覚悟
今日は軍の訓練があり抜け出せない。いつもの軽い仕事なら部下にまかせるのだが、演習となると何もいえない。
エレフも最近は、ミーシャと別行動をしてレオンや私と共にいる。まだ中には入っていないが、少しずつ慣れさせる予定だ。
逆にミーシャはティリアや義母と時間を共にしているだろう。
最近は、いつ婚儀を挙げるのかという言葉ばかり耳にはいる。ティリアの耳に入っていないはずはないが、そう急かされても逆にやりづらい。
…そろそろとは、思っているのだがな。
一方、ティリアの方では。
ミーシャと共に裏の庭園でのんびりとしていた。ミーシャは蝶と戯れ、ティリアはその光景をほほえましく、風を髪に受けながら見ている。
やがて蝶がミーシャの追いつけない場所まで飛んでいってしまうと、ミーシャがこちらへ駆け寄ってくる。
「ティル姉さま!蝶は好き?」
「ええ、好きです」
「じゃあ鳥は?」
「鳥も好きです。空高く舞い上がり、何でも見れるような翼を持っていて…憧れます」
「エレフも好きって言ってたわ。どこまでも行けそうな気がするの!」
「ふふふ、そうですね」
ミーシャは最近、よく質問をしてくる。今まで共に居なかった時間を取り戻すように、私を知ろうとする。逆に私もミーシャに質問をする。私もミーシャのことがもっと知りたいから。
「…ねえ、ティル姉さま?」
「なんですか?」
「なぜレオン兄さまには敬語じゃないのに、私やエレフには敬語なの?」
「あ…」
「なんか嫌。…仲間外れみたい」
「違います、ミーシャ」
「ほら、また!」
ミーシャは涙目になりながらむすっと唇をとがらせている。
ぽすっと私の隣に座り、膝を抱えて座る。一種のぐれてるポーズだ。
「私は姉さまとふつうにお話したいわ。なんだか女中と話しているみたい…」
「ミーシャ…」
「ねえ、お願い姉さま。私が王女だなんて関係ないわ、姉さまは私の姉さまなんだもの。姉さまが妹に敬語を使うなんてなんだか変。私はふつうにお話したいわ」
「…わかったわ、ミーシャ」
「姉さま…!」
ふくれていたミーシャは顔をぱあぁと明るくし、とびきりの笑顔で私に抱きついてきた。
「姉さま。私、姉さま大好き!」
「ありがとう、ミーシャ」
「えへへっ」
確かに、いまだに王家の人間になるなんて思えない。妾腹とはいえ、国の王子と結婚だなんて。
しかもあの、スコルピオス様と婚約。夢だと言われてもおかしくないくらいびっくりだ。
同じことを何回も言うようだが、それほどに奇跡的なこと。
だから…こんな私が、相応しくないんじゃないか、本当にいいのか?そんなことが頭をぐるぐると駆けめぐり、少し後ろに下がったところからここまで来てしまった。
ミーシャは幼いながら故に感じ取ってしまったのだろう。いや、ミーシャだからわかったのかもしれない。
「ティル姉さま」
「どうしたの?」
「私ね、結婚って大好きな人としたいって思ってるの。でもカストルは何故か否定するの。ダメかな?」
「世の中には…好きでない人と結婚する人もいるのよ。お家のために、生活のために」
「そう…なの」
「そうなの。でも結婚というものは大好きな人とするものよね。それが本来、一番良いものね」
ふぅん…といって難しそうな顔をする。まだ分からないかな?
すると遊び疲れたのか、ミーシャが小さくあくびをした。私の袖を引っ張ってきたので部屋へと引き返す。
「ティル姉さまは?」
「うん?」
その場に立ち、服の汚れをはたいているとミーシャに問われた。
何を問われているか分からなかったが、先ほどの会話の内容の続きだとすぐにわかった。
「えっと、結婚かしら?」
「スコピ兄さまと結婚するんでしょう?大好きだから結婚するのではないの?本当は好きでないの…?」
…痛いところをつかれた。
そりゃ好きは好きだけど、まだ本人にも片手で数えるほどしか言ったことがない。スコルピオス様のことが好き、と言うだけで、本人に言わなくても顔が赤くなるだろうことはもうわかる。
下手にミーシャの前で赤くなったりでもしたら、レオンにもエレフにも本人にまで知れ渡るだろう。
しかし、ここで「すきだ」と言わないと誤解を招く。赤くなることを承知で口に出した。
「すきよ。ちゃんとスコルピオス様が好き」
「大好き?」
「ええ、…大好き」
「本当!?よかった、私もスコピ兄さまだいすきっ」
ふふふ、と笑い、私の手を取り部屋へと走り出す。
「ミーシャ、転ぶわ!」
「大丈夫よ、姉さま!それより、エレフやレオン兄さま、スコピ兄さまが帰ってきたわっ」
いつの間にか部屋とは違う方向へ走り出している私たち。
向かった場所は、彼らが帰ってくる場所。
見えてきた、愛しの人が。
「エレフ!レオン兄さま!スコピ兄さま!」
ミーシャが盛大に叫ぶと、そこにいた顔という顔がこちらに向いた。
その中からひょっこり、ミーシャと同じ髪をした少年がでてきた。
「ミーシャーー!」
「エレーーフ!」
そんな2人を見て周りの兵たちはニコリと笑みを浮かべる。
「おやおや、エレウセウス殿下は本当に」
「アルテミシア王女が好きなんですな」
私の側から離れていったミーシャは、エレフの頬に出来ている傷を心配していた。
その光景はなんだかいつもと違って、エレフも男の子に、強くなっていっているのだと感じさせた。
「…スコルピオス様」
ミーシャの後から追いつくと、私は中でも目立つ赤い髪の持ち主に近づく。
「お疲れさまです。お怪我はありませんでしたか」
「あぁ、大丈夫だ」
「まあ。嘘を言わないでください」
大丈夫というが、明らか顔に赤い跡があるのを発見した。まともに当たらなかったのかもしれないが、剣が掠ったらしいちょっとした跡。
その頬にそっと手を伸ばすと、吃驚したのか身を退かれた。
「頬に傷があります」
「…女が血を触るものではない」
「あら、女性は定期的に血を見るものですよ」
む、と口を閉ざした隙に血をぬぐい取る。
少し汚れたが、別にこんなの気にしない。
「無理はなさらないでくださいね」
「…あぁ」
意地っ張り。
会話をしてみて、ふれてみて分かった。この人は負けず嫌いで意地っ張りだ。そこが可愛く思えるというのだが。
でも、死ぬまで私はこの人に寄り添っていく。
「あ、」
「?」
「言い忘れてました」
「何をだ」
「おかえりなさい」
死ぬまでこの人の帰る場所になろう。
これから何年先も、こうやって帰ってくるあなたを迎えよう。
共に生きる覚悟を決めました。
やっと、心の底から自信を持って。死ぬまで貴方に寄り添う、と。
もう他の抜け道はいらない。
貴方の隣が私の進む“生”だから。
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完成までにだいぶ時間がたちました。
覚悟を決めたって言うのは、王室に嫁いできて自分で目標を持ちながらも夫のそばでしっかりと強かな女でいようという覚悟です。
書き終わり 2009.04.18.
加筆修正 2011.09.08.