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約束は何度巡ろうとも



私は宝石をみていた。赤の、宝石。

この物語はどこへ向かうのか、何がしたいのか、誘(いざな)うは二つの影。



ここは生と死の狭間。中途半端な世界。
いずれここの主、イヴェールも遠くないうちに物語を見つけるだろう。

赤を放つ宝石にふれようとした。だが、ふれる寸前で止まる。

私が関与して良い問題ではない。私はここに迷い込んだ一匹の猫。助言はできても自らの手では触れることはできない。
ましてや“この人”には。



ふと、誰かの気配がした。


「ティリア、こんなところにいたのかい」

後ろに立っていたのはここの主であるイヴェールだった。

「ヴィオレットとオルタンスが探していたよ」
「ごめんなさい、宝石をみていただけよ」
「宝石?…珍しいね」
「ええ」


なにを思ったのか、少しの沈黙の時間があるとイヴェールが宝石をみていた私を後ろから抱きしめてきた。彼の着ている服の袖はふわふわしていて、少しくすぐったい。
すぐそこにいる彼のにおいが私を包み込んだ。

「どうしたの?」
「あら、イヴェールに心配されるほど酷い顔していたかしら、私」
「それ、さり気なくヒドいこと言ってるのは流しておくよ。まぁ、何か悩んでる感じかな」
「悩み、ね」


私は前に回されている彼の腕の端にあるふわふわで遊びながら、彼の香りを感じながら、彼の体温を身体全体で想いながら、瞳を閉じる。


「あのね、イヴェール」
「うん?」
「私は私の物語がある。ある物語からここの狭間にやってきているわ」
「そうだね」
「だけど時々、ここにイヴェールと、ヴィオレットとオルタンスと、ずーっといたいって思ってしまうの。イヴェールは物語を探して、いずれ見つかればここから旅立つ。でもそうしたら私たちは離れ離れ…それが嫌で、ずっとここにいたいって思ってしまう」
「うん」
「イヴェールが生まれてくる物語が見つかるのはすごくうれしいことなのに、ここに存在しなくなると言うことはすごく嫌!…矛盾した考えが頭をうろちょろしてるの」


イヴェールがすきだから、イヴェールの側にいたい。
だけどそんな願いは叶うはずもない。ひとときの夢を見せているにすぎないから。…“彼女”の仕業だとしても。


「ねえティリア」
「なに?」
「たとえ僕が生まれても、ティリアの居る物語に生まれてこなくても、生は廻る。いずれどこかの物語で出会うよ」
「…一度死んで、生まれ変わったら忘れるに決まってるでしょ」
「出会った瞬間に思い出すよ」
「なにそれ、ロマンチストね」
「たとえ記憶で忘れてしまったとしても、身体で覚えてる。心底で君を愛したことを覚えているよ、ティリア」
「ええ、そうね」



また、互いに出会えるように。前世の約束を心の底の宝箱にしまって。
その宝箱の鍵は、出会った瞬間。

約束の証に、ぎゅっと手を握りしめた。





約束は何度巡ろうとも




その後の二人がどうなったかは、双子のお姫様たちだけが知る。



―――――――
初めてのSH夢でした。

書き終わり 2009.02.08.
加筆修正 2011.09.04.
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