瞳の私
今日の仕事の一番の山が一段落し、部屋で資料の最終確認をしていた。すると部下が一人、私の元へと訪れる。
「殿下、ティリア様がお見えになっております」
「…何?」
「お忙しいなら帰るとのことですが、いかがなさいましょう?」
「一段落した。どこにいる?」
「西の奥の部屋に」
あれから会ったのは二度。これで会ったのは三度目になる。
前回もタイミング良く、遠征から帰った後、暇をしているときに来た。つくづく運のいい娘だな。
今までに話したことのない種類のよくわからない娘だが、何故だか私の心を掻き立てた。
私が気に入っているのに、もう周りも気付き始めた頃で。
――――ティリアのいる部屋へと訪れた。
「スコルピオス様!」
「全く…つい先日来たばかりではないか」
「私の育てているお花が咲いたので、見ていただきたくて」
小さな机に置かれた鉢。上にはよほど見せるのが楽しみなのか、布で覆っている。
「…私にか?」
「はい!」
そういってティリアは鉢を覆っていた布をとる。すると突然、先ほどまで穏やかに吹いていた風が嘘のような、強い風が部屋に入ってきた。
「きゃっ」
外からの風はティリアを襲い、手に持っていた布を奪う。風はその一度限りで、ティリアから奪った布は宙を舞い、ひらひらと床へ落ちた。
その布をとってやろうと布へ手を伸ばすと、ともに手を伸ばしていたティリアの手と触れる。
「あ…」
私の手と触れた瞬間、互いに顔を見合わせ瞳と瞳が合う。と同時に、ひゅっと手を引っ込め顔を赤く染めるティリア。
「手が触れただけだろう」
「…それでも、スコルピオス様の目に私が映っていることは、まだ夢のようで」
「夢ではないだろう」
ぐっとティリアの顔を持ち上げ、瞳と瞳が見つめあう。まだ顔の赤いティリアはますます顔を赤くなってしまった。
「す、スコルピオス様?」
「私の瞳を見ろ。今映っているのはティリア、お前だけだ」
「スコルピオス様…」
ティリアは私の腕をとり、自分の顔から離す。その手が私に触れたとき、全身の血が熱くなったと同時に離された虚無感にかられる。
「うれしいです、私の瞳にはスコルピオス様しか映っていませんでした。スコルピオス様の瞳にも私が映っている…とても幸せです」
そんな虚無感に気付かぬよう、先ほど拾った布をティリアへと渡す。布の下から現れたのは、きれいな赤い花。
「きれいでしょう?」
「赤い…」
「レスボスのソフィア先生の元へ訪れた際、もらったものです。世話は大変ですが、こうやってきれいに咲いてくれて育てた甲斐があります。スコルピオス様にもお見せできてよかった」
鉢には小さな木。その木には赤い花が3つ付いていた。その赤は先ほどのティリアの顔の赤さに似て。
「あの日、スコルピオス様に気に入られ、その日からこの花が咲いたらすぐに見せに伺おうと楽しみにしておりました」
「そうか…」
「…ぁ、こんなことでお呼び立てしてしまって…」
しゅん、と小さく針のない声で私を呼び出したことを謝るが、何故謝る必要があるだろうか。私は謝ってほしいわけではない。面白くない。
「別に構わん。ほかに育てているものはないのか?」
「えっと…ほかにはこの花よりも小さな花を幾つか」
「では、その花たちを見るのが楽しみだな」
「みてくださいます、か…?」
「私はもっとお前のことを知らなければならないのでな」
まだ、知らないことがたくさんある。互いに知らないことが、まだたくさん。
「それでは…今日はたくさんお話をしましょう!」
「よければ、外を歩きながらはどうだ?」
「はい。風はもう穏やかですし、きっと気持ちいいですわ!」
たくさんたくさん話して、互いをもっと知りましょう?
笑顔で話すティリアを眩しいと感じた私は、以前とは随分変わったと、気付き始めた。
二人が出て行った後の部屋には、机に飾られた赤い薔薇が穏やかな風に揺れていた。
書き終わり 2009.02.14.
加筆修正 2011.09.05.