元の世界に帰りたいか。
そんな質問に俺が返せたのは長い沈黙と「わからない」という曖昧な答えだけだった。
今の俺が話せるのはそれくらいだろう。いや、性別は……まぁ、置いといて。
ヒソカはそんな答えにも頷いて、他に何かを聞くこともなく納得してくれたようだった。
「ところでナマエは何処に行くつもり? 言われた通り適当に飛んでるけど…◇」
「ん、とりあえず新しく住む場所を見つけようと思ってな。実家に住むにも馴染みのある場所だと寂しくなるし、だからといってホテルを移り住むのも落ち着かない。気ままに旅しながら拠点を探す」
「天空闘技じょ」
「やだよあんな物騒な所」
俺の心臓が縮みすぎて消滅するわ。
おい……こら、残念そうに肩を竦めるんじゃない。
隙あらばまたあの野蛮な危険地帯に放り込まれそうな気がして、男をじとりと睨み距離をとる。
ちょっと好感持てばすぐこれだ。
油断ならないなと改めて気を引き締めたタイミングで、ふとテーブルの上に置かれた携帯が振動した。
着信、相手は――――
「……クラピカ?」
ディスプレイに表示された名前に首を傾げる。
チラリとヒソカを確認し、通話が聞こえない程度に離れてから通話ボタンを押した。
「もしもし?」
『生きてるか?』
お、おぉ…
開口一番に何を。
ひきつる口元をそのままになんとか「い、生きてる」と返せば、いくらか安心したような溜め息が聞こえた。
「なんだ、心配してくれてたのか?優しい奴だな」
『当たり前だろう。ナマエは私の大切な友人だ。心配して何が悪い』
「…………」
『………………っ』
「自分で言って照れんなよ」
くそ、可愛いじゃないか。
危ない危ない。これが女の子だったら間違いなく惚れてた。
ものすごく恥ずかしい台詞だが俺は嬉しいよクラピカ。
にやにや笑っていたのを電話越しに感じたらしく、わざとらしく咳払いをしてからクラピカの声が若干低くなる。
『私はもうヨークシンを出た。蜘蛛を許すことはできないが、緋の眼の回収が終われば私はこの一件にけりをつけられる』
「わかった。早くお前の元へ返せるよう俺も協力しよう。連絡は任せてくれ」
クラピカがヨークシンを去ったんならウヴォーさんとパクノダさん、クロロが他の旅団と合流できるようになる筈だ。
あれ?でもクロロは暫く旅団に戻らないんだっけ?
でも連絡は入れた方がいいな。
「本当にすみませんウヴォーさん長いこと留守番させて…大丈夫ですか?」
『おぅ!なんとか生きてたぜ!もう帰っていいのか?』
「あっ、はい!シャルナークにはもう連絡してますので」
パクノダさんには伝えたし、残りの旅団メンバーは代表してシャルナークにメールを送った。
これでウヴォーさんも終わりだから…あとはクロロか。
メールでもいいけどゾルディック邸から無事に出られたか心配だし……
電話帳から名前を探しだし、一瞬迷ってから番号を選ぶ。
耳にあててコール音が1回、2回、
あ、途切れ
『今どこだ』
「いきなり何だ」
繋がったかと思えば何だよ急に。
呆れで一気に力が抜けた。
もう、ほんとコイツ何なの。どんだけ俺のこと大好きなの。
いい加減このバカ息子には自立というものを教えなきゃならない。
息子じゃないけど。
肉体年齢は年上だけど。
「まず報告だが、お前もう蜘蛛に帰っていいぞ」
『そんなことはどうでもいい。ナマエ、今どこにいるんだ?』
「どうでもいいわけあるか!重要なお知らせだっての!」
『……迂闊だった。ナマエが臆病なばかりに大丈夫だと放し飼いにしていたが、まさかゾルディックにまで目をつけられているとは…』
「聞いてる!?」
『いいかナマエ、オレ達のような人間に関わると大抵は碌な目に合わない。危険を避けたければ付き合う人間を考えろ』
「A級犯罪者様の台詞とは思えないブーメラン発言だな」
お前それ自分とも縁を切れって言ってるようなもんだぞ?わかってる?
相変わらず自分の世界に入ると他人の話を聞かない奴だ。
真剣な声のトーンで何を言うのかと思えば…もっと2年くらい早く聞きたかった忠告をどうも。露骨に疲れた溜め息を出してしまった俺は悪くない筈だ。
あぁ、ヒソカが電話変わりたがってる。
とにかく居場所を教えろとうるさいので用件が済んだ携帯をにこやかに手を差し出してる奇術師へ投げ渡した。
「もしもしクロロ?ボクだよ★……あっ、ちょ、切らないでってば酷いなぁ◇」
『…………!……!!』
おぉ、なんか微かに怒鳴り声が聞こえる。
そうか…ヒソカと一緒にいること言ってなかったっけ?
「うん、……うん、ナマエはボクが預かるよ◇ 元々保護者みたいなものだったし◆」
『…………!』
「こんな奇抜な保護者いやだ」
「早く帰してほしければ除念を急ぐことだね★ もちろんボクも協力するよ?本気になったキミと早く戦いたいんだ◆」
恍惚とした表情で電話に語りかける姿は、端から見るとちょっとヤバい。
そうかこいつクロロと戦うことまだ諦めてなかったのか。
こいつはこいつでクロロ大好きだな。
「ん◇ ……んー?どうしようかなぁ★ ボクはよくても向こうがボクのこと放さないか…も…………切れちゃった◆」
「何やってんだよ…」
いい笑顔で返された携帯にはヒソカの言う通り通話終了の画面が表示されていた。
特にもう話す内容はないからいいけどさぁ…
文句を飲み込んで携帯をしまい、窓の外の景色が変わってきたことに気付く。
あれ、もう着くじゃん。
飛行機と違って飛行船は移動に時間かかるからなぁ。
1日半ほどでどの辺りまで来れたんだろう?
まずは今持ってるのが財布と携帯くらいだから着替えとか買って、そっから不動産巡りか。
住むなら平和でのんびりした場所がいい。ヨークシンは便利だったが、オジサンにはちょっとギラギラしてて合わなかったよ…。
ハンター試験以来の一人旅。
迫ってくる地上に期待と不安で拳を握り締めた。
「足に使って悪かったなヒソカ。俺はここまで送ってもらえれば十分だ」
空港の周りに町があるのを確認して振り返れば、何故か目を丸くしている男が不思議そうに立っていた。
「……何?」
「ボクも一緒に行っちゃダメなのかい?」
「え、でも完全に俺の私用だし…付き合わせちゃ悪いだろ」
「おかしなことを言うね◇ キミはずっとボクの私用に付き合ってたのに◆」
「そりゃそうなんだが…」
「たまにはボクがナマエに付き合うのも悪くないと思ってさ◇」
珍しい。
何するにも戦い重視の自己中心的だったヒソカが。
そういえば俺に関する質問の時も殺し合いとは無関係なこと聞いてきたし……変なもの食べたのか?
疑問に頭を傾げながら眺めていれば、視線から逃げるように飛行船の出口へ向かうヒソカ。
よくわからんけど、まぁ気まぐれだろう。あの根っからの殺人狂が心変わりするわけない。
階段を降りていく背中を追いかけ、俺も新天地へと足を踏み入れた。