(流血表現有り)と、ヒソカに試験後に修行を見てもらうと約束づけた私は、とりあえずヒソカの腕から解放されてみた。意外と説得し倒すと折れてくれるものだ。
「ヒソカさん、そろそろ日が沈むんで」
「うん、一緒に寝ようね☆」
「ふざけてるんですか」
「ボクはいつでも真剣だよ?」
「そんな怪しい笑顔で言われても説得力ありませんから」
「ひどいなぁ」
もうすぐ夜。日が傾き、綺麗なオレンジが照らしていた。
日が沈むのははやい。短時間でオレンジから闇色へと変わってしまうから。暗闇で目が利かないわけではないけれど、できれば動きたくないから日が沈むと同時に身を潜めていた。が、ヒソカがいる今、それは簡単にはいかないようだ。
「本当に一緒に寝るんじゃないでしょうね」
「本気だよ◆」
「…お願いですから遠慮させてください」
「いいじゃないか☆用心棒だと思えば◆」
「用心棒と一緒に寝るとか意味がわからないんですけど」
「ボクに寝るなって言ってるの?」
「用心棒なら是非寝ずに私を危険から守れるように起きていてください」
「それはお断り☆」
私が寝る体制に入れないのは、ヒソカの所為。確実にこのヒソカの所為。
私が寝た途端に、構わず隣に来るだろう。そんな状態で私が寝られるか、いいや寝られない。
「ところで、ヒソカさんはその傷、平気ですか?」
「傷?」
「三次試験の後からある、その、肩とかのです!」
「ああ、これかい?大丈夫だよ、大したことない◆」
「あ、そうですか」
別に治療する気もないけれど、目の前に怪我した人がいて、しかもそれが数日も前からだから気になっただけ。本人が大丈夫と言うなら大丈夫だろう。
でも、どうしても目線が傷の方にうつってしまう。
時折、血に反応してしまう自分がいる。
血を見ると頭が沸騰したように熱くなって、息が苦しくなる。心臓のドクドクという音が直接頭に響いて考えられなくなる。
実力があるかないか、見て結構わかる方だ。だからかわかってしまう。比較的強い人の血を見ると、“こう”なってしまうと、私は知ってしまった。
「……っ」
「どうしたんだい?寝ないの?」
「ヒソ、カ」
「うん?」
はあ、と息が荒くなっていく。それを悟られないように口元を手で隠すけれど、それはきっと止まらない。闇が私たちを包み込み、視界が働かなくなって代わりに耳がよく働くだろう。この荒い息遣いも、ヒソカになら簡単にわかってしまう。
「メイ?」
「…い、そ」
「え…◆」
「おいし、そ」
何も考えられない頭。それでも身体はしっかりと動くのが、憎い。
勝手に動いていく身体はヒソカに寄り添い、くっつく。私の行動に驚いたのか動かないヒソカの肩に手を置き、そのまま怪我をしている方へ口を近づけた。
「◆」
「…、あ」
ほのかな血の香り。其れが余計に頭を働かせなくし、思考を奪っていく。朦朧とさせる鉄の香りが魅惑的で、どんどん口を近づけたくなる。そのまま口に含んで、噛み付きたくなるような、そんな―――
「メイ」
「…っ!」
「大丈夫?」
「ご、ごめ…なさ」
ヒソカの冷たく呼ぶ名前で沸騰しそうに熱くなった体が一気に冷める。意識がはっきりとし、思考が戻ってくる。自分のしていたことに恐怖を覚え、ヒソカから身を引いた。何でよりによって、ヒソカ相手に、あんな。
しかしそれもかなわず、ヒソカはぐっと腕を引いて私を閉じ込める。
「さて、キミは今、何をしようとしたの?」
「…いいたくない、です」
「じゃあ質問を変えるよ。ボクに危害を与えようとした?」
危害といえばそうかもしれない。噛み付きたいと思ってしまった以上、それはヒソカにとって危害に他ない。
コクリと腕の中でうなずけば、ヒソカは私の頭をぽんぽんと叩き始めた。
「ボクの予想だけど…血がほしい、のかな?」
「なん、で」
「迷わず肩に行ったからね。それに匂いも嗅いでいた◆」
ヒソカに隠し事はできないかもしれない。それにわずかな行動で私の思考も行動も、きっと察してしまうだろう。
確かに迷わず肩にいったし、匂いも嗅いだ。そのまま“おいしそう”と感じ、“噛み付きたい”と思った。
「言うのが怖いかい?」
「……ん、」
「ボクに言ってごらん…大丈夫、怖くないから◆」
ぎゅっと力を込められる腕に安心する。頭に置かれた手に、安心する。そっとヒソカの胸に顔を埋める。
なんでこんなに安心するんだろう。相手はヒソカ、危険人物と言われる男なのに、こんなにも安心するなんて。
そう思いはするが、この男には話しても平気なような気がした。だからそっと、言葉を紡ぐ。
「時々、本当に時々、血を見ると何も考えられなくなるんです。心臓がドクドクいって、頭が働かなくなって、何も考えられなくて…気付いたら体が勝手に動いて、血が飲みたくなるんです」
「さっきのはその状態?」
「はい。でも誰でもいいわけではなくて、実力のある、強い人の血を、飲みたくなるんです。其れが、自分が怖くて…抑えようとしても抑えられなくて。だからあまり血は見たくないんです。ヒソカさんみたいに、強い人の血は、特に」
強い人と戦って、血を見て自分を抑えられなくなる場合もあるかもしれない。だからできるだけ戦いは避けたい。このサバイバルでは特に思った。
一週間、試験も始まり数日たっていて、いつ起きてもいいと感じていた。いつ起きてもおかしくない、血が流れる可能性は十分に高く、警戒していたにもかかわらず。
「このとき、私の目は…っ 軽く光っているらしくて…」
「確かに、少し光っていたかな◆」
「自分じゃなくなるみたいで、怖くて……警戒はしていたんですけど、自分で抑えられないんです」
ぎゅっと、ヒソカの服を握りしめる。
自分が怖い。自分がなくなってしまうんじゃないかという恐怖。今すがれるのは、目の前のヒソカしかいない。
「じゃあ飲みなよ◆」
「…え?」
「飲みたいんだろう?いいよ、飲んでも☆ほら傷も作ってあげるから」
身体をそっと離したヒソカは、自分のトランプを出してその腕を傷つけた。
あふれだすのは赤い血。再び浸食されていく自分の思考。
この人、何考えてるの!自分から腕傷つけて血を出して、おかしいでしょ!
「っま、ヒソカさん…!」
「ほら、いいからとりあえず飲みなよ◆」
滴る赤に、動悸がする。目の前に差し出された腕に、きっとこの荒い息がかかっているだろう。それもわかるのに、止められない。思考がどんどんと赤にしか向かない。誘(いざな)う香りに酔いそうだ。
そっとヒソカの腕をつかみ、滴っていく赤に口をつけた。
「……ん、…ッん」
「…へぇ◆」
「っは、ん」
鉄の味が口に広がる。それでも喉を潤していく。甘美な赤に、すがりついて。
「…ふ、…ぁ、」
舌で舐めて、口に含んで傷口を吸う。ちゅ、と音が鳴るのが自分でもわかった。
ヒソカの血が、おいしい。やっぱりこの男は強い。この血に混じる強さを感じる。ああ、この香りが私の喉を潤していく。
そのまま傷口から赤がおさまると、そっと口を離した。目的の物が流れていないから口をつけている必要もないし、私も満たされたから終わりにした。
「ヒソカ、さん」
「なんだい?」
「…ありがとうございました」
「どういたしまして☆」
肩やわき腹の傷は日が経っているが、今つけられた傷は明らかに自分の所為。私は自身のバッグを漁り、カーゼと包帯を取り出して処置を施す。
「傷が思ったより浅いね◆」
「私が舐めると、少し怪我の具合がよくなるよう何です」
「ああ、そういうこと◆」
私が舐める傷は、舐める前に比べて浅くなる傾向があった。今回のヒソカの傷もしかり、今まで血をいただいた人の怪我は少し良くなっていた。血をいただく代わり、というのは気持ちよくはないけれど。
「で、ボクの血はおいしかった?」
「……はい、とても」
「強い人の血はわかるの?」
「強さなら大体、わかります。わかるというか、感じる、と言った方がいいですかね」
「直感ということかな☆」
「そんなところです」
包帯を巻き終われば、ヒソカは怪我した腕のほうの手をグーパーして見せた。そうしてクスっと笑い、私を見てその笑みを深める。
「ボクに敬語はやめなよ◆」
「え?」
「いいよ、敬語なしで☆そっちの方が楽だろう?」
「そ、それはそうですけど」
「試験が終わっても一緒に居るわけだし、気を使ってちゃやってられないよ?ね、決定☆」
突然だけれど、無理矢理決定させられてしまった。
とりあえず慣れさせていきますと言って、まあどうにかなるだろうとその場を収める。たしかにこれから指導してもらうのに気を遣いすぎてちゃできるものもできなくなる可能性はある。ヒソカからの提案は正直助かった。
それでも今の事は、ヒソカにとっては害になったことだろう。私のために、腕を差し出してくれたわけ、だし。
「すみません、いきなり、こんな」
「ボクが言い出したことだ、気にすることじゃない◆」
「でも、」
「いいから、もう寝よう☆ボクは少し離れたところで寝るから、安心して◆」
その日はそのまま横になった。ヒソカは言葉の通り、少し離れたところに寝転がって、それ以上に近づくことはなかった。
目を閉じて、先ほどのことを思い出す。
強い、この男は強い。血の味が濃くて、とても甘美。強い酒のように、私を酔わせ、喉を潤し、充たした。
それでもいきなり血がほしいと言った私を、ヒソカは何事もなく受け止めただろうか?受け止めなければやすやすと血を飲ませるとは思えないけれど。でもどうして、自らの腕を傷つけてまで血を提供してくれたのだろうか。血を飲ませた後に何か起こるかもしれないのに、飲ませた後のことも聞かずに、なぜ、傷を作ってまで。
考えれば考えるほど、ヒソカの考えがよくわからない。
でもきっと先程の件で、私はヒソカに居場所を求めた。今までしっかりとこのことを自分の口から紡いだことは少ない。これからヒソカに何かをゆだねてしまうような、そんな気がしてならなかった。
寝る前に施したヒソカの腕の包帯。その白が、目の奥に焼き付いて離れなかった。
まるで自分のした罪を、忘れないようにと。
――――――――
メイは強い人の血を欲しがることがあります。ちょっとした吸血鬼みたいなものです。
男女問わず、より強い人の血がいいらしい。
ちょっとした癖のある設定です。これは後々の話に影響してきますので、今は内緒ということで。