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唯、貴方のために




冥府に一人の生者の陰。
ここには似つかわしくない、生者の香り。
少女は生者独特の甘い香りを放ちながら、死した者達の世界へと足を踏み入れてきた。

目的はただ一つ。
冥府の王に会いに。




「冥王様」
「…ティリア」
「また、来ちゃいました」
「此処ヘハ頻繁ニクルナ。ドゥナッテモ知ラナィゾ」

彼女の体質は特別らしく、生者にして死者の世界へと入ってくることが出来る。
それが何故だか分からない。

「ソノ体質ダッテ、何時マデ保ツノカワカラナィ。イツ死神達ニ食ヮレテモ可笑シクハナィ。気ヲツケル気ハァルノカ?」
「貴方が心の奥底で私を呼ぶから、冥府への門が開くのよ」
「我ハ……」


ただ、彼女は彼のためだけにここを訪れる。しかしそれは彼女のためでもある。
彼女は彼を怖れない。
むしろ愛している。

「冥王様…」
「我ガ怖クナィノカ」
「其れは何度目の質問?私は死を怖れない」
「我ハ貴女ヲ迎ェニ逝コゥ。ソノ時マデ…」
「そんなときまで待てない。私は貴方が、」
「ティリア」


彼女の言葉を遮り、人より長い指で彼女の唇を押さえる。


「…マダ、ソノ時期デハナィ」
「冥王様…」
「我ハ皆、平等ニ愛ソゥ。我ハ皆、平等ニ死ヲ与ェヨゥ」


とん、と彼女の背中を押す。
彼女は彼の言いたいことを理解し、来た道を戻る。
するとこちらを振り向いた。



「また、すぐにきます。貴方に会いたいから。私は死を怖れない。貴方が求めるなら、貴方に会えるなら、何度でもここに」


にこっと笑い、また前を向いて歩き出す。彼は彼女の姿が見えなくなるまで、愛おしそうに見つめていた。




愛しい冥王様、
  唯、貴方のために


(我ハィツカ、必ズ彼女ヲ迎ェニ逝コゥ。ソゥスレバ彼女ハ永遠ニ我ノモノ。美シク生キル、我ノ乙女)




――――――
タナトスの元の設定がこれ。
変換面倒です(笑)

書き終わり 2009.03.01.
加筆修正 2011.09.04.
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