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05


 飲み会に来ていた。一番隅のテーブル、これはこれでかなり気を使う。奥に鶴見課長、彼の隣に鯉登くん、宇佐美くん。鶴見課長の向かいには途中から合流した和田次長、その横に月島くん、そして私。なかなか濃いメンツに囲まれていた。追加の飲み物をオーダーしたり運ばれて来た料理を受け取って取り分けたり、空いたお皿を店員さんに渡したり。私の眼の前に座る宇佐美くんの方が後輩なのだからやればいいのにと思うが彼は彼で鶴見課長の話を聴き逃すまいと熱心に、まるで恋する乙女のごとく見つめて聞いていた。邪魔しない方がいいだろう。

「なんだ、喧嘩でもしたのか」

 鶴見さんが面白そうに聞いてくる。喧嘩というか月島くんに見切りをつけられてしまっただけなのだが、なんて答えようかともだもだしていたら月島くんが「誰が誰とですか」とあっけらかんとして鶴見さんに逆に質問した。鯉登くんは真顔で鶴見課長をガン見するばかりだったが、そのほかの私、鶴見課長、宇佐美くん、そして和田次長ですらもぽかんとしてしまった。

「え、」

 月島くんが空気を察したのか驚きの表情を見せた。いつぞやと同じようにタイミングがいいのか悪いのか電話がかかってくる。またか。月島くんは「すみません、○△商事からで…」と取引先の名前を出す。鶴見課長が「なんだろう、ともかく要件を聞いて来なさい」と言った。トラブルじゃないといいけど、と私と鶴見課長とで顔を見合わせて神妙な表情を浮かべると、和田次長が「何かあれば俺も責任を取るから」とジョッキを呷った。頼もしいが、その言葉を待ってましたといわんばかりに鶴見課長が「では何かトラブルが有ったら和田さんの方で」とにこやかに恐ろしいことを言う。

「みょうじさんの携帯も鳴ってません?」

 宇佐美が足元のかごに置いた私のトートバックを指さす。慌てて社用携帯を確認する。確かに着信が来ていた。私の方は残業組からの電話であった。お店の場所がわからないのかもしれない。

「取引先です?」
「いや、残業組から。お店の場所が分からないんだと思う」
「あぁ、ここ、ちょっとわかりにくいですからね」
「すみません、店の外で電話してきます!ついでに何か飲み物頼んで来ましょうか?」

 和田次長がハイボール濃いめ、鶴見課長がジンジャエール、鯉登くんが芋焼酎ロック。宇佐美くんは鶴見課長に注視するのに忙しくてまだ1杯目も終わっていなかった。宇佐美くんが「僕、席そっちに移ってもいいですか!?」と興奮気味で月島くんの座っていたところを指さし、言うが早いが飲み物だけ持って着席した。和田次長が私に縋るような視線を送ってきたが、ごめんなさい、電話してきます……鶴見課長と鶴見課長の熱狂的な信者に囲まれる和田次長……ご愁傷様です。
 携帯だけ持って店を出る。お店の外で電話に出ると「今コンビニの前曲がったところなんですけど」と後輩の女性社員が案の定道に迷っていた。道の説明をしたら「なんとなくわかりました!」と安心できない答えが返って来た。大通りまで迎えに出た方がいいのだろうか、でもまあ信じて待つか。店先に適当に置かれた足の付いた年季が入っている吸殻入れを見つけたので、とりあえずタバコを吸う。店内も一応喫煙席ではあるものの、吸うのが躊躇われたために喫煙しなかった。

「あのぅ、みょうじさん……ちょっといいですか?」

 一服する間も与えてくれないのか、なんて間の悪い女なんだ。火を着けずに銜えたまま「なんでふか」と振り向くと受付嬢の女性社員と事務の女性社員が立っていた。先に帰りたいのかな、それなら私は別に幹事ではないので申告されても困るなあ。

「ちょっと、みょうじさんだけずるくないですか」
「えっと……すみませんけど、まず私たちほとんど面識ないじゃないですか。それで『ずるい』って言われるのもわからないし、そもそも何について苦言を呈してるのかもわからないです」

 普段後輩の企画書やら報告書を添削するのと同じように指摘すると、受付嬢の方の派手めな女性社員が「はあ?」と言い、その陰に隠れるように突っ立っていた事務の女性社員が「ひっ」と小さい悲鳴を上げて慄いた。はあ?って言いたいのはこちらの方だ。

「はっきり言わせてもらいますけど、みょうじさんだけ座席ずっとあそこじゃないですか。他の女性社員にも譲ってもらわないと!」
「ええっと……はい?構いませんよ?好きにしてください、その場で言ってくれればすぐ退きますし」

 大歓迎である。きょっとんとした顔で派手な女と地味な女が「いいんですか?」と聞き返してくる。勝手に座ればいいだろうに。ただし飲み物のオーダーとか全部やれよ、月島くんにやらせたらシメる。とはいえ地味な女の方は月島くんに気がある女としてすでに私の脳内にインプットされているので月島くんに気を遣わせることはなさそうだ。勝手にしろ、ただし怠るな。派手な女の方は鶴見課長推しか、それとも、鯉登くん推しか、宇佐美くん推しか。はあ、やだやだ。キャットファイトに巻き込まれるなんて。

「あ、みょうじさん!やっと着きました、遅くなってしまってごめんなさい」
「すみません。スマホのGPS全然アテにならなくて!」
「残業お疲れ様。中入りなよ、私ちょっと一服してから戻る」
「はーい」

 残業組の到着にまぎれて絡んできた女二人が店内に戻る。今週の運勢最悪じゃないか。毎朝の星座占いも血液型占いもなにもかも当たらない。そういえば月島くんとぎくしゃくしたままだったし、添削した書類も再提出がまだだし、他にも案件いくつか抱えてるし、面倒くさいな。明日休日出勤してしずかなフロアで一気に自分の仕事を片付けてしまいたい。

「いや、しかし気の強い割に陰湿な女でしたね」
「まったくもって、そうだよね。……ていうかいつから話聞いてたの」

 ぼーっと向かいの店の二階部分を見ていたら煙の筋がふえていた。そして隣には煽り厨の尾形、そして瞳孔が開いた宇佐美がタバコを吸っていた。恐いな。宇佐美はぶつぶつと「あの女ども許さない」とつぶやいていた。どうやら先ほどの女性社員たちの襲来によりテーブルを追い出された模様。

「俺ずっとそこの室外機の上に座ってたんで」
「飲み会参加しなよ」
「おっさんの汗臭いの、NGだから」
「それはそうだね。で、宇佐美くんは?」
「和田次長が『若い女の子の方がいい』って。それで、追い出されました。あんな普通のおじさんが鶴見さんの上にいるの本当に解せないんですけど」
「普通のおじさんって言うな」

 スパーッ。三人そろってタバコをふかす。「なんだ、仲いいなお前ら」社用携帯をポケットに仕舞いこみながら月島さんもタバコの箱を取り出しながら喫煙スペースにやってきた。

「トラブル?」
「いや、なんか挨拶」
「そっか、よかったね」
「ほんとにな。緊急でもないんだし、終業後なんだから明日にしろよと思った」
「月島くんがいつも終業後も会社で電話とっちゃうからでしょ」
「俺のせいか……まあそれもそうだな」

 普通に他愛もない話をする。煙を伴ってだが、吸って、吐いて、やっと満足に息ができたような気がする。月島くんが尾形くんと宇佐美くんに「お前らちゃんと飲み会参加しろよ」と声をかけていた。二人とも優秀だし今度の人事異動で昇格するかもしれないのだ。上司に媚びを売っておいて損はない。

「なんか、みょうじさんがかーちゃんで月島さんがとーちゃんって感じですよね。まあ俺家庭環境悪いんでわかんないですけど」
「冷めた熟年夫婦の業務連絡って感じですもんね」
「ほんと二人して最悪だよね」
「だって『ちゃんと飲み会参加しろ』って立て続けに言われると思いませんもん」
「誰でも言うと思うけどな。君たちこういうイベントサボりすぎだよ」
「他の奴は放っておきますよ僕らなんて」

 確かになあ。入社当初とかすごかったもんね。今でもピアス痕とかよく見ると何か所も見られるし、常に威圧感というか人を上から押さえつけるみたいな雰囲気出してるもんね。私も下からの印象悪いから人のこと言えたもんじゃないけどさあ。
 宇佐美くんが「青春・学園モノのアツい教師みたいな」ってへらへらしながら言った。なんか馬鹿にしてるよね。月島くんは面倒見がいいからそうかもしれないけど、私は有望じゃなければ面倒見る気も起きないしそんなにお人よしじゃないよ。二人とももっとちゃんと仕事してくれればいいのに。

「みょうじさんが玉砕してるとこばっかりなんで、普通に世間話してるとこ見てびっくりしてます」

 びっくりしたような顔してないくせに。そりゃ同期だし同じような立場だし同じプロジェクトで動いたりしてきた。それなりにお互いの事わかってるつもりだ。戦友とまではいかないにしても『同期』としては信頼している。私は、ね。

「私だってフラれたくてアピールしてるわけじゃないし」

 本人の前でいうのもおかしな話だ。痛々しそうに私を見てくる尾形くんと宇佐美くんに苛立ったが、私も大人なのでムキになって「なんか言いたいことあるの?」とは言わなかった。睨んではおいたけど。月島くんはただ黙って煙を吐き出すばかりだった。