MAIN | ナノ




 ほんの気まぐれだった。軽率な行動が彼女を傷つけてしまうかもしれないとは、買った時は微塵も感じなかった。いざ渡そうと思い立って、やっと自分が浮かれていることに気づいた。そして買ったものの選択にも、あまりに残酷なことをすることになると少し後悔と反省がある。
クラスのほとんどの班がコースの中に加えていた神社で購入した可愛らしいお守りだった。もう見た目はほとんどお守りというよりも根付のようなものなのだ。生徒たちのほとんどが訪れると言うのでチェックポイントのひとつとして待機しているということにした。実際そのために待機していたのだが。班別におおまかな旅程を作成したものを提出させているので、大幅に遅れていないか、なにかトラブルに巻き込まれていないかなどを確認する目的だ。
 女子生徒の班がよく訪れ、意味ありげににやにやと笑っては口々に「先生、独身だからなあ」「先生も縁結びのお守り買ったほうがいいよ」と生意気に助言を与えていった。そこで知ったのだ、ここは縁結び、恋愛成就などで有名な神社なのだ、と。だが今日は他に回るところもなく、交代の先生が来たら旅館待機担当になるため、ここで何か買っておくしかなかった。明日は帰路につくため、おみやげなど買っている暇はないはずだ。と散々頭の中で言い訳をする。

「先生、今日もマッサージチェアですか」
「ああ」
「男子風呂、女子風呂ともに全員撤収しました」
「了解。報告ご苦労」
「なんか、先生って時々軍人みたいな口調ですね」
「そうか」

 クスクス笑うみょうじはそのまま「先生、おやすみなさい」と行って部屋に戻ろうとしたが腕を掴んで引き止めた。驚いた様子で「どうかしましたか」とみょうじが俺に問う。だが呼び止められたことにどこか嬉しそうにして1、2歩、歩み寄って来てくれた。ポケットに入れていた縁結びのお守りとも言える根付が入った小さな紙袋を手渡した。不思議そうにしながらも受け取ってくれた。袋には神社の名前が書かれている。

「どうしたんですか、これ」
「昨日空き瓶を取り上げて悪かったな」
「え、あれは、ただ、先生はゴミを捨ててくださったんじゃないですか。なんで先生が謝罪をして、それにこんなお詫びの品なんて、そんな、」

 自分で言うのも変なことだが、昨日の空き瓶は俺にとってはゴミだったとしても彼女にとっては多分「ゴミ」なんかじゃなかったのだと思う。中を見てもいいかと問うてくるので了承する。中身を出して、確認した。ぎゅっと握りしめる。しばらく沈黙が続いた。俯くみょうじの表情は見えない。だがしばらくしてぽた、ぽた、と雫が落ちる音が小さく聞こえた。「泣くほど嫌だったか」と頓珍漢なことをわざと言ってみる。ダメな大人だと思い直してくれ、なんてずるいことを考えてみる。
 自分が好きだと言う相手に縁結びの、恋愛成就のお守りを渡すということがどういうことか。自分でもひどいことをしていると思った。「俺じゃなくて、この子に見合うもっと良い相手とのご縁がありますように」と、そう祈った。

「せんせ、」
「なんだ」
「これは私と誰のご縁をお祈りしているのか、聞いてもいいですか」

 怖いだろうに、確認するのだこの子は。きっと答えは想定できているのだろうに、一縷の望みにかけてこんなに眩しいキラキラとした純真無垢な瞳を向けてくるのだ。ぐす、と鼻をすする音が聞こえる。強くてまっすぐだ。痛々しいほどに清らかだった。自分の手で無作法に手折ってはいけないはずなのだ。

「ごめんなさい、先生を困らせたかったわけじゃないんです」
「俺は、」
「先生、ごめんなさい。私、ちゃんと良い子でいますから」
「みょうじ」
「部屋に戻りますね。おやすみなさい」

 余計に悲しませて終わってしまっただけだった。どんなものでも俺からもらったものだからと大切そうにしていた。もしこの子が自分の同級生だったら、同僚だったら、と考えてしまう。もしそうだとして変わらず好きだと言ってくれるだろうか。その時自分はどんな返事をするのか。きっと今よりもずっとましな答えができるだろう、それだけは確かに言える。