小説 | ナノ

部屋のうす明るい空気をのんでも、まだ眠くなる気配はない。
慣れてしまった暗闇に浮かぶ三郎次の輪郭はさっきからずっとボヤけているけれど、夜はまだまだ明けそうにない。
かちかちと鳴る掛け時計を仰ぐ気にはなれず、かわりに目の前に鎮座する液晶を見た。ただただ、真っ黒な平面を。
三郎次はこちらに目を向けず、窓の外を見ている。

「わたしね、ちいさいころ、テレビに出たかったんだ」
「…へえ」
「あの頃は魔法の箱だと思っていたから」
「魔法ねえ」

そう言って三郎次が冷めきったカップに手をのばしたから、わたしは窓の外に目をやった。ガラスの向こう側で星がそっと消えた。

「んで結局出なかったんだろ?」
「うん、まあ何もアクション起こさなかったし」
「だろうな」
「いまだから思うけど、ここに入っちゃうのはきっと寂しいね。窮屈そうだし」
「心配しなくてもこいつはただの現実の箱」

投げやりな言葉に、そうだろうなあ、そう力なく返事をして三郎次の肩によりかかる。そこから膝元へするりと頭をすべらせた。三郎次が黙ってカップを置いたようだ。わたしは目をつむり、冷えた足を丸めた。ひんやりした音がする。

「いつになっても、夜はさむいねえ」

冷え性の手足が、開いた首元が、皮膚で覆われた内部が、空気のつめたさを絶え間なく取り込んでいるみたいだ。額に降りてきた指の感触だけは、確かにあたたかいけれど。まだどうしても眠れない。眠りたいのでも眠りたくないのでもなく、ただそのわたしの意向に沿うようにこの時間は停止しているのだ。寂しい夜が明けるまではあとどれくらいだろう。そんな疑問が頭をよぎっても、それだけは答えを出してしまいたくなくてまた足を丸めた。

「もしさ、魔法少女になったら、きっとすぐにあたたかくできるんだろうね。ねえ三郎次、わたしさあ」


テレビは相変わらず何もうつしていない。おそらく時間が止まってしまえば、いくら魔法使いだって魔法は使えなくて。だから夜が明けなければ。時間が動かなければ。きっと何もかもこのままだ。

「とりあえずはここにいようかなって。決めたよ。なんせさあ、わたしは気まぐれで、寒がりだから。」

いつの間にか息を止めていたらしくて、変なリズムで体内から呼吸の音がした。そこから動き出した時間は、すべてを流し出していくだろう。その中で今のわたしの口から滑り出した言葉が、はかないものとして残らなければいいんだけど。

三郎次はわたしの頭を撫でてふうと息をふいた。傾いた視界でのぞく窓には、雲でぼやけた月が見える。

「ここで待ってる。ヨーロッパからこっちに帰ってきたとき、よかったらわたしにパスタ作ってね。」

わたしは笑顔をつくって三郎次を見上げた。わたしの頭の中ではシチリアの浜辺みたいな朝日が幻想的にやってきて、魔法少女はまっすぐエメラルドシティをめざしている。寒さに震える体をあたためることだって、きっとできてしまう。だからわたしなら大丈夫だよ。それくらいでメソメソしおれるような生き方はしていないよ。
三郎次は真っ暗闇で、わたしに少しだけ寂しい顔を見せてきた。ここでそんな顔しちゃうなんて、三郎次はずるいよね。窓の外でもうすぐ夜は明けるのに。

魔女と夜明け

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