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※以前アンソロに寄稿したweb再録です。かなり昔のですが、あえてそのままにしておきます。(軍曹の名前がまだ明らかになっていなかったと思います)

 帰宅して早速、浴槽にお湯を溜め始める。夕飯の支度にも取り掛かる。そういえば一緒にお風呂に入るのは久しぶりだな。お互い、というより月島さんが、仕事の都合などで帰宅時間が合わないのだ。その日の疲労度合と翌日の予定によっては私が耐え切れずに先に就寝することもある。もしも同棲していなかったらきっと距離が離れていなくても「三か月に一度会えれば良い方」みたいになっていたに違いない。恐ろしい話だ。あの時多少強引でも同棲を始めてよかったとつくづく思う。
 湯船にお湯が溜まる間に粗方夕飯の支度を整えた。あとは温め直すか、用意した食材を調理すれば完成だ。バスタオルと着替えを用意しているとドアが開く音がして「ただいま」と月島さんの声がした。「おかえりなさい」の挨拶と同時に月島さんの腕を引っ張って浴室へ連行しようとすると一瞬抵抗され、ここにきて気が変わってしまったのかと慌てたが、「上着とカバン置いてくるだけだ、落ち着け」と頭を撫でられた。そんなに切羽詰まった顔をしてしまっていたのだろうか。焦りすぎだ、私。

「そんなにそわそわしなくても風呂には一緒に入る」

 呆れ半分、ニヤケ半分の微妙な表情をして月島さんが言った。そんなにそわそわしていただろうか。恥ずかしかったので、無言で月島さんの腕を引っ張った。もうここまで来たら駄々っ子モードで対応する。一緒に引きずられながら彼の支度を見届けてまたしがみついて浴室まで行く。脱衣所についてそそくさと服を脱ぎ散らかして全部まとめて洗濯機に投げ入れた。先に浴室に入る。さすがに照れるので入浴剤を入れる。無難に乳白色のミルク風呂の入浴剤だ。そのあと、シャワーの前に立って身体と髪を洗い始める。おおかた洗い終わって湯船浸かろうとしたところで、置いてけぼりをくらった月島さんが遅れて入室した。

「ちゃんと洗ったのか」
「洗いましたよ!失礼な!」

 憤慨しながら浴槽に体を沈めて、縁に乗せた腕に顎を乗せて月島さんを眺める。良い身体してるんだよな。ジム行く時間ないはずなのに。なんかちょっとムラムラしてきた。ボディーソープでそのまま頭と顔も一気に洗う月島さんを心の中で「おもしろい、少年みたいでかわいい」と一人勝手に身悶える。まあ、これで私が使っているいい香りのシャンプー使っていても面白くて可愛い。

「あんまりじろじろ見るな」
「いいじゃないですか」
「気が散る」
「集中してたんですか」
「いや、特にしてない」
「じゃあ、いいじゃないですか」

 スーツの下にこんな肉体が隠されているって相当えっちじゃないか、と私個人としては思う。お付き合いして同棲までしているのだから、裸見せるくらいサービスしてくれたっていいじゃないか。月島さんの入浴シーン、必見である。

「どうせまたくだらないこと考えているんだろう」
「そうですよ」
「……。ほら、風呂入るから」

 膝を胸元に引き寄せて空けたスペースに月島さんが入ってくる。じっと見ていると負けじと睨み返してきた。本人に睨んでいるつもりはないのかもしれない。

「やっぱり風呂は足を伸ばしてゆっくり浸かる方がいいな」
「私は月島さんと入りたいですけど」
「同じ家に住んで、寝床も一緒なんだからいいだろ、風呂くらい」
「どうせ私はすぐに出るので。その後一人でゆっくり浸かっていたらいいじゃないですか」
「まあ、それもそうか」

 なら、何が不満だというのか。乳白色のお湯の中で月島さんの脛毛をつまんでねじって遊んでいると「やめろ」と私の脛を蹴ってきた。「えっち」とからかって言うと「じゃあもう一緒に風呂入るとか言うな」と言われてしまい、素直に前言撤回した上に謝罪した。必死すぎて可笑しくなる。彼もそうだったのか、軽く鼻で笑い飛ばされた。

「好きな人の好きな時間を一緒に共有できるって、いいですね」

 水面から手を出して月島さんの方に手を伸ばす。ぐーぱーぐーぱーして催促したら、渋々月島さんも手を出してくれた。手を繋いでほくほくしていると「そっちに足伸ばして良いか」と聞かれ「いいですけど、それだったらこっちに背中向けて伸ばしたらどうですか」と提案する。私の足先に彼の股間が当たる可能性とかあるかもしれない、いまは脛にぶつかっているだけで済んでいるけれど。どっちでも良いんだろうけど考えるのも面倒だったのか月島さんは言われた通りにこちらに背中を向けて足を伸ばした。

「もっとこっち、くつろいでいいですよ」

 先にでるからあとはゆっくりしてと提案した手前私の方が彼の入浴時間を邪魔しているような気がしていたので譲歩する。月島さんの脇の下から手を仕込んで鳩尾あたりで手を組み引き寄せてバックハグをすると「肉があたる」とデリカシーのないことをいわれたので「お腹の贅肉は多めにみてください」と言ったら「……胸の贅肉の話だ」とぼそぼそ言われたので、それは贅肉じゃないと内心キレながら彼の背中に押し付けておいた。お湯に温められて血色の良くなった首筋の匂いを嗅ぐと彼の体臭とお風呂の入浴剤の良い香りがする。「嗅ぐな」という彼の声がすぐ近くで聞こえた。聞こえなかったフリをしてうなじにキスをして好き勝手していると「こら」と軽く注意される。ダメですか、と彼の表情を伺ってみようと顔をあげたら口付けられる。

「あれ、気分ノってきました?」
「そう思うなら早く出てベッド行ってろ」
「湯冷めする前に来てくださいね」

 冗談なのか煽りなのかわからないけど、そういうなら本当にベッドの上で正座して三つ指ついて待っていよう。湯船から出て「待ってます」と念押しすると「本気か」と問いかけられたので「はい。据え膳ですよ」と追い討ちをかけて風呂場のドアを閉めた。背後で「覚えとけよ」と地を這うような声音で恐ろしい言葉が聞こえたので、少々煽りすぎたのかもしれないと今更になって後悔した。エンジンかかるのは遅いくせに、一度火がついたら燃え尽きるまでがずいぶん長いのだ。誘ったらしっかり応えてくれて、月島さんも結構好きなんじゃないかと顔が緩んでしまった。さて、とっておきの勝負下着でもつけてお出迎えしてあげるとしよう。