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愛しい乙女のために!





「ティリア」
「はい?」
「唇カラ血ガ出ティルゾ」
「…あ、本当」


彼女は自分の唇に指を添え、指に付いた赤で血が出ていることを確認する。

「ありがとう、冥王さ、ま!?」

突然、彼は彼女の肩をがっちりと掴み、彼女の唇を奪う。
いきなりのキスに驚きを隠せない彼女。

「んむぅっ」

舌が唇に触れ、ぴくりと彼女が反応する。と同時に自分の肩を掴む彼の服を必死につかんだ。
彼女の訴えが通じたのか、彼は唇をゆっくりと離した。


「…怪我ヲシタ時ハ、舐メルノガ良ィト聞イタ」
「だっ 誰にですか!」
「μトφダ」
「μ、φ…」

μとφ。
その言葉を彼の口から聞くと、彼女はがっくりと肩を落とした。
この双子は彼に色々なことを教え、彼の行動をみて面白がる。別にそれはいいのだが、その行動のほとんどが私に被害を及ぼす。
しかし、合っていることはあっているのだが、どこか説明が足らないのも事実。彼は鵜呑みにするから、そのまま私に降りかかる、というわけだ。


「違ゥノカ…?」
「怪我をしたときは良いんですけど、ただ乾燥で唇が切れたときにするとキスがしたいみたいな雰囲気になるから」
「我ハ、ティリアニ口付ケタィ」
「ぁ、」


また彼は彼女の口を塞ぎ、先ほどよりも濃厚で酔ってしまうような感覚を呼び起こす。
しかし彼女に触れる唇は熱くなく、冷たさを彩る。
彼は“死”の象徴。体の熱など在るはずもなく。唯、時折彼の唇から感じる熱さは、彼女の唇から伝わった熱だ。


「ンン、」
「…っ、ぁ」
「、ティリア」
「はぁ…たな、とす…」

いったん唇を離し、見つめ合い、再び口付けをしようと目を閉じ顔を近づける。
が、其れを遮る声がした。


「冥王様」
「それ以上したらティリアが死者になってしまうわ」

φ、μと言葉を続け、二人の行為をじっと見つめていた。

「μ、φ…!いつから!」
「『我ハ、ティリアニ口付ケタィ』から」
「二人が濃厚な口付けを交わし始めたときから」
「〜〜〜〜っ」

彼女は行為をみられていたことを恥じ、顔を赤くする。一方、彼は何も表情を変えずにいた。

「μ、φ。ティリアニ口付ケテハィケナィカ」

彼は双子に問う。
双子は顔を見合わせ、クスクスと笑った。


「だって」
「ねぇ」
「冥王様がそんなに口付けをしたら」
「ティリアの生気を吸い取ってしまう」
「死の冷たい口付けは」
「死への誘い」
「ティリアは我らと同じになる」
「ティリアが我らの同胞に、死者へと変貌する」
「冥王様はティリアの死を望まない」
「ならば死の冷たい口付けは禁忌」
「「おわかりになりますか」」


μとφによって繰り返される言葉。間違いではない。
死、即ちタナトスの口付けは死への誘い。
そんな濃厚な口付けをすれば、生気はとられ、死者になってしまう。

「シカシ、我ハティリアヲ」
「私たちはティリアが同胞に成るのに反対はしません」
「寧ろ嬉しいわ、ティリアとずっと一緒だもの」
「だけど困るのは冥王様」
「冥王様が困るだけ」
「「ふふふ」」
「………」

双子の妖しい笑みに彼は言葉を失う。
確かに、彼は彼女に死を与えたくはないと思う。しかし、愛しいからこそ口付けをしたい。


「ティリア」
「は、い?」
「…シバラク我ハ、貴女ニ口付ケハシナィ」
「は、はぁ…」
「貴女ニ死ガ訪レルマデ、口付ケハ…」
「口付けは。ならば交じり合うことはするのですか?」
「…………ァ」



この後、彼の彼女に対する愛の葛藤の日々が始まるのである。


「クスクス。少しくらいならしても平気なのに」
「クスクス。彼女は特別な体質だから」
「冥王様は面白いね」
「ティリアの為なら何でもしそうね」


クスクス、双子の笑い声が死の世界に響く。
愛しい彼女の為に、死を象徴とする彼。

彼女が彼のものになるのは、彼の葛藤が報われるのは、果たしていつ…?





愛しい乙女のために!

(そもそもここが寒くて乾燥してるからいけないのよね、φ)
(死者の世界だからって舐めてるよね、μ)





―――――――――――
μとφの話を鵜呑みにする冥王様。それを楽しむμとφ。
冥府はきっと寒い。リップクリームは必需品。

書き終わり 2009.03.01.
加筆修正 2011.09.04.
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