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「#エロ」のBL小説を読む
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片手に本を、もう片方の手に計量カップを携える。
薄力粉や砂糖袋、様々な種類の食材に埋もれながら、厨房にてnameはひとり奮闘していた。
nameが奮闘する理由。
それはアーデンからの希望に起因するものだった。

先月アーデンとソムヌスに振る舞ったオレンジケーキ。
兄弟はその味を気に入ったのか、事あるごとに、いや事なくともnameに作るようせがんできた。
自分が好きなものをここまで気に入ってくれたことを素直に嬉しく思い、nameは惜しまずふたりに振る舞ってきた。
しかし数日前。オレンジケーキばかりをせがんでいたアーデンから別のリクエストが出てきたのだ。


「オレンジケーキ大好きだよ。でも僕、nameが作ったいろんなお菓子が食べてみたい!」


nameを見上げる金茶色は、それはそれはきらきらと輝いていた。
そんな期待に満ち溢れたアーデンの希望を、nameが断れるはずがない。
かくして、アーデンが勉学に励み、ソムヌスが学校に行っている今、nameはこうしてオレンジケーキ以外の菓子作りに奮闘しているのである。


「んー……」


小さく唸り、nameは計量カップを調理台に置いて両手で本を持ち上げる。
本の内容は料理について記されているもの。
主に菓子についての本だった。

アーデンからの希望を聞いたその日の内にnameは書庫に赴き、手ごろな本を拝借した。
というのも、nameは料理が得意、と言える程ではない。
かろうじて他人に振る舞えてかつ作り慣れている料理がオレンジケーキだ。
勿論カレーや肉じゃが等、一人暮らしを始めてから練習して作れるようになった料理も沢山あるが、それは全て自分で食すため。
しかもアーデンからのリクエストは菓子だ。
nameが手本を必要とせず作れる菓子はオレンジケーキただ一品。
アレンジを加えれば味を変えたりできるのだろうが、なにせnameはオレンジケーキに慣れすぎてしまった。
"いろんなお菓子"という制約もあるため、知識の薄いnameはレシピ本に頼るしかないのである。

王子二人の胃に入るものだ。適当に作るわけにはいかない。
使命感に燃えるnameは食い入るように本を見る。


「プリン、ババロア、シュークリーム…」


羅列される菓子の絵と作業工程。
日本で親しまれる菓子の絵に内心安堵する。
これなら作れそうだ。
nameはほっ、と安堵の息を吐き、どれを作ろうか思案する。
イオス式の菓子が複雑なものでは無いと確認できた今、おそらく作業に躓くことはなさそうだ。

せっかくだから複数作ってみようか。

兄弟はオレンジケーキを気に入ってくれているが、この際だ、オレンジケーキ以外の好みを知るいい機会なのでは。
どうせなら沢山作って驚かせてみよう。
小さな悪戯心を芽生えさせ、nameは材料の選定に入るのであった。


◇◆◇


時刻は午後三時。
丁度菓子時という頃合いに、ふたりの兄弟はいつもの中庭に顔を出した。


「いた!name!」


弾んだ声にそちらを向けば花の向こう、アーデンが駆けて来る姿が見える。
銀のトレイが複数詰まれたワゴンから手を離し、nameは低く身構える。
よし、来い。
そういった気概で構えれば、柔らかな衝撃はすぐにやってきた。


「おっふ」
「nameー!」
「お勉強お疲れさま、アーデン君」


首元に抱き着くアーデンと共に転がらないよう、しっかりと踏ん張る。
けれど相変わらず加減を知らない子供の突進の衝撃は吸収しきれず、nameの口からは汚い声が漏れてしまう。
しっかりと背中に手を回し、撫でてやれば嬉しそうに頬ずりをされる。
なんて愛らしい子供なのだろう。
微笑むnameはその体勢のまま、アーデン越しにソムヌスを視界に捉える。
ソムヌスはやれやれ、といった様子で、困ったように笑いながらゆっくりとこちらへやってくる。


「おかえり、ソムヌス君」
「ただいまです、nameさん」


nameさんが困っていますよ、兄上。

やがて側まで来たソムヌスは未だに離れようとしないアーデンを一瞥して、その背に話しかける。
兄を諭す弟。これではどちらが兄だかわかったものではない。
ふふ、と小さく笑みを零せば、耳元からアーデンの唸り声が聞こえてくる。
離れる様子が無い。これはしばらくかかりそうだ。
けれど、今回ばかりはnameの秘策が役に立つはず。


「アーデン君、離れない?」
「んーん。もう少し」
「ええ?いいのかなぁ。私、たっくさんお菓子作ったんだけどなー。このままじゃ食べれないなー」


関心を煽るように、わざと語尾を伸ばしてみせる。
その言葉と話し方に刺さるものがあったのか、アーデンはがばっ、とnameから身体を離した。


「本当!?」


金茶色がまん丸に見開かれる。
それは期待に満ちた色。
nameの読み通りの反応をしてくれたアーデンはそわそわとnameの言葉の続きを待つ。


「うん。本当。いろんなお菓子を食べたいって言ってくれたでしょ?だから沢山作ってみたの」
「わあ!すごいや!ありがとうname!」


ぴょんぴょん、とその場で跳ねるアーデンの様子から、大層喜んでいることが伝わってくる。
ソムヌスもnameの言葉にぱあぁ、と太陽のような笑顔を覗かせる。
なんて嬉しいことだろう。己の行動ひとつでここまで嬉しそうにしてくれるだなんて。


「準備するから、席について、布巾で手を拭いていてね」
「うん!ほらソムヌス早く!」
「はいっ!」


兄弟は流れるような身のこなしで席につき、nameが既にテーブルの上に用意していた布巾を引っ掴む。
ごしごし、と。
妙に真剣な面持ちで一生懸命小さな手を拭き続けるものだから、なんだか面白くてnameはまた笑ってしまう。
その最中、兄弟がちらちら、とこちらに控えめに視線を寄越す。
「言われたことをしているのだから早く菓子を出せ」
そんな意味合いだろうか。
それは期待に応えてやらねばならない。
元よりそのつもりでもある。


立ち上がり、近くに置いてあったワゴンに歩み寄る。
いつも十五時のおやつはソフィアが用意してくれているのだが、菓子の兼ね合いもあり今回は自分で用意したいのだと相談すると、彼女は快くこのワゴンを貸し出してくれた。
普段使ってくれているものよりもやや大きめのそれ。
nameが大量の菓子作りに奮闘していることなど知らないソフィアがいつものワゴンを厨房まで運んでくれた際に見た菓子の山から、こちらの方がよいと推奨してくれたのだ。
正直なところ、作りすぎた自覚はある。
ある程度レシピの選定はしたのだが、どうにも楽しくなって止まれなかったのが本音だ。


「まずはプリン」


ワゴンの上に乗った銀皿の蓋を取り、中のプリンを取り出す。
一つずつアーデンとソムヌスの目の前に置いてやれば、更に輝きを増すふたりの瞳。


「プリン!」
「苺プリンだよ」


透明な皿の上でぷるぷると揺れる桃色の固形。
苺プリンを目にしてそわそわし出した兄弟は、待ちきれないのか、そろりと手元にあったスプーンに手を伸ばした。


「ね、ね、食べていい?」
「どうぞ」
「いただきます!」
「いただきますnameさん」


もう苺プリンしか眼中に無い様子のふたり。
それでも律儀に食前の挨拶をするところは相変わらずだ。
桃色にスプーンを突き立てれば波打つ感触。
ほどよい柔らかさにふたりは驚き、そして口に運んだあとは更に目を丸くした。


「おいしい!」
「おいしいです!」


声を揃えて言うものだから、nameからは笑みが零れる。
美味しい。
作った料理をそう言ってもらえることが何よりも嬉しい。
兄弟の反応に気を良くしたnameは、次々とトレイを開けてゆく。


「どんどん置いてくけど、お菓子は逃げないからゆっくり食べてね」


次はマシュマロチョコムース。
マシュマロとミルク、そしてチョコを溶かして混ぜ合わせ、冷やすだけの簡単な菓子だ。
これならすぐに作れるし、冷蔵庫で冷やしている間、他の菓子を作る時間に当てられそうだったため、真っ先に採用した。
食べかけの苺プリンを片手に、目の前に置かれたムースを一口、口内へ放り込むアーデン。
みるみるうちにその表情が幸せそうにとろけていくところを見ると、どうやらお気に召してもらえたようだ。


「はい、マドレーヌ」


狐色にこんがりと焼き跡がついたマドレーヌ。
ベースはココアパウダーやチョコレートなのだが、バナナをペーストして混ぜ込んでみたものだ。
バナナは栄養価が高いし、菓子作りに適している。
兄弟が気に入ってくれたのなら、今後バナナを主体としたレシピを探してみようとも考えていた。


「おいしい」


美味しい、美味しい。
それしか口にしなくなったソムヌスは夢中でマドレーヌに齧り付く。
マドレーヌであれど、フォークとナイフで小さく切り分けてから一口ずつ食べそうなソムヌスが豪快に食らいつくものだから、少々驚いた。
それほどまでに夢中になってくれているということだろうか。嬉しい限りだ。


「こっちはレモンスコーンで、こっちはゼリー」


スコーンにはホイップをつけて食べてね。
言いながら置いた白い物体に、ふたりの目は釘付けだ。
レモンスコーンはそのまま食べてもレモンのさっぱりとした酸味がきいていて我ながらおいしいとは思ったのだが、ホイップを足せばそれはまた格別なものになるだろうと。
泡立て器で程よく練られたホイップはスコーンの皿に盛り付けておいた。
そして次に差し出したのは手のひらよりも小さな、一口サイズの容器で作ったゼリー。
苺、ぶどう、オレンジ、林檎。
新鮮な果物の果汁を自ら搾り取って作った力作だ。
まるで宝石のように輝くゼリー。


「きれいですね」


ソムヌスからようやく「おいしい」以外の言葉が出たと思ったら、次の瞬間、ゼリーはソムヌスの胃の中に消えていった。
子供の胃に溜まらないよう、なるべく小さく、少なく作ったつもりではある。
けれどこうも、掃除機のように次から次へと吸い込まれていっては、作りすぎたと憂慮していたことが嘘のようだと思えた。

それから二口程のパンケーキにタルト、パンナコッタなど、作りに作った菓子を次々とテーブルの上に並べる。
最後にクッキーとビスケットが山盛り入ったバスケットをテーブルに置いてやれば、そこはさながらデザートビュッフェのような様相になった。
よくやったほうだと思う。うん、よくやった。
自身を褒めちぎりながら兄弟を見れば、ふたりは幸せそうに食べ続けている。
nameの作った菓子を話の種に、楽しそうに談笑する兄弟。

ああ、幸せだなぁ。

零れる笑みを隠し切れないnameは、ようやく席に腰を落ち着けた。


◇◆◇


「おいしかったー!ごちそうさま、name!」
「ごちそうさまでした」


侮っていた。
子供の底を知らない食欲を、侮っていた。
作りすぎた。確かにそう思っていた。
子供達が残してしまわないよう、なるべく量も大きさも小さく工夫して作っているつもりでもいた。
正直なところ、残してしまうだろうとも考えていた。
しかし用意した大量の菓子が見事にテーブルから消え去った今、nameは兄弟の食欲を見せつけられたのだ。


「す、すごいね、ふたりとも。全部食べちゃうなんて」
「当然だよ!おいしかったし、なによりnameが僕たちのために作ってくれたものでしょ?」
「残すだなんて考えられません」


満足そうににこにこと笑う兄弟は、まだ余力を残していそうな雰囲気だ。
なんてことだ。王族の胃袋、恐るべし。
甘いものばかり食べて気分が悪くならないあたり、これが若さか、と素直に感心する。


「ねえ、どれが一番美味しかった?」


今日のきっかけはアーデンからの要望によるものだった。
けれど、ふたりの好みを探ろう、というのがnameの密かな楽しみでもあったのだ。
何を口にしてもおいしい、という言葉しか出てこなかったため、nameは判定に迷っていた。
いっそ直接訊いてしまおう。
問いかけられたふたりは顔を見合わせ、さも当然のように言い放った。


「全部!」
「全部、です」


ああ、参った。
全部好みのものだったなんて。

込み上げてくる嬉しさと幸せに困ったように笑いながら、nameは次回作る菓子を脳内に思い浮かべるのであった。



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