怖ぇ。

何が怖いって、この理不尽な試練とやらが本当に理不尽だから怖ぇ。

せっかく記憶も戻ったってのにタイミングを見計らったように地面に開いた穴に落とされた。
脳裏を過ったのは不思議の国のアリス的な展開で、あっこれダメなやつ!と本能で察する。

落ちた場所は、一見特に変わりのない普通の町だった。さっきまでいた場所ではない。
となると別な場所にワープしたか?と考えたいところだが多分それは間違いなんだろう。残念ながらそんな簡単な問題は試練と呼ばないらしい。

何故ならば


「……く、クロロ………さん?」

「ほぅ、オレの名を知っているのか」


さっきの大馬鹿クロロとは別人のような怖いクロロが目の前でヤバいオーラを撒き散らしてるからだ。
しかも姿だって団長モード、早着替えなんてレベルじゃない。

愉しそうに弧を描いた口元を手で覆い、品定めするかのように俺を見つめるクロロさんの目が……その…怖いです。例えるならお宝を前にした盗賊の目。


「実に良い予感がして来てみればお前が降ってきた。これはオレが持って帰るべくして落ちてきたんだろう」

「えっ!?ち、違います!」

「何も心配することはない。アジトで飼うことになるが存分に可愛がってやる」

「何この人ヒソカと似た匂いする!誰!?マジで誰!?」

「やぁ団長◆呼んだかい?」

「呼んでない帰れ」

「なんか出た!!」


クロロ(仮)に迫られてじりじり後退りすれば、背後からまた知った声。
振り返ればやっぱりそこにいたのはヒソカなん…だ……けど。
いつぞやのハンター試験前日を思い出すような悪寒に背筋が凍った。ヒソカもなんか違う。


「良い予感がして来たんだけど随分と美味しそうな子だねぇ★」

「これはオレが先に目をつけたんだ、諦めろ」

「出たよ青い果実発言!ヒソカまでどうしちゃったの!?」

「青い果実…?あぁ、確かにそっちでも美味しそう……◆」

「そっちって何!!?」


ヤバい挟まれた。
前も後ろも俺の知る奴等じゃない。身の危険MAX、どういう訳か様子の違う二人に涙目になりながら絶体絶命のピンチに目を瞑った。





「イルミほんとヒーローすぎてもう…好き」

「わかったから泣き止めば?鬱陶しいんだけど」

窮地を救ってくれたのは俺を探しに来てくれたイルミだった。
なんでも俺と同じように穴に落とされ、此処は自分達のいた世界とは似て非なる場所だと天からの声で説明されたらしい。しかも脱出する鍵は俺にあるのだとか。
それが何なのか全く説明してくれないけれど、わけもわからず他人であるクロロやヒソカに襲われかけた状況から助けてくれた唯一の友人が頼もしくてしょうがない。
脱出するために仕方なく守ってくれたのだとしても俺にとってイルミはスーパーヒーローだ。
鬱陶しいとか言われても気にしない。置いてかれたら死ぬから意地でも放さないから!


「で、何処に向かってんの?俺が何かすれば元の世界に戻れるんだよね?」

「…………、行くのはゾルディック家。ナマエはともかくオレはこの世界じゃ名が知れてるし」

「あっ、そっか。偽者扱いされる前にこっちから会いに行くんだ?」


イルミと同じ姿と名前で動く人物がいたらゾルディック家全体から怪しまれるかもしれない。
いくらイルミでも一族全体が相手となれば命が危ないし俺も守りきれないな。つーかここパドキア共和国だったんだ?どっかで見た町並みだとは思ったんだよ。

先を行く背を追いかけ、何故さっきから迷いなく進んでいたのかようやく納得した。
足を止めたイルミに従って俺も狭い路地で立ち止まる。また誰か知り合い(他人)でも出てきた?

ひょっこり肩から顔を出して前を見てみる。
なんだ、イルミじゃん。


…………イルミじゃん…?


「うわぁ出たドッペルゲンガー!影分身!双子!」

「ふーん…ソレがオレの言ってたナマエ?」

「……そう」

「まさかの顔見知り!?」

ちょっとお前と同じ顔した奴が目の前にいるんだけど!無表情が並ぶとすごい怖いんですけど!
なんか向こうのイルミさんイルミのこと知ってるっぽいんだがイルミどこでイルミさんと知り合っ……ってイルミがゲシュタルト崩壊してきた。誰か一番いい説明を頼む!


「オレが落ちてきたのが向こうのオレの前だったんだ。殺そうとしたけど決着つかなくてさ、そしたら変な声が聞こえてきて」

「オレの情報が漏れるのも癪だしうちで手を貸すことにしたのさ。親父からも許可はとってきた」

「さらっと殺そうとしたとか言うな!え、き、聞いてない!ゾルディック味方になってくれるの!?」

「まぁ見返りはオレが幾つか依頼を手伝って―――」


「見返りならそこのナマエとかいう奴でいいよ。そっちの方がオレも都合がいいだろ?」

「は?」


見返り、が、俺?
ゾルディックが味方になってくれるのは心強いと喜んだ直後、イルミさんに指差されて硬直する。
そりゃ無条件にゾルディック家が動くわけない。お金も持ってない俺達が出せるモノなんて多くないが、見返りが俺でいいと聞いて真っ先に想像したのは内臓売買や奴隷商。
思わず逃げるように身を退けば闇のような瞳が俺を捕らえる。

イルミが訝しげに眉を潜めた。


「どういう意味?」

「気に入ったから買うって言ってるんだよ。わからないの?そっちは早く帰りたいしゾルディックの力も借りたい、こっちは欲しいものができたから等価交換だろ?」

「え、ぇ、買うって、俺を?」

「悪いけどナマエは馬鹿だし臆病だし何の役にも立たない」

「すげぇ悪口!!?」

「馬鹿なら学習させればいいし恐怖なんて忘れさせればいいじゃん」

オレならできるでしょ?

どこまでも冷たい口調で淡々と言葉を並べる男は、俺の知ってるイルミのようで全く違う。
イルミはこんなに居心地の悪いオーラは出さないし、ものすごい悪口は言われたけどそれを無理矢理直させようとはしない。向こうの男の言い方からして、俺がそっちに行けば元の世界に戻れるんだろう。それでも庇うように前から退かないイルミは無言で鋲を構えた。


「何してんの?オレを攻撃したらどうなるかわかってんのに、たかだか他人のためにゾルディックを捨てる気?」

「…………」

「心配しなくてもナマエは殺さない。誰にも触れさせないようにオレ専属の使用人にするだけだから。あ、もちろんちゃんと大事にするよ?そうじゃなきゃ帰れないだろうし」

「帰れない……イルミ、帰る方法が俺次第なら俺は」

「ナマエは黙って」

「何故?ナマエに言ってないの?ここを出るにはナマエと誰かが結ばれなきゃならないって」

「……は!!?」

イルミの殺気が膨れ上がる。
ちょっ…ちょっと待ってくれ。……結ばれ…………うん?なんて? シリアスな場面で大変申し訳ないが意味がさっぱりわからない。じゃあ何か。落ちた時から妙に知り合い(他人)から迫られてたのはそのせいなのか。俺が、俺がその、誰かと………………どんな呪いだよ怖ぇ。
ということはつまり、向こうのイルミが買うって言ってるのは内臓売買や奴隷とかではなく…………


「…………イルミ」

「黙って」

「イルミ、俺、イルミが帰れるなら」

「黙れって言ってるの聞こえない?殺すよ」


ギロリと睨むイルミは普段からは考えられないほど色々な感情が滲み出てる。
それがやっぱり向こうのイルミと違って、安心感から笑みが溢れた。なんだ、そんな睨まれても怖くないぞ?

ちょっと驚いたが、そういうことなら話は早い。


「イルミが帰れるなら何でもしようと思ってたんだけど、これは無理だわ。ごめん」

「……!」


驚愕に見開かれる目を覗き込んで、掴んでいた鋲を取り上げた。

元の世界に帰ることと天秤にかけて、イルミは俺を守る方を選んでくれた。それが素直に嬉しい。
それどころか身を危険に晒してまでも理屈や効率を棄てて戦おうとしてくれて、それほどまでに阻止しようとしてくれてることを俺が選べるわけないじゃないか。
俺はイルミを悲しませたり望まない行動はとりたくない。


「そんなわけで、ごめんなさいイルミさん。俺にとってイルミは一人で十分です」

「帰すと思う?オレがそいつ消せばイルミ=ゾルディックは世界で一人になる」

「なら俺もイルミを守るために戦います。他の誰でもないこのイルミが好きなので」


固まるイルミの前に立ち、いつでも能力を発動できるよう身構える。
イルミが覚悟を決めたのなら俺だって守ってやる。暗殺者だけど面倒見がよくて不器用でマイペースで優しいこのイルミだから、俺は。


「……ナマエ」

「心配すんな、俺だって戦え…っう!?わ!」

ぐい、と肩を引き寄せられてバランスを崩す。
後退しようとした足が地面に触れることなくずり落ちて身体が大きく傾いた。
見れば地面に開いた大きな穴。デジャヴ!!

「まっ…これもしかして帰れっ…うわ深ぁあああぁああ!?」


真っ暗な穴の奥へ吸い込まれながら、首筋に襲った衝撃に意識を失った。







深い深い屋敷の一室。

ランプに照らされた部屋の天井を眺めながら擦れる金属音を聴く。


「…………イルミ?」

「何処に行くのナマエ」

「いや何処にも行かないから大丈夫だって」


金の鎖を手繰り寄せて触れてくる掌に苦笑し、真っ黒な髪をゆっくり撫でた。

此処は、ゾルディック家の何処かの一室。
目を覚ました頃からずっと幽閉されてるからわからないが、恐らく俺達は元の世界に帰ってきた。
帰ってきた、と言っても全てが解決したわけじゃないが。


「もう誰も思い出さないでよ、ナマエには俺がいればいいんだから」

「うんうん、そうだな」

「今度またあそこに落ちたらオレはナマエを助けに行けないかもしれない。せっかく、せっかく手に入ったのに誰かに奪われるのは嫌だ」

「落ち着けイルミ。俺はここにいるだろ?」


あの体験がトラウマになってしまったんだろうか。戻ってきて以来、イルミは俺が離れるのをずっと恐れてる。
脱出条件は俺が誰かと結ばれること。
現在こうして元に戻れたということは多分、少なからず俺は特別に思われていたのか…それとも呪いの類なのかはわからない。
自分から離れていかないように俺の繋がりを全て遮断して監禁されるくらいには愛されてるんだろうと気付いたのは帰ってきてから半年、逃げることを諦めてから1ヶ月経った頃だった。

念を封じる特殊な鎖に繋がれ、他者との接触を断たれた生活にも慣れてきてしまった。
時々部屋から出ていくイルミを待ち、帰ってきたら話をして、それから同じ空間で一緒に過ごす。最初は外に出ようとしてみたり必死に説得してみたりしたが、その度に傷付いたような顔をするイルミを見ると裏切ったような罪悪感に襲われるから俺ももう手遅れなのかもしれない。


「ナマエ、ナマエ、オレも好き」


薄暗い濁った瞳が喜びに歪むのを眺め、イルミが嬉しそうならまぁいいかとぼんやりした頭の中で考えた。
もう何も、考えたくない。
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