小説 | ナノ

何故か。そこはかとない不機嫌さをにじませている三郎次を横目に私は嘆息する。季節は春で、暖かい今日は絶好のお出かけ日和。お互い花粉症ではなく体調も良い。桜色のディスプレイが並ぶ道端には新緑の気配も添えられ、イヤでも気分も上がる…はずなのである。しかしこの仏頂面だ。一体何がどうしたのだ。

「三郎次、機嫌わるい?」
「悪くない」
「そんな低い声で言われても説得力ないよ。私何かしたっけ?」

一応問いかけてみる。すると、むすっとした顔でこちらを見て、何も言わずまた前を向いた。なんとまあ。この反応を見る限りどうやら私のせいである。

「申し訳ないけど理由がわからないから、言ってくれると大変助かるんだけど」

正直に告げる。三郎次がへそを曲げるなんて珍しいことではない。経験上理由を聞くのが手っ取り早い。もう一度こちらを見た瞳で察するに、怒っているわけでなく拗ねている雰囲気である。ここは素直に謝ろう。
うんうんと私が方針を決めている間にきゅっと結んでいた口がゆっくり開いた。

「お前が、」
「はい」
「優しいやつが好きだっていった」

そうか。私、気づかないうちにそんな失言を、


「…いや、待って言ってないよ」
「嘘だ、さっきアプリの性格診断の選択肢で優しい人の方選んでただろ」
「えっ何盗み見てんのこわ!てか二者択一なのに私の意見にされるの?そして自分が優しくないって認めるの?」

だいたい、さっきの診断アプリの選択肢にも問題があった。優しい人or振り回す人。この選択肢だったら優しい人選びたくならない?みんな人に優しくされたいよね??

「三郎次それ、もはや優しい人にコンプレックス持ちすぎて拗らせてるやつじゃん…!」
「どうせ俺は言い方きついし一言多いし」

らしくなくじめじめしだして面倒くさい雰囲気だ。大雪になったらどうしてくれるの。ようやく冬が終わったというのに!
平然と人を皮肉ったり、余計なことを言って私が肝を冷やすのはいつものこと。もはやそれが三郎次のアイデンティティ()なのに。今さら落ち込んでしまったら何も残らな…げふげふ。彼女として困っちゃう()
冗談はさておき。さすがにへこんでいるなら追い討ちをかけようとまでは思わない。だから思ったことはともかく、望みの通り慰めてあげることにしよう。


「三郎次を全体引っくるめて好きだよ私は」
「どうも」

あ、なんか嬉しそう。

「それに、三郎次は私にいつも優しいから実は間違ってない」
「…そうだよな?」

あ、もう調子に乗った。コロッといつもの調子を取り戻すから、呆れると共に安堵する。

「あー、うん。そういうところ、すごく三郎次だよね」
「ふん」

我慢できなくてくすくす笑って、もう一度「そういうところ」って繰り返した。三郎次のそういうところが、たぶんすごく私は好きだよ。
そういうところがあるから私は三郎次から離れられなくて、そういうところは私だけ知ってればいいって思ってる。

「仲直りしたし三郎次の好きな肉食べよう。お寿司にする?ステーキにする?それとも麻婆豆腐?」
「豆腐じゃんそれ」
「畑の肉」
「中華食べたいだけだろ。豆腐は先輩とさんざん食べてるからナシ」

ばーか。と余計な一言をつけたし、餃子が食べたい。と言い出した三郎次はまったく損な性格をしていて。けれど、それでいいよって。ずるいとわかりつつ思ってしまう。
どうか三郎次がこんなに優しいってこと、誰にも教えないでね。


(2020池田の日326)
やさしいね

←TOP

×