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心配事




エレフが武器を持って戦の訓練に参加をする準備を始めて数日がたった。

初歩的なことから入るのだが、幼い頃から私やレオンの動きを目にしているからか、なんとも覚えが早かった。
しかし調子に乗って怪我をするのも少なくはなく、部屋に帰ってはミーシャに怒られながら治療をしてもらっていたのはよく知る事実。微笑ましい光景だと感じるのも、そこが戦場ではないからだ。

エレフの世話を見るのは当番制で、今日は私の番だった。
義弟に武器を持たせて、義兄自らが稽古を付けるというのは本当に嫌だった。気が乗らぬ以前に、義弟を戦場へ出す稽古を義兄の務めとすることに疑問を感じるが。

私はポリュデウケスに、レオンはカストルに幼い頃に稽古を付けてもらい、正妻の子であるエレフはポリュデウケスにでも稽古をつけて貰えばいいものを、当番制でつけていた。
当番を賄っているのは私にレオン、カストルにレグルス、ゾスマ、それにポリュデウケスだ。
これだけの戦の強者を集めたからにはエレフには早くに成長して貰いたいというのがバレバレだが…。しかし、近年の戦を見る限り、一つの戦を早めに終わらせたいのが事実。エレフには期待が十分にかかっていた。


そんなこととも知らず、本人は無邪気にすくすくと成長していた。
義理でも何でも、弟という者が早くに戦にでるのは正直喜ぶことではない。少なくとも私とレオンはそう思っているはずだ。
だがそんなことで戦に出さぬ訳には行かず、エレフの成長に喜びながらも、皆で稽古をつけている。




今日の訓練が終わりエレフはミーシャが待つ自室へ、私は恐らくティリアのいる自室へと戻る。

「エレフ、傷はしっかりと治療しておくんだぞ」
「はーい。スコピ兄、さま!今日はありがとうございました」
「…あぁ」

つい最近までスコピ兄、と呼んでいたのが、いつの間にかスコピ兄さまと呼ぶようになった。
エレフもだんだんと周りを見ることができてきたようだ。
少し嬉しくなり、私は周りにはわからぬようにほほえみ、自室へと向かった。







部屋に入ると案の定、ティリアが待ちかまえていた。

「戻ったぞ」
「お疲れさまです、スコルピオス様」


マントを脱ぎ、重い防具をはずして普段の楽な白い服へと着替える。
ティリアは私に水を注ぎ、着替え終わった私に差し出してきた。

「お疲れでしょう。どうぞお水を」
「ああ、悪いな」
「今日はエレフの稽古だったのですね。どうですか?」

水を口に含み、体の中へ流し込む。冷たい水はすぐに身体に染みこんでいった。

「…成長が早い。嬉しいのだがな」
「そんなに早めに戦場にでられても、困りますね」

ティリアは苦笑をし、私に水を注ぎ足す。

「ミーシャも、エレフはあんなに泣き虫だったのにいつのまに強くなったのかしら、と言ってました」
「そうだろうな。私の目から見ても、泣かなくなったと思う」
「かわいいおとうとには、戦には出てほしくないですね」
「ああ…本当に。自分が稽古を付けるとなると余計に、な」


私はまた水を飲み干すと、コップを机の上に置いた。ティリアも水差しを机に置き、共に寝台へと腰掛ける。

「最近は…周りの国々も力を付けていますからね」
「ああ。戦に出る時間も多くなる。被害も多くなるだろうな。その為にはエレフの早急な成長が不可欠、というわけだ」
「早く成長したからと言って、まだ15にも満たないエレフを戦場に送るようなことは…」
「心配するな。そこは私とレオンが何としてでも止める」

はっと思い出したかのようにエレフの心配をしたティリアは、苦い顔をした。
しかし私の言葉を聞くと、安堵の表情を見せる。


「だが…エレフの隊が増えれば戦の勝率が上がるのも事実。エレフには徹底的に死なずに生き残る戦の仕方を学ばせなければな」
「ふふ、そうですね。生きてもらわなければ困りますから」



周りの国々がだんだんと力をつけてきている今、エレフの存在は大きい。相手が力をつけてくる分、戦の期間が長引く。
ただ私にはティリアという待つ人が居るため、なるべくでも確実に生き延び、勝つ戦がしたいのだ。

婚儀を先に挙げるという手もあるが、いつ相手国が攻めてくるやもしれん。そんな中で婚儀など危険であり、むしろ攻めてくれといっているようなものだ。なにしろ、ティリアを危険な目に遭わせるわけにはいかない。
だが、なるべくでもはやく婚儀を挙げ、父や義母、民からの声からティリアの不安を取り除かなくてはと、私は内心焦っていた。


「ティリア、あのだな、」
「はい?」
「婚儀は、早い方がいいだろう?」
「……それは、そうですが」
「今、ポリュデウケスやカストルが予想している戦は、次の山でこちらの力をみせつければ一段落するらしい。支度の期間は短いが、そこで婚儀を挙げようと思うのだが、どうだ」


大胆な作戦だが、宮殿内の者たちから「まだ婚儀は行われないのか」という重圧に耐える必要がなくなる。
ティリアの肩の荷も下り、少しは気を抜くこともできるだろうという私なりの配慮であった。
しかし…


「いけません」
「何?」
「それでは、また敵国に攻められる可能性が残っているのでしょう?それならば行わないべきです。もし攻められたりでもしたら、戦えぬ民が――女、子供が巻き込まれてしまう」

それはいけないです、といって私に訴える。
確かにそれは正当な答えである。が、いつ婚儀を行うかわからないまま過ごしても良いものか。ティリアにかかる重圧も心配だ。


「わたしは、大丈夫です。婚儀はいつ行っても良いのです。しかし、それは戦が完全に落ち着いたと判断されてからで構いません。それが2年であろうと5年であろうと、私は婚約者のままでありつづけます。いつまでも待ち続けます。それに、スコルピオス様と恋人同士という時間も、私はほしいから、いいの」


だから、遅くなってもかまいません。と私の手を自分の手で包みながら言った。

「だがな…」
「そんなに急いでもどうしようも無いじゃないですか」
「私は…心配なんだ。お前が」


私の手を包んでいた手をこちらへと引き、自分の腕の中に閉じこめる。
突然のことに驚いたティリアは腕の中で固まっていた。

「すこ、」
「民からも、宮殿の者からも、いつだいつだと言われ続けるのは辛くはないか…?」
「それ…は」
「自らを追い詰めてないか?何か、文句の一つや二つ…言っても罰は当たらないぞ」


正直、自分は他人の心情をわかってやろうと思ったことは滅多になかった。だからこういう時に、相手はどういう気持ちなのかどうしたら良いのか、よくわからない。
はっきりと言ってもらわないと、どうしようもできなかった。


「私は大丈夫です。婚儀のことだって、まだまだ大丈夫です。それより私には、スコルピオス様の心が離れていってしまうのが一番嫌…」


不安なのか私の服をぎゅっと掴み、ひっついてくる。
私が離れていくのが“一番嫌”という言葉に応えるように、私はもっとずっと離れないようにと腕の中へと閉じこめた。


「婚儀を前に、スコルピオス様の心が離れていってしまったら、私には何も残りません。スコルピオス様がそばにいるということだけで、私は耐えられます」
「…そうか」


そのティリアの言葉が本心でなくとも―――私がそばにいるだけでは耐えられないとしても、私はできる限りの時間、この娘のそばにいよう。

ティリアの言葉に甘えることになるのだが、今回はこれで終わりにしておこう。




ティリアはいつまでも待つといった。
だから私はただ、戦に勝ち続ければいい。
勝って、またここに戻ってくればいい。ティリアの待つ、アルカディアに。

腕の中に納めていたティリアを解放し、自分と向き合うように身体を離す。
ティリアは一瞬、名残惜しそうな顔をしたが、すぐにそれを見つからないようにと隠した。


「ティリア」
「はい」

しっかりと瞳を見つめる。
これは口先だけではない、心の底からの、本当の決意。


「私を信じていろ。必ずここに戻る」
「承知、しました」



すっと互いに顔を近づけ、口づけをする。
まるで、それは誓いの口づけのように。





――――――――――
正直、婚儀までは長引きます。
大丈夫です、幸せにしますから!

書き終わり 2009.04.18.
加筆修正 2011.09.09.
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