ある。
何も飲みかけの紅茶を奪わずとも、淹れたてのものが用意できる。
それなのにひとのものを奪うギーゼルベルトのがっつきようにnameはため息を吐き、席を立った。
もういい歳なのだから、子供みたいな振る舞いは控えて欲しいものだ。

この場でひとりだけ、ベクトルの違う勘違いをしながら。


「ソムヌス君、二人の分も用意していい?」
「え、ええ、はい、構いません」
「ありがとう。茶葉、貰うね」


動揺したように言葉を詰まらせるソムヌス。
その異変を感じ取ることなく、nameはワゴンの下段を開ける。
そこには予備のティーセット。
わざわざもう二人分のカップを城に取りに戻る必要がなくなった。


「ギル、ほんとそういうのやめろって言ってるだろ。そろそろ本当に怒るよ」
「へぇ?未だに俺から一本取れねぇ王子が口だけは達者だな」
「今日は惜しかっただろ」
「それでも取れてないことに変わりないぜ」


茶葉を二人分、ティーポットに入れる。
豊かな茶葉の香りを堪能するnameの後ろは賑やかだ。


「兄上、きっと二人がかりならばギーゼルベルトさんに一泡吹かせられますよ」
「それは妙案だ」
「おいおい、王子様ともあろう御方が随分と卑怯な真似をしなさるなぁ?」
「僕も貴方の行動には思うところがありますから。この間だってnameさんの食べかけのケーキを奪ったでしょう」
「何それソムヌス。初耳なんだけど」


滲出時間はおよそ三分。
待っている間、nameは茶菓子を切り分けようとワゴンの上段からパウンドケーキを取り出した。
先程ソムヌスと自分に切り分けたものだが、まだ残りが十分にあった。


「お聞きください兄上。ギーゼルベルトさんはフォークにケーキを刺して今にも口に入れようとしていたnameさんの手を取り、あろうことかご自分の口に運び入れたのです」
「……ギル?」
「はっはぁ。事実だぜ?」
「兄上、是非、共闘を」
「やろう、ソムヌス。ギルには灸を据えなきゃならないみたいだ」


パウンドケーキは先日nameが作り置きしておいたものだ。
甘味が好物のふたりのために、いつでも用意できるように菓子を作ることがnameの習慣となっていた。
今日でこのパウンドケーキを片して、明日は別のものでも作ろうか。


「二対一だからって加減はしないから」
「上等だ。本気でこねぇと俺に触れることすらできないぜ?」
「いいでしょう。ならばシフトも魔法も使いますね」
「は!?おい待てよソムヌス王子!あんたの自分の魔力わかってんのか!?」


三分。
滲出時間をしっかり守った紅茶はさぞかし美味なことだろう。
二つのティーカップに紅茶を注ぎ入れる。
太陽の光を浴びて飴色に輝く水面が揺れた。
ああ、美味しそうだ。


「紅茶とお茶菓子の用意できたよ……、あれ?」


振り向いたnameの視線の先。
迸る炎と氷と雷。そして紅い閃光。巻きあがる土煙。
遠くで何故か兄弟に翻弄されるギーゼルベルトの姿があった。



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