MAIN | ナノ
02


 ふと考えるのだが、『アルコールに強い』『酔わない』というのは長所なのだろうか、それとも短所なのだろうか。「お酒強そうだよね」という意見について、「まあ、それなりに」と答えられるくらいにはアルコールに耐性がある。量も飲めるし、好き嫌いもほぼないし、翌日にそこまで響かない。
 酔わせてお持ち帰られとかいう浮ついた失敗話もないし、一杯目からビール大ジョッキで全然問題ないから「かしおれ」とか「かるーあみるく」とかそういうかわいい頼み方もできない。別に飲めない子をバカにしているわけではない。自分の限界と味の好みがわかることは良いことだと思うから。

「みょうじちゃんって最初っから最後までビールなわけぇ?」

 ほろ酔いの上司が絡んでくる。「そうですけど」と答える。大衆居酒屋というか居酒屋チェーンのこの店では一次会のこのつまらない時間をどれくらいコスパよくヒマつぶしができるかにかかっている。ご飯も美味しくないし、ビールの炭酸でお腹いっぱいにするのが得策なのだ。日本酒やワイン、焼酎は安くてまずくて飲めたものではない。はあ、はやく二次会に流れないかな、月島くんと飲みたい。

「次、何飲みますか?」

 気を聞かせて後輩がメニューを持って来てくれるが見向きもせずに「ビール」と答えると苦笑いで「ほんとにビールだけなんですねえ」とオーダーしに離れていった。言い方きつかったかなと内心で若干反省しつつも普段と変わらないかもしくは若干柔らかめに言ったつもりだったのにと思った。

「みょうじさん近寄るなオーラがすごいですね」

 半笑で近づいてきたのは尾形くんだった。こいついろんなところを行ったり来たりして飲んでますよ感だしつつも全然飲んでいない。世渡りがうまいんだなと思いながら「尾形くんそれなのになんでこっち来たの」と嫌味にたいしてふつうに返事をした。

「向こうにいるとうるさいので」

 向こうと指さす方向には鶴見課長の話を聞きに宇佐美くん、鯉登くんを中心に何人か熱狂的な信者がテーブルを囲んでいた。そして鶴見課長につかまって軽くペースを崩されている和田次長と月島くんがテーブルの端で飲みながら談笑していた。和田次長と月島くんってなんていうかこう……野球部の監督と主将って感じ。それを尾形くんに言うと「ははぁっ」と変な笑い声で笑った。

「言われたらそれにしかみえねえ」
「でしょ。尾形くんって学生時代何部だったの?」
「何やってたと思います?」
「ん〜わかんない、軽音部とか」
「チャラそう」
「だってチャラそうだもん」

 ニヤニヤしながら2人で駄弁る。どっちもこの場がつまらないと感じているのもあり「早くお開きになんないっすかね」「ほんとそれ」と言いながらコース料理とは別に食べたいものを注文して勝手に飲み食いする。

「おい、それ飲み放題にない酒だろ」

 トイレから帰ってきたのかハンカチで手を拭きながら月島くんがこちらのテーブルに寄り道した。というかこのテーブルには私と尾形くんしかいない。たしかにこれでは『近寄らないでオーラ』というのがでているのかもしれないな。ちゃっかり頼んでいたものを指摘されて黙って笑顔で返事していたら「お前ら揃いも揃って」と睨まれた。

「月島くん、二次会どっか飲みに行こうよ」
「俺は課長と次長を送る」
「ツレないなあ。どう思う尾形くん」
「月島さんに猛烈アタックするも玉砕するイタイ女って感じっすかね」
「そういうこと聞いてないんだよね。やっぱり最低だわ、キミ」

 「傷ついたあ」と口では言うがへらへら笑っていた。表面上では。内心「よくわかってんじゃんオマエ」と青筋と中指を立てているのだがそんなことしたら余計にイタイ女感が増す。ジョッキを持って一気飲みした。もう氷で薄まってアルコール分も薄い。おいしくない。なにもかもおいしくない。

「月島さぁん、こっちのテーブルにも来てくださいよぉ」

 ベタベタと甘い声で鳴き出すメスどもが耳障りすぎて思わず舌打ちをしそうになってしまった。「すげえ顔してるの自覚してます?」へらへらした尾形くんが視界にちらついて余計に腹が立った。まあいい、まあいい。ああいう頭も股もゆるふわな女は気にしなくてもいいのだ。どうせ目の前にいる尾形くんや鯉登くんみたいな華やかというかビジュアル重視の男が近づいたらそちらになびくのだから。
 私個人としてこの飲み会で要チェックなのは、普段地味な服を着てぼそぼそ喋るもっさり系の経理の子とやたらと月島くんに書類や来客が来たことを知らせにやってくる事務の子。普段の軽い飲み会や女性社員でたまにはと誘ったときは「実家住みで母がもう夕飯を作っていて」とか「今日は歯医者の予約をしていて」とか言って断ってくるくせに月島くんが参加する飲み会には必ずばっちり決めた格好で参加表明をいの一番に出してくる。今日も普段では考えられないような胸元の空いた服や丈の短めのスカートをはいてきていた。ぐぬぬ。

「一番みょうじさんが距離近いと思うんですけど、余裕なさすぎませんか」

 ははっ。自分でもそう思う。尾形がニヤニヤしながら「焦りのすごいイタイ女」と罵ってくるのでさすがに気分が滅入った。



***



 下戸の課長と課長信者、女性社員や若手社員が続々と帰っていく中で翌日休みだし家に帰ってやることもないので適当に二次会三次会とだらだら居座り続けてしまった。さすがの尾形くんも「眠いので帰ります」と勝手気ままに帰っていった。

「もうこれだけか」
「まあ、三次会ですし終電もそろそろですからね」
「みょうじはガッツあるな」
「ガッツしかないです、あっはっは」
「女性社員他にいないけど大丈夫か……月島!お前同期だったな。送っていってやれ」
「和田次長、大丈夫ですよ。こいつ誰よりしっかりしてますから」

 なんで月島くんが大丈夫って返事するんだよ。ぶすっとしながら「私、一人で帰れるみたいです!」と断って五千円札を月島くんに押し付けて駅の方に歩いて行く。まだ全然終電はあるのだ、定期券の路線の終電は過ぎてしまったが別の路線では帰れる。履きなれてちょっと削れたヒールの靴をコツコツ言わせて帰る。和田次長ですらちゃんと女性として扱ってくれてるのに、なんだよもう。男性社員換算かよ。

「おい」
「月島くん、路線違うじゃん。酔ってんの?」
「バカにすんな」

 馬鹿にしたの月島くんじゃない?というマジレスが喉元まで出かかったがなんとか飲み込んだ。女だと思ってないじゃん、ばかにして。おっぱいついてるし、ちんちんついてないんですけど、閉経してないし子供も産めるんですけどぉ。さすがに生々しい話か、と暴走しかける自分にストップをかける。尾形くんの煽りを真に受けたのがよくなかったな。

「こんなに要らないだろ」
「だって、もう終電来ちゃうしとりあえずと思って」
「和田次長がほとんど払ってくれた」
「わあ太っ腹」

 まだお店の前のあたりで屯している人たちを見ていたら和田次長の姿が見えたので大きく手を振って頭を下げた。さすが野球部監督、と自分と尾形くんにしかわからないネタで内心笑ってしまう。「何ニヤケてるんだ」と月島くんがいぶかしそうに見てくる。君にはわからない話よ。

「端数は俺が出したから、お前はこれしまっとけ」
「ええ、いいよ。出しちゃったもんひっこめるの今更すぎじゃない?」
「また男らしいこと言って……」
「あ」
「なんだ」
「終電もう間に合わないや」

 月島くんと立ち話してたから、とニヤニヤしながら言ったら睨みつけられた。「冗談だろ」と言うのでこれが本当の話なんだな、と乗り換え案内アプリの終電の検索結果を見せたところ自分の腕時計とスマホの画面を二度見して「ほんとだ」と言った。

「お前いつも余裕もって出るだろ」
「だから急いで出たんじゃん。それでとりあえずでお金だしたんだし」
「……」
「なによ」
「悪かった」
「じゃあ責任とって家まで送ってよ」
「……タクシー呼んで店の前で待ってるからお前もこっち来い」

 なんだ、相乗りか。ちぇっ。そう思っていたら何故かほぼ全員を見送ってぽつんと私と月島くんだけ取り残されていた。え、まさか、これは、もしや、わんちゃん、そういう!?
 思わず浮足立ってしまう。今日の下着って上下揃えてきたっけ、今日も駄目かと思って普通にお腹いっぱいご飯食べちゃったしなんならビールを大量に飲んだことでパンパンだ。土壇場でげっぷとかおならとかでたりしないかな。そわそわしながら「こ、この後、どうする」といったところでタイミングがいいのか悪いのかタクシーが着いた。

「月島くん、どっちの家に「運転手さん、△△駅でおろして下さい。お金はこれで、おつりはこいつに渡して下さい」……はあ?」

 結構本気の「はあ?」が出てしまった。ちょっとどういうこと。月島くんも乗せようと腕をつかむがものすごい力で振り払われて後部座席に投げ飛ばされるくらいの勢いで押し込められた。「じゃあまた月曜日」と言われてドアを閉められる。怪我をしたくなかったのでドアを閉めるぞとドスの利いた声で言われて素直にドアから距離を取ってしまった。
 さっさと車を出せといわんばかりに車体をバンバン叩いた。運転手さんも何も言わずに発車した。

「お、お姉さん大丈夫?」
「信じらんない……なんなんですかね、酔ったフリでもすればよかったんですかね」
「まあ、元気だしなよ…ちょっとドライブする?おまけしてあげるよ……」
「もうなんかこのままどこか行っちゃいたい気分ですよ、はは」

 夜風にあたって心も頭も冷え切った。