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 白石さんを一晩泊めた日の翌日から何やらバタバタしていた。仕事はいつも通りのお役所仕事できっちり決まった時間帯のみ働けばよかったのだが、親戚が倒れて入院し、彼女の家のちびっこたちや旦那さんの身のまわりの世話を手伝いに行ったり、病院に着替えを持っていったり。あっという間に1週間が過ぎてしまっていた。

「今日からよろしくお願いします」

 ぺこりと明日子ちゃんがお辞儀をする。祖母が「まあ可愛らしいお嬢さんねえ」と喜んだ。ランドセルとお泊りセットがはいった大きめの旅行鞄を持って来ていた。

「じゃあ、俺、新幹線の時間そろそろだからこれで」
「気を付けて行ってこい、スギモト!」
「うん。明日子さんも朝寝坊しないようにね。なまえちゃん、おばあちゃん、よろしくお願いします」
「私、駅まで送ってくる。おばあちゃん、お部屋案内してあげて」
「はいはい。気を付けていってらっしゃいね」

 さいっちゃんがぽんぽんと明日子ちゃんの頭を撫でて何やら話していた。あと白石さんにも何かを言いつけていた。私は先に車に乗ってシートベルトを締める。エンジンをかけて用意していると助手席にさいっちゃんが乗り込んできた。

「じゃあ、お言葉に甘えて駅までよろしくお願いします」
「うん。シートベルトしてね」
「はーい」

 助手席の彼がシートベルトを着用したのを目で確認して車を発進させる。窓を開けて「明日子さん、いってきまーす!」と手を振る。さいっちゃんは明日子ちゃんを本当に大切にしているんだな。窓を閉めてからも心配そうに外を見つめていた。

「本当に助かるよ、ありがとう」
「さいっちゃんとは『友達』だからね」
「なまえちゃんも何かあったら言ってくれよ。俺にできることあったらなんでも手助けする」
「うん」

 うん、とは言ったけどさいっちゃんに相談することはなさそうだ。下手に優しくされても寂しくなるだけだから。車内は静かだった。「今までどんなこと話してたっけ、俺たち」と彼が沈黙が居たたまれなくなったのか、私に質問してきた。「そうだねえ」と考えるふりをする。どんなこと話していたか、私もよく思い出せない。梅ちゃんと寅ちゃんとさいっちゃん。3人の会話を横でただただ聞いていただけのような気がする。私から何か話題を切り出したりすることはなかった。聞かれたことに応えて、相槌をうって。
 私から話をしたのは結婚式の帰り、彼に好きだと伝えてフラれたのが最新だ。最新といっても随分前のことだけれど。

「えっと、そういえば、シライシ迷惑かけてない?全然追い出して大丈夫だから」
「ああ、うん、そうね、白石さん」
「なんかあった?」
「私はなにもないよ。ただ、おばあちゃんが白石さんのこと気に入っちゃったみたい」
「そうなんだ、へえ」

 私がバタバタしていたから、むしろ自分の家の状況がわかっていなかった。でも祖母は毎日楽しそうだし、どうやら白石さんをおばあちゃま達のお茶会に連れまわしたり荷物持ちで連れまわしたりしているようだった。こまごまと小遣い稼ぎでもしているんだろう。帰ったら家でなにやら工具を出してものの修理だのなんだのをやっていた。あの人結構器用そうなのだ。
 車内はまた静かになってしまった。「新幹線の乗り場って何口の方が近いんだっけ」駅に近づいてきたので彼に尋ねると「たしか東口かな」と答えが返ってくる。信号を曲がらずそのまま道なりに進んだ。

「あっ、お土産買ってくるね!甘いのがいい?しょっぱいのがいい?」
「どっちでもいいよ」
「じゃあなまえちゃんとおばあちゃんの分で両方買ってくるよ」

 しょうがねえからシライシの分も買ってやるか、どうせあいつ人の分食うし。さいっちゃんが呆れた様子でひとりごちた。そうだと思う。よく食べてよく眠る、少年みたいな人なのだ。かわいくはない。

「さいっちゃん、帰りの時間教えてくれれば迎えに行くよ」
「ええ?!いいよ、大丈夫だよ!」
「どっちにしろ明日子ちゃんうちにいるし」
「ああ、そっか」
「もしよければうちで一泊すれば?帰って来て疲れてたら家に帰ってご飯とかお風呂とか大変でしょ」
「いいのぉ?それ、すっごい助かる」
「いいよ。じゃあ何時に駅に着くか、仕事終わったら連絡して」
「ありがとう」

 友達ってこんなことまでしないだろうか。甲斐甲斐しく世話を焼き過ぎかもしれない。白石さんだったら「いいや、放っておけば」とでも思うんだろうけど、さいっちゃんだったら「どうしたら少しでも彼の助けになれるか」と先回りして考えてしまう。未練がましくて笑ってしまう。

「じゃあ、いってらっしゃい」
「うん、送ってくれてありがとう」
「また連絡して」
「わかった。いってきます」

 いってきます、いってらっしゃい。なんか夫婦みたい、なんて思ったりして。馬鹿馬鹿しい。ゆるゆると手を振って彼が駅の中に消えるのを見送った。