「お姉ちゃんはね、お魚がきらいなの」
「どうして」
「だって、お魚って汚いじゃない。ね、あなたも、そう思うでしょ」
「でも、おいしいよ」
「あんな気持ち悪い食べ物、私は食べられないわ」
顔もそう違わない双子の姉は、ことあるごとに私を馬鹿にするように、それはそれは汚らしいものを見るような目で、いつも同じようなことを言った。「お姉ちゃんはね、あれがきらいなの」と。理由はいつも、汚いから、それだけだった。
「お姉ちゃんはね、汚いものがきらいなの」
「どうして」
「だって、私が汚れるじゃない。ね、あなたも、そう思うでしょ」
姉は、いつも自分の考えを私に強要させた。私が「うん、私もそう思う」と言わない限り、いつも不機嫌な顔をしていた。逆を言えば、まるで姉の人形のようにいつもうなずいていれば、姉を上手く扱うことができた。
うなずく瞬間は胸の中でちらちらと火が燃えるのを感じていたとしても、それを押し隠してさえいれば、普段の姉は私の「大好きなお姉ちゃん」だった。容姿が同じこともあって、周りの人からは「仲が良いのね」なんて声をかけられることもよくあった。事実、趣味や嗜好については、私と姉はよく似ていたし、気が合った。ただ、姉が姉であることを鼻にかけるその瞬間があまり私は好きではなかった。姉が「お姉ちゃんはね」で始める言葉の先の、私に向けられた刺のようなものを、私は感じていた。
ある日、近所の友だちと外で遊んで帰ってきた日、姉がまた冷やかな目で私を見た。
「お姉ちゃんはね、あの子がきらいなの」
「どうして」
「だって、あの子きたないじゃない」
「……きたなくない」
「きたないわよ。醜いわ。私が汚れちゃう。ね、あなたもそう思うでしょ」
「……きたなくない」
「きたないって言ってるでしょ。いい、あの子と遊んでるあなたも、同じなのよ」
そこまで言って、姉の冷やかな表情は、嘲るような表情へと変わった。まるで「あなたは私に劣っているの」とでも言いたそうな、そんな表情だった。
「あなたはね、きたないの。ね、あなたも、そう思うでしょ」
そこで姉ははっきりとクスクスと笑った。私をクスクスと、笑った。
私は、私の中に、新たな感情が沸き起こるのを感じていた。
次の日。お母様が海に連れて行ってくれると言った。久しぶりの海だった。私は胸が高まった。昨日のことなんてすっかり忘れていた。対照的に、姉は憂鬱そうだった。海についても、砂浜まで来ることはなく、ずっと崖の上から、地面にハンカチを敷いて、その上にちょこんと座り、下の砂浜ではしゃぐ私の小さな影を、冷やかに眺めていた。私は何度か姉と目が合った。その視線を、寂しがっているのだと私は勘違いして、姉を誘いに崖の上まで登った。
「お姉ちゃん、下に来ないの」
「お姉ちゃんはね、海がきらいなの」
またか、と、私は思った。
「どうして」
「だって、きたないじゃない。風のせいで肌はべたべたするし、砂は体中についちゃうし、なによりあの海水、とっても汚いわ。だって、お魚が泳いでいるのよ」
「でも、青くて、綺麗だよ」
「きたないものは、きたないのよ」
姉は、動こうとしなかった。だから、無理やりにでも、下に連れて行ってあげようと思った。ただ、一緒に遊びたかった。だから、私は姉の腕をつかんだ。
「やめて」
「えっ」
「汚いじゃない。あなたのせいで、私が汚れるわ。あなた、汚いんだから」
その時、ふと、昨日の感情が戻ってきた。自分のなかに、ひんやりとした何かが、入り込んでくるような感覚がした。
「ごめんね、お姉ちゃん。じゃあ、綺麗にしなくちゃね」
ぐいぐいと姉を崖の端まで押しやった。姉が何か言っていたような気もするが、覚えていない。「綺麗にしてあげなくちゃ」と、その一心だった。そうして、私は姉を崖の下へ突き落とした。
姉は、何度か岩場にぶつかり、海の中へと落ちた。体外へと出た血を、海の水が流していく。そこだけ、赤く染まっていた。私は、ほっとしたような気分がしていた。
「よかったね、綺麗だよ。お姉ちゃん」
空色を映したようなブルーの海が、距離が縮まるごとに透明に近づき、そしてその透明な水を染める姉の血と、それに映えるお姉ちゃんの白い肌、黒い髪、まっすぐな瞳。
私は、間違ったことをしたとは思わなかった。お姉ちゃんは本当に綺麗だったから。お姉ちゃんは、汚いものが嫌いだったから。
「私はね、汚いものがきらいなの。だって、私が汚れるもの。そうでしょ、お姉ちゃん」
110913 happy参加作品 お題「溺れる」