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名付けるならば



幾度か互いのことを話す中で、私は大分ティリアのことを知ったようだ。

例えば、兄弟は妹が一人、花が好き、朝の新鮮な空気を吸うのが日課である、など。
今日はあの赤い花を髪に飾っていた。外に出、風を受ける度にティリアの髪が揺れ、赤い花の香りが漂ってくる。


「今日は随分と、しとやかだな」
「そうですか?」
「この花が、お前を引き立てているようだ」
「ふふ、ありがとうございます」


最近、父がうるさい。ティリアの誘いを断らず、その後どうするかも言っていないのでどうなっているかが気になるらしい。

私もよく分からない。
ティリアと結ばれてよいのだろうか? このまま、私はティリアと結ばれるべきなのだろうか?


「スコルピオス様?」
「…なんだ」
「難しい顔をしておられました。何かあるのであれば、私は退散いたしますが」
「いや、いい」

このままいけば、ティリアと結ばれた方がよいのかもしれない。私は別に嫌ではない。…いつの間にか、私はティリアを想像以上に気に入り、手放したくないと思っていた。
しかし、私が戦にでる以上、無事に帰ってこれるか分からない。

父の跡を継ぐのは正妻の子である、義弟のレオンティウスだ。私は継がない。だから戦にもでる。
ティリアはよく私を支えてくれるだろう。しかし同時に心配をかけさせることになる。
私一人で考えていても仕方のないことだが、しかしティリアに相談してもいいものなのか。


「お悩みごとですか?」
「そうだな」
「よければ私にお話ください」

にっこりといつもと変わらない、まだすこし幼さの残る笑顔を向けられる。
…この笑顔を私のものにするのか。
私一人の問題でない以上、ティリアにも考えてもらう必要がある。私には私の考えもあるが、ティリアにはティリアの考えもあるだろう。

「ティリア」
「はい」
「婚約の話だが」

“婚約”という言葉が私の口からでたとき、ティリアの身体がぴくっと反応したのを私は見逃さなかった。

「…はい」
「お前はどう思う」

この際だ、ティリアの気持ちをはっきりと知っていなければならない。このまま、引きずるわけにもいかぬ。
それ次第で私の行動すら変わるのだ。


「私は…。私は、スコルピオス様が私を妻に迎えてもよろしいと仰るのであれば、喜んでお受けいたします!」

少し不安げな顔で、しかし真剣な瞳で私の瞳を捕らえる。
…この瞳が好きだ。
自分の強い意志を持った瞳。この娘ならば私をしっかりと支えてくれる気がするのだ。


「スコルピオス様は…どうお考えですか」
「私か?」
「はい」
「私は、少なからずティリアを妻に迎えると、自然に思っている。他に代わる者はいない、と」

そっと、はじめてティリアの髪に触れた。艶やかで、しかし柔らかく軽い。
ああ、女の髪とはこんなにも優しいものだったのか。
するとティリアはぽろぽろと瞳から涙を流した。

「なっ …どうした」
「その、お言葉が」
「?」
「そのお言葉が、ずっと聞きたかった…!」

はじめてティリアが私に飛び込んできた。
ティリアを抱きしめたことはなかった。そのため最初は少し戸惑ったが、泣きながら私に飛び込んできた姿を見、壊さないようにとそっと腰まである髪までも包み込むように抱きしめる。


「スコルピオス様にお会いする度、言葉を交わす度、想いは募るばかりでした。でも、婚約のお話はなさらない…。このまま捨てられてしまったらと思うと、どうしようと…」


肩を震わせ、先程よりも更に涙を流す。
私よりも小さなこの娘がこんなにも私を想っている。いつからか、私はこの想いに答えていたのだ。

「私はもう、お前を手放す気はない」
「もちろん、私の長年の夢ですもの…」
「本当に私で良いのだな?」
「スコルピオス様でないとダメなんです」
「…交渉成立だ」



未だ涙を流し続けるティリアの唇に、キスを落とした。

今夜には、父に良い報告ができそうだ。






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無理矢理感が否めない!

書き終わり 2009.02.15.
加筆修正 2011.09.05.
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