庭球 | ナノ





拒否権のない選択制のお誘いに、私はなすがままで幸村くんに絶賛引っ張られ中です。

「ね、ねえ幸村くん!」
「ん?何、どうかした?」
「どこ、向かってるの…?」
「部室だよ」

ええええ!
やっぱり、拒否権ないと思ったけど!そんなに無理矢理マネージャーさせられちゃう訳ですか。私、返事してないけれども、やっぱり了解しかないんだよね…。幸村くん、優しそうな人だと思ったのに結構無理矢理で強引な人だったんだ。

「あれ、俺優しいでしょ」
「え!」
「選択させてあげたんだし、優しいよ、俺」
「…そうですね」
「まあ緊張しなくてもいいよ」
「へっ?」
「みんな着替え終わってるだろうし、紹介するだけだから」
「は、はい」


何故か幸村くんは私の考えてることがわかるらしい。そんなエスパーな、ってんな訳あるかあああ!ぜ、絶対ダメだ、関わっちゃいけないんだよやっぱり。でも敵に回したくないというか、逆らったら何されるかわかんないね!

「色々楽しそうに考えてるとこ悪いけど、部室についたよ」
「あ…どうすれば」
「とりあえず俺が何か言うまで隣にいてくれればいいよ」
「はい…」

そういった幸村くんは綺麗な笑みを私に向け、部室を2回ノックし、扉を開けた。
ガチャリ
幸村くんが部室に入れば、手首を掴まれている私も必然的に一緒に入ることになるわけで。


「先輩方も待たせてしまってすみません、マネージャーになってくれる子を連れてきました」

ぐいっと腕が引かれた。
その拍子に今まで幸村くんの後ろに隠れていた私の体は幸村くんの隣にあって、部室にいたテニス部の方々にさらされたのだ。
視線がいたい。ここにいる人たちの視線が私にズバズバと突き刺さってくる。
幸村くんは隣でにこやかに佇んでいるんですけど、ちょ、どうにかしてくださいませんかね?

「あんまり視線を注がないであげてください。彼女、慣れてないので」
「あ、ああ、そうだな」

そりゃ、あなたたちみたいな人気を集める人間じゃないんで、注目されること事態緊張しますよ、普通。そして先輩と思われる方、もっと心配をしてくださるととても嬉しかったです。

「で、名前は?」
「えっ あ…」

突然振られた話題に、どうしようかと幸村くんをチラ見すれば「軽い自己紹介、でいいよ」と言われたので、言われたとおりに軽く自己紹介をする。

「えっと、1年D組の藍沢葵と申します。外部入学でテニス歴はありません…」

実際テニスなんて体育で基礎くらいしかやってないし、ルールもはっきり知っているわけではない。じゃあ何故マネージャーに、と言われれば、

「…が、幸村くんに声をかけていただいたので、やらせていただきたいと思いまして」


隣からの無言の圧力に圧倒され、誤魔化しながら理由を述べた。超怖い、超怖い。この隣の人超怖い!引きつりながら笑えば、先輩と思われる人物が吹き出した。

「ぷっ ははは、まあ幸村に言われて断れなくて来たって顔だな」
「いや、えっ その」
「まあまあ、わかりやすい表情ありがとう。で、本当によければ何だけどマネージャーやってくれないかな」

優しそうな人。だけどスポーツマンって顔で強そう。きっと他の人が喋らないところを見ると、この人が部長なのかもしれない。

「ほ、他の子とか、マネージャー希望する子は、たくさんいると思うんですが…」
「んーそうだね、いるんだけどさ。大抵ファンの子だからマネージャー業を甘く見てる部分もあるし」
「はあ」
「君…藍沢さん、だっけ。見たところテニス部に興味なさそうだし、安心してマネージャー頼めそうだから、よかったら是非」
「う…」

あああすごい気のよさそうな部長さん(仮)が笑顔を向けて私に頼みごとをしている!これは断ったら天罰が下りそうだ…でもいきなり部活とかいきなりマネージャーやりますとか無理じゃなかろうか、人とか絶対覚えられない自信ある。

「…人、覚えるの苦手ですけど」
「それなら、レギュラーと準レギュラー専用マネになればいいよ」
「えっ(何言ってるの幸村くん!)」
「そうだな、全体のマネージャーはキツいだろうし。俺たち専用マネがいいな!」
「ふふ。これなら15人にも満たないから、大丈夫だよね」
「…ソウデスネ」
「じゃあやってくれるか!よろしくなー藍沢サン!」


幸村くんのいらぬ助言により、私、藍沢葵、本日付けで男子テニス部マネージャーになりました。
私に拒否権はないらしい。



「部長の錦です。先輩が引退して新部長です」
「改めて、副部長の幸村だよ」

やはりさっき会話した人は部長さんだったらしく、に、錦先輩、というらしい。よし、覚えなきゃ。絶対忘れるなよ、私。錦先輩錦先輩錦先輩錦先輩にしきセンパイ!部長さんなんだから絶対忘れるなよ私!
1年ながらにして副部長の幸村くんには驚いたけど、確かテニス部ファンの友達が「幸村くんはすっっっごい強いんだから!」と言っていたような気がする。テニス強くて綺麗で格好良くて美人で、なんだか羨ましい限りのお人ですね幸村くん。

「ここにいるのが一応、レギュラーと準レギュラーになるから」

そう言えば部室に入ってから周りをよく見ていなかったことに気づく。話していたのは錦先輩と幸村くんだけだったし。これから(不本意ながら)お世話をする人たちなんだし、顔は覚えておかねばと部室にいる人々を見渡せば……なんて派手な髪色の方がいるんでしょうね。

「えっと、もしや丸井くん?」
「おっ 俺のこと知ってる?やった、有名人ー」

私が名前を呼んだからか、丸井くんは私を食い入るように見ていた目を細めた。ファンの友達が丸井くんのかわいさを延々と語ってくるのでキーワードを当てはめてみたら当たっただけです、なんて言えなくなった。
あとは失礼ながらみたことあるのが数人いる程度だ。腕を組んでどーんと構えている風紀委員の真田くんに、銀髪の仁王くん。…残念ながらあと幸村くんしかしらなかった。
それを察したのか、幸村くんが学年とクラス、名前だけの自己紹介を薦めてくれたので、頑張って名前と顔を一致させるように聞いていた。


「さ、今日はこれで終わりっと。じゃあみんな明日朝練忘れんなよー」
「「ういーっす」」

部長のお開きの声に、各々が返事をしていく。あ、そういえば朝練?

「錦先輩、藍沢さんは…」
「ああ、マネージャーは朝練とか平気だよ。あ、でも明日の朝、少し早くここにきてくんないかな。話があるから」
「あ、はい」
「これからよろしくな」
「こ、こちらこそ、よろしくお願いします」


なんだろう。私、錦先輩に頼まれたら何でもやりそうな気がする。幸村くんからの錦先輩なら確実に奴隷並に聞いちゃうかも知れない。まあそれは錦先輩が優しくて信頼してくれるからで決して恋な訳ではない。部長がこの人で本当よかった。

そのあと「送ろうか?」と幸村くんに言われたけれど、「いいい、いいです!」とどもりながら返事をした。いきなり何を言い出すんだこの人は。さっそく私を明日殺す気ですか!マネージャーの件しかり私をころそうとしているんじゃないかと思うんだけど、どうですか!


「じゃあ気を付けて帰ってね。マネージャーありがとう、また明日」

意外とすんなりしてくれて、そのまま幸村くんはラケットバッグを背負って帰って行った。その前に私すんなりと幸村くんと一緒に部室からでてきたのか。
まあいろいろあった1日だけど、これから私の学生生活がガラリと変なものに変わるんじゃないかとビビりながら家路につくのだった。
あ、明日は少しはやめに部室行かなきゃいけないのか。



―――――
書き終わり:11.02.18.
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