2 きっとまた




あれから一週間。イルミはこの日を楽しみにしていた。
許嫁が来る、この日を。

初対面で「思ったより普通」と発言した割には気に入っていた様子だった。
そんなイルミをみてシルバは満足げだ。気に入らない相手と結婚しても意味がない。イルミが気に入るかが問題だった。あちら側もイルミを気に入った様子だったので、ひとまず安心だろう。

そんなゾルディック家の2人がリスウィー家の広大な庭(ゾルディックには及ばないが、)に飛行船で訪れた。



「わざわざ来てもらって、感謝する」
「大事な娘を引き取らせてもらうからな。これくらいお安いご用だ」

シルバとシャルドが握手を交わし、その様子をイルミがシルバの後ろから見ている。

「ねえ、あの子は?」

シルバの服を引き、辺りをくるくると見渡すイルミ。目的の人物が見あたらない。

「トウリか。もうすぐ来ると―――ああ、来たよ」

イルミの問いにシャルドが答える。シャルドが指差す方を見れば、トウリがこの間の人形を持ち、母親らしき人物と手を繋いで来る姿が見えた。
近くに来ると母親から手を離し、人形をぎゅっと抱き締めて歩き出す。


「こんにちは、」


小さく呟いた挨拶の言葉に、シルバも返し、イルミも返す。

「準備は出来たか、トウリ」

シルバの大きな手がトウリの頭にぽすりと置かれる。俯きがちだった頭がピクリと反応し、小さく頷いた。

「まだなにか足りないか」
「ううん…ちがう。きょうがいっしゅうかんだもの」
「不満か?」
「パパと、ゆうえんちに行けなかっただけ。だからへいき」
「そうか…偉いな、トウリは」

呼ばれる名に、一々反応してしまう。
父以外の成人男性に名前を呼ばれることが滅多になかったため、シルバに名前を呼ばれると嫌でも反応してしまう。きっとシルバは気付いているのだろうが。


「荷物は積み終わったか?」
「ああ、もう終わったよ。足らない分は後日送らせてもらう。…さ、トウリ」

父に肩を叩かれ、トウリは父の顔を見るために上を向く。その瞳は潤み、表情はそれを必死に隠している。


「ママ…」

シャルドの数歩後ろにいた母にしがみつく。母はしゃがんでトウリをきつく抱きしめた。

「あかちゃんが見れないのはさみしいけど…」
「赤ちゃんもトウリと離れちゃうのは、さみしいって」
「…でも、げんきにうまれてきてね。それでまた、あいましょう」

よしよしと母の膨らんだ腹部を撫で、再び母の首に手を回してだきついた。

「元気でね、トウリ。辛くても悲しくても、笑顔を忘れちゃダメよ」
「うん。ママもげんきなあかちゃんをうんでね」

トウリは母の腕から出、今度はシャルドの足にしがみついた。シャルドはトウリを抱き上げ、母と同じく抱き締める。

「パパ…だいすき」
「ああ、俺もトウリが大好きだ」
「ゆうえんちはいけなかったけど…おしごとでママをかなしませちゃだめよ」
「そうだな…パパがしっかりトウリの分も、役に立たないとな」

ぎゅうっと抱きしめ、シャルドは愛しい娘の頬にキスを送る。トウリが下へ降ろされると、ゆっくりとイルミに向かって歩き出した。



「しあわせにしてね」


正面に立つ許嫁に、イルミは少し戸惑った。しかし震えるトウリに、守りたいと思ったのも本音。ぎゅっと手を握ってそれを返事にした。


「では、そろそろ」

息子と娘がいい雰囲気なのは分かっていたが、時間が惜しい。シルバはしぶしぶ言葉を吐き出した。
飛行船へ向かおうと足を踏み出せば、シャルドが待ってくれ、とそれを止めた。

「こいつも連れてってくれないか」

こいつ、と呼ばれた先にはシンプルなメイド服を着た女がいる。

「ルゥっていうな、トウリの付きメイドだ。稽古もこいつが少しつけてた。執事の仲間に入れてやってくれよ、それなりに強いからな」
「…歳は」
「19にございます」
「ゾルディックにいったらトウリに一日中付かせなくていい。むしろ離して、普通に執事として就かせてやってくれ」

頼む、とシャルドがいう。彼が強いというからにはそれなりに強いのだろう。得体の知れぬ人物を家に招くのはいただけないが、家についてから力を見させてもらえばいい。

「わかった。乗れ」
「かしこまりました」
「じゃ、トウリとルゥを頼むよ」
「ああ…それでは。大事な娘はしっかり育てよう」


シルバとシャルドは再び手を取り、強く握りあう。シルバがイルミ、トウリ、ルゥと共に去っていけば、母は深く頭を下げた。







飛行船で自身の家が見えなくなっていくのを、トウリは必死に泣かぬように見つめている。ぎゅっと、イルミがトウリの手を握っていた。


「さみしい?」

イルミが口を開いたことに驚いたのだろう。トウリは全身で反応した。

「…さみしい。でも、また、」
「また?」
「きっとまた、あえるもの」


自身の手を握っていたイルミの手を、ぎゅっと握り返す。小さくなる自身の家に、寂しさを隠しきれないトウリだった。




2012.01.22.


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