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06


 お店に戻ると、私が座っていた席には先ほどの女性社員が座っていた。居心地悪そうにして両手でグラスを持ってもじもじしていた。和田次長は進んで女性社員が隣に座ってきたのでたいそう機嫌がよさそうだし、鶴見課長は和田次長をいじめて遊んで楽しそうに笑っているし、鶴見課長の笑顔を見て鯉登くんはぶるぶる震えながら真顔でガン見していた。鯉登くんに必死に話しかける派手な女性社員はことごとく無視されていたし、地味な女性社員と和田次長の間にはまた別の女性社員が座っていた。地獄絵図だな。

「遅かったじゃないか。何かあったか?」

 鶴見課長が戻ってきた私たちを見て手を振った。月島くんは「いえ、挨拶らしいです」となんでもなかったことを伝えると鶴見課長は「そうか。よかったよかった」と満足そうに頷いた。くんくんと匂いを嗅いで「お前たち仲良くニコチン摂取か」と呆れられた。

「先輩!こっちで飲みましょうよ」

 先ほどの後輩が既にできあがっており、駆けつけ一杯を盛大に決めたのだなと察する。こうなっては他の人たちにべたべたとダル絡みを始めてしまうので彼女の貞操とメンツをやんわり守るために呼びかけに応じることにした。尾形くんも宇佐美くんもくっついてきてしまったのでテーブルの新入社員がびくっとして姿勢を正した。あんまりいじめるなよ、もう。

「みょうじさん何飲みますか、ビール?」
「そうだね、ビールにする」

 すでに舌足らずになってきている後輩が「すみませぇん、ビールぅ」と店員さんに向かって声を張った。ちょうど目の前に大皿の料理が取り分け皿と一緒に来たのでみんなに取り分けて配ると尾形くんに肩を組まれて半泣きで応対していた若手社員が「すみません、俺やります!」と言い出してくれたが尾形くんが「いいんだよ。みょうじさんはこういうのやりたいんだから。自主的にやった後で『なんで最近の若い子は働かないんだろう』って怒られるぞ。お局さまなの、わかるだろ」と私を見ながらニヤニヤしていた。言い方最悪だな。言わないよそんなこと。あ、前言撤回。男漁りに一生懸命なバカ女には言うかもしれないわ。

「みょうじ先輩はそんな人じゃありません!小中高大と体育しかとりえのなかった私が!いまこうして文明の利器であるパソコンを使えるようになったのは先輩のおかげでぇ!だからぁ」
「はいはい、ゴリラちゃんは黙ってウーロン茶ね」
「そういうイイ話のタイミングじゃねえんだよな。ホント空気読めねえゴリラだ」

 イイ話でもないけどね。ていうか基本的なPCの操作くらいはできてくれ。

「みょうじさんは仕事できるから、仕事出来ない俺みたいなのの気持ちわかんないんでしょうけど!でもみょうじさんに怒られるのは気持ちいいと思います!」

 また変な酔っ払いが出てきた。というかこのテーブルアホしかいないのかな。うんざりしながら変な話の流れにした尾形くんをにらみつける。オマエなあ。ていうか怒られないように改善してくれ。怒られたくて怒られてるのとか、怒る側の私の気持ちも考えてよね。

「みょうじも入社当初は全然仕事できなかったぞ」

 後ろから頭を小突かれたと思ったら背後に月島くんが立っていた。どこから会話に参加してたんだろう。というか、私の背後に立つな。良い肘置とでもいうように私の頭の上に腕を乗せてくる。彼の腕は丸太のように太くて筋肉の重みが凄いので首がどうにかなりそうだ。そして熱い。

「月島くんだって先輩社員とよく大喧嘩してたじゃない」

 だまっていうことを聞いていればいいのに、「効率が悪い」とか「そこは先輩がネゴ取ってもらわないと話が進まないんじゃないですか」とかずけずけと進言していた。ただし仕事の出来ない先輩にだけだ。そのへんはやっぱりセンスがいいというか嗅覚に優れているというか、仕事の出来る先輩の言うことは忠実に守るし、多少不条理でもやり遂げていたのだ。まあ勤続年数が上でも結局業績の悪い人は自然淘汰されていくので彼が若い頃に大喧嘩した先輩はすでにこの本社には残っていない。地方に飛ばされるか、諦めて転職するか。そういうところシビアなんだよな。容赦がないのだ。

「なんかぁ〜、みょうじ先輩と月島さんがいると、ほっとします!」
「自分もソレわかります。二人とも出張とか会議でいないとそわそわするっていうか」
「さすが夫婦漫才ですねぇ」

 ゴリラと呼ばれた体育会系女子とドМ男子につづき宇佐美くんがニヤニヤしながら夫婦漫才という。夫婦漫才ってなんだ、ちょっとそれは聞き流せないぞ。ツボに入ったのか尾形くんが口元を押えて肩を揺らしていた。そもそも君たちがしっかりしてくれれば私たちが抜けても安心なんじゃないかな!?

「みょうじは他の女性社員と違って結婚の予定もなさそうだし、しばらく安泰だな」

 月島くんに言われて「お前がそれを言うか?!」と反論したくなった。若手が居る手前大きな声でいいたくないが、私が結婚したいと思うのは月島くんなんですけど。