「はぁ…」


時刻は午前10時42分
夜の雰囲気とはガラリと変わって平穏な町で俺はため息をついた。

昨夜は散々な目にあった。
なんとか無事に生きて空気が吸えることに感動すら覚える。
肉体的にも精神的にも疲労困憊だが、このままホテルで休むわけにもいかない。

……帰りたい。

それでも俺が此処に留まるのは、やっぱり当初の目的を諦められないからで。



「…………ここ…だよ、な?」


辿り着いた先は、こじんまりした一軒の定食屋。

……定食屋…だよな?うん、どう見ても定食屋なんだが…

中に入ることもできず外観を睨みながら首を捻る。
定食屋。
どの角度から見ても定食屋。
完璧なほどに定食屋。
え、あれ?俺ってばもしかして騙された?
こんな小さな店があの……いやいやマジで?


「……どうしよう」

「あ!お兄さんももしかしてハンター試験受けに来たの?」

「ひぃっ!?え!うぇっ!?えっ?俺!?」

「さっきから入り口でウロウロしてたから…入らないの?」


ちょっと他の客の様子でも窺おうかと店に背を向けた途端、真横から元気に声をかけられて飛び上がる。

見れば黒髪の活発そうな少年がキラキラとした目でこちらを見上げていた。
………年下の子供にビビる俺。
しかもキョドってろくな返事できてない。
だってしょーがないじゃん昨日の今日なんだし!


ハンター試験。

この少年は今、確かにそう言った。
ということは此処で本当に間違いないらしい。
俺の目的地はこの定食屋で正しかった。マジかよカモフラージュ完璧すぎんだろ…


「……受けないの?」

「う、受ける!」


まじまじと店の外観を眺めていると、不思議そうに訊ねられてまた肩が跳ねる。
咄嗟に勢いで頷いてしまった。


……頷いてしまった。


いや、最初から受けるつもりで此処まで来たんだけど!
心の準備が!
しかしそんな純粋な視線を向けられると!

年下の子供の視線が眩しすぎてつらい。
俺も昔はこうだったっけ?
ガキの頃から人見知りだった気がするわ。


「そっか!じゃあオレ達と一緒に行こうよ!オレはゴン!ゴン=フリークス!」

「……えーと?」


無邪気に自己紹介する少年の後ろに目を向ける。

俺達ってことは少年一人じゃないってことで…さっきからこっちを見てるこの二人も仲間なのか。

少年よりは年上だろうがまだ若そうな金髪の美少年と、スーツにグラサンの男。
…………うん、まだまともな人達っぽい。
昨日のトラウマが再発しないで済みそうだ。


「え、えと………ナマエ、です」

「よろしくナマエ!」

「始めましてナマエさん。私の名はクラピカ、よろしく頼む」

「レオリオだ。なんかお前顔色悪くねーか?そんなんで試験大丈夫かよ」

「ちょっと寝不足で…」

「試験前に!?緊張しすぎだろ!」


俺だってゆっくりたっぷり10時間くらい寝たかったよ…

けどまぁ同じ試験を受ける仲間がいるのは心強い。
わいわい賑やかな様子にちょっと安心して気が楽になった。

なかなか入れなかった店にもあっさり入ることができる。
うわぁ…中まで定食屋かよ。


「いらっしゃい!何にしましょう?」



ここまで来たらもう引き返せない。
せっかくだから精一杯頑張ろう。

朗らかな店主にこちらも愛想よく笑みを浮かべ、指を立てる。


「ステーキ定食4つ、弱火でじっくりお願いします!」


ハンターライセンス、とってやろうじゃないか!


思えば、これが最初にして最大の過ちだった。
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