足早に屋上に来た。ホームルームなんて知らない。教師の声だって聞こえない。
誰かにぶつかった気もするけれど、それもしっかりわからない。ただただ屋上へ行くことだけを考えて足を動かした。
「またこんな所にいたのか」
「…………」
「寒ィだろ」
「…うるさい」
体育座りで顔を足に埋める。まだ少し冷たく感じる風が時折吹くが、それでも構わなかった。一人頭を冷やせる場所で、ひっそりできるならば寒さなんて関係なかった。
それも束の間、一人の時間は呆気なく壊される。このキッドという男によって。
「ったく、泣くのはいっつもここだな」
「泣い゛てない、も゛ん」
「んな声でまだ言うか」
「…ぐす」
そっと私の隣に立つキッドは、私に泣いている理由は問わない。知っているときも知らないときも、変わらずに私の隣に立って私が落ち着くまで隣にいてくれる。
「風邪引くなよ」
「引かないよ、ばか」
ざわざわとざわめく中庭、校庭、渡り廊下。
教師は私をあきらめたらしい。ついでにキッドも見放された同士である。多くの生徒たちが騒ぐ中、こんな屋上に二人。
「…桜、咲かないね」
「今年は寒かったからな」
「咲かなきゃいいのに」
「おま、勝手だな」
「なんでよ」
「この間ははやく咲けって文句言ってただろ」
「しらない」
こんな胸糞悪い春を迎えるのは久々だ。去年は進級できて嬉しかった。一昨年は進学ができて嬉しかった。これからの事に輝きを隠せずにいた。なのに今年は、
「なんでこんなにモヤモヤすんだろ」
ぽつりとこぼした言葉はキッドに届いていたはず。それでも何も言わないのは独り言で、返答がほしいわけでないとわかっているから。その優しさがいつでも私の支えになってるんだよ。
「…卒業式、か」
明日は卒業式。私が好きな先輩がここからいなくなってしまう。いや、少し語弊があるか。正確には好きだった先輩が、だ。その事実を隣にいる男は知らない。だから逆にこんなにもモヤモヤする。
知らないからこそ隣に居てくれるのだろう。事実と、私の本当の想いを知らないからこそこの男は私の隣に、そばに居てくれるのだ。
桜の季節に出会った男に、この想いを伝えられる日は来るだろうか。
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本当は両想いなんです。双方気付いてないだけ。