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季節が巡りくるまで







「イヴェール?」
「…………」
「寝てるの?」
「…ん、……」


返事がなく、私の肩に乗っている顔をのぞいてみると目を閉じて気持ちよさそうにしていた。寝息をたてて寝てしまっているイヴェールにそっと毛布を掛ける。コートは着ているけど、一応防寒だ。
そうして私はその場をそっと去り、1人窓を見る。

雪が、少なくなっていた。



最近、イヴェールの睡眠時間がとても長い。起きては来るがすぐに寝てしまったり、一日起きないこともある。
オルとヴィオが言うには“冬の終わり”と“春の訪れ”の予兆らしい。

冬以外の季節は眠りに落ちるイヴェール。冬を纏う彼は、季節の巡りには逆らえない。
そうして冬が終われば眠りにつき、また冬が訪れれば目覚める、というわけだ。

「ティル」
「ちょっと」

扉の陰から出てきたオルタンスにヴィオレット。ちょいちょいと手で私を招いている。
二人に誘われるまま部屋を後にし、廊下の一角で止まった。


「ムシューが眠りに入ります」
「きっと、次に起きるのが最後ですわ」

ヴィオレット、オルタンスの順に口を開き、ついにそのときを知らせた。
イヴェール自身にも眠りの季節だということは分かるらしく、悲しい顔を向けることが多くなっていた。私はそれでも笑みを崩さず、笑顔でイヴェールと向かい合う。
でも、ついに来てしまったのだ。

「…ありがとう、2人とも」
「ティルはムシューがお眠りになっても、ここにいてくれるんですの?」
「狭間の空間に、いてくださるんですの?」
「うん。あなた達がいるし、私はここで待つわ」
「よかったわ!」
「ティルがいてくれるなら、心強いですものね!」


イヴェールとは違い、双子の人形であるこの子たちは眠りにつかない。再び冬が訪れるまで、イヴェールの為に起きてくるそのときまでに、物語をたくさんたくさん持ち帰ってくる。
イヴェールが眠りについている間も変わりなくこの子たちは巡っている。
だから私は、ここに残って2人の帰りを待つことにしたのだ。2人が帰ってきても迎える誰かがいるように、その役目を引き受けた。

空間にこそいないが、2人が帰って来るという事実だけで私は眠りについているイヴェールとここで待つ。
2人を、そして再び訪れる冬を。


「…さ、イヴェールが眠りにつくのならとびきりのご飯を食べてから眠ってもらわないとね。手伝ってくれる?」
「もちろんですわ!」
「作りましょう!」


可愛く後をついてくる双子のお人形に頬を緩ませながら、3人で食事の支度をすませた。








イヴェールを起こして食事を済ませる。
本来なら食欲はないらしいが、私がいる限り三度の食事を共にしてもらっている。
眠さをかみ殺しながら食べているイヴェール。そんな彼に寂しさを隠せないのか、オルタンスとヴィオレットはいつもより口数が少なかった。

後片付けをしていると、オルとヴィオが私を呼び、イヴェールの元へと誘った。
向かったのは、広いがベッドがぽつんと置かれているだけの寂しい部屋。
イヴェールはそのベッドに腰掛けていた。


「ティリア、おいで」


叩かれたイヴェールの隣に腰掛け、そっと彼の肩に頭を乗せる。イヴェールもまた、私の肩を引き、身体を近づけた。
もう少しでこんなことすら出来なくなる。

「僕はもうすぐ眠りにつくよ」
「…うん」
「また冬が訪れるまで、この部屋で」
「うん、知ってる」
「ティリア。…君は、僕を待っていてくれるかい?」
「もちろん。私はここで、また目覚める貴方を待つから」


だから、必ずまた、目を覚ましてね。
その言葉を口には出さず、心の中へとしまった。

「オルとヴィオと、3人で待ってるよ」
「ああ。君がいるなら、あの2人も寂しくないね」
「サヴァンだって来てくれるわ」
「…そうだね。彼も話し相手になってくれるだろう」

段々と喋るスピードが遅くなっていく。きっと起きていることさえ辛いというのに。

「ああ、ほら…また雪が溶けていく。風も暖かい」
「うん」
「……僕は、もう、眠るよ」

そっと離れた温もり。私を離し、額に唇を寄せて抱き締める。イヴェールの瞳はもう、半分ほど閉じられていた。

「オルタンスとヴィオレットと、私で、沢山の物語を用意してる。だから、楽しみにしていてね」
「ああ。楽しみにしてる」
「イヴェール…ここで、待ってる」
「また、次の冬まで。…オルタンス、ヴィオレット」
「「お呼びかしら」」

2人がちょこんと扉の向こうに立っていた。イヴェールが手招けば、2人はそっと部屋に足を踏み入れた。

「ティリアを、頼むよ」
「「ウィ、ムシュー」」

イヴェールは2人をぎゅうっと抱きしめる。2人を離し、私を含めた3人を部屋から出した。




「おやすみ、3人とも」
「「Bonne nuit」」
「おやすみなさい、イヴェール」
「……Bonne nuit、ティリア」





貴方の季節が、再び巡りくるまで







※Bonne nuit=おやすみ
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春なので。
イヴェールは次の冬まで目を覚まさない、という設定です。

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