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※以前アンソロに寄稿したweb再録です。かなり昔のですが、あえてそのままにしておきます。(軍曹の名前がまだ明らかになっていなかったと思います)


『月島さん、お疲れ様です。今日時間が合ったら、一緒に帰りませんか』

 携帯端末からメッセージを送信する。仕事中はきっと忙しくしている彼のことだ、瞬時に『既読』が表示されることはないだろう。もしかしたら退勤後も気が付かずにそのまま帰宅するかもしれない。手持無沙汰に画面を眺めていると、すぐに『既読』と表示され、さらに返信まできた。

『駅で合流するか? それともどこか飲みに行くか?』

 たいていは『わかった』とか『またあとで』という簡単なメッセージか最悪絵文字のみの返事が多い。今日は文言が多くて嬉しい。続けて『十分程度通話可能』とメッセージが届く。業務連絡か。漢字の羅列がなんだか中国語みたいだななんて思えて、堅物の彼の性格がまざまざと表れていて少し笑えてくる。
席を立って給湯室へ向かう。この時間人もいないしここなら通話が可能だ。彼は喫煙所に居るんだろうか。こんなことめったにあることではないので、じわじわと表情が緩んでいくのが自分でもわかった。すぐさま通話ボタンを押した。

「もしもし」
「ああ、お疲れ」
「お疲れ様です……ふふ」
「なんだ」
「なんだか嬉しくて、笑っちゃいました。そういえば、今日は私も残業しそうです。月島さんとおそろい」
「揃えなくていいだろ。それで、どうする」
「飲みに行きたいです」
「じゃあ、いつものところでいいか」
「はい。職場出るときまた連絡します」
「わかった。じゃあな」
「はい」
「……がんばれよ」

 通話はいつも月島さんの方が切るのが早い。今回は最後にぼそっと励まされて携帯を耳に当てたまま固まってしまった。弱音を吐いてもあんまり慰めてくれないのに、今日はなんだかサービス精神旺盛でびっくりしてしまう。別に辛くて連絡したわけではないのだ。ただ、一緒に駅から歩いて帰って、途中のコンビニにでも寄り道して肉まんにするかあんまんにするか、はたまた変わり種にするか迷って鬱陶しがられながらも、まんじゅうを齧りながら帰宅したかっただけだ。でもこのことは言わずに内緒にしておこう。
きっと休憩が終わっても業務は忙しいままだろうけれど、とてつもなくやる気と元気がわいてきた。鶴の一声、ならぬ、月島さんの一言。さて、仕事頑張ろう。