庭球 | ナノ

14




いつも通りの授業。そしてそれが終われば皆が楽しみな部活の時間。
男子テニス部もそれは例外ではなく、皆すぐにテニスコートへと入っていた。

幸村がコートから戻り、部長の錦がすれ違いでコートへと入る。そのまま幸村が他のコートの様子を見ていた真田と話をし始めた。
丸井や柳生などはしっかりと体操を行い、コートへ入る準備を行っている。

すると―――


「うっわ、すげ」

明るい無邪気な声が耳に届く。幸村が声のする方へ顔を向ければ、黒いくるくるとした髪の少年がコートに入ってきていた。

「あ、幸村ぶちょー!」

幸村を視界にとらえ、少年がブンブンと手を振ってきたのを確認すれば幸村は目を見開いてため息を吐いた。

「(ああ、なんで来るんだ…)」

真田もそれに気が付いたのか、少年を確認して幸村と同じようにため息を吐いた。


「どうしたんだい、赤也」
「へへっ 練習がアレだったんでこっちに来ちゃいました」


そのまま少年―――赤也へ歩み寄る2人に、周りも赤也の存在へ気が付いていく。


「いいかい、ここは高校だ。赤也はまだこっちへ来ちゃいけない」
「い、いいじゃないっすか…」

だってちょっと物足りないんスもん、と口をとがらせていう後輩の姿に幸村はどうしようかと眉をハの字にする。真田も眉間にしわを寄せ、この後輩をどうしようかと考えているようだ。


「…何をしている、赤也」

幸村と真田、そしていい加減周りが気がつき始めたのであろう。三強が揃って向かう輩など滅多にいるものではない。

「柳先輩!」

幸村と真田に苦い顔をされ、説教を食らったような気分だったが、柳が姿を表したことで満面の笑顔をつくりだした赤也。
しかしそれは柳の隣にいる人物によって固まった表情となる。


「…誰っすか、そいつ」

笑顔から一変し、鋭い睨みをきかせる赤也。

「え…っと、わたし?」
「そーだよ、誰だよお前。何でレギュラージャージ着てんだよ女のくせに」

目標はもう目の前の女しかいない。赤也の標的は女、こいつ誰だ。
鋭い目は睨まれれば余計に鋭さが倍増し、一般人には恐ろしく写るだろう。去年の中学レギュラー陣や、知っている者にとっては何の脅しにもならないかも知れないが。

「赤也、睨むんじゃない」
「柳先輩!何でっすか、誰っすか、コイツ」
「彼女はマネージャーだよ。マネージャーの藍沢さん」
「マネージャーだからジャージを着ていても不思議ではないだろう?」


幸村と柳によって勝手に自分を紹介されてしまった葵であるが、知らない人には紹介してもらった方が都合がいいので何も言わないでおく。
柳と途中から来たので、自分がマネージャーだと知らないのであれば他校か高校生じゃないか、はたまた異例の臨時朝会の日に休んだ生徒か。…敬語を使っているから高校生じゃない、という線が一番強い。だったら去年一年の皆が所属していた立海大付属中の後輩だろう。詳しくは知らないが。


「あ、の、マネージャーの藍沢葵です。よろしくおね…」
「認めねえ!」
「…は?」


葵が意を決して自己紹介をし始めた途端、目の前の少年が怒鳴りだしたことに、は?となるのは当然のことで。

「何なんだよお前、本当!急に出てきて何なんだよマジで!」
「な、なんなんだって…マネージャーだってさっきから」
「だから!何で急にマネージャーなんかいんのって話!は?まじファンかなんかなわけ?本当やめろよ、ファンがマネージャーとかないわ」
「な、」
「立海にマネージャーなんていねぇ。今までだっていなかったのに、こんなへらへらしたようなマネージャーなんかいらねーよ!」

ツンとすましたまま勝ち誇った顔で言う後輩らしき少年に葵はカチンと固まる。そんな葵に、怖じ気づいたかと赤也が笑みをこぼせば、バチンと乾いた音がコートを包み込んだ。


「あなたに私が必要かどうか判断して貰う権利はない。マネージャーが必要かどうかもあなたが判断する権利はない。必要性を考えられないのなら、あなたは幸村くんたちをしっかりとみていない証拠です。何が本当に必要か、不必要か、わからない?」
「っお前に何がわかるんだよ!」
「私よりも多くの時間を共に過ごしたであろうあなたには、しっかりとわかって欲しい!幸村くんたちだってそう思ってるはずです」

ぐっと握りしめた拳を葵に向かって振りかざそうとする赤也に、真田がその腕を掴んでストップをかける。驚いて真田を見返る赤也だが、真田の怖いくらいの視線に思わず目をそらした。
目の前の葵は、赤也だけをみつめる。


「赤也、その人は本当にマネージャーだ。俺が誘ったんだよ、やってほしいって」
「幸村ぶちょー!」
「俺はもう部長じゃないだろ。…それに、今の赤也には関係のないことだ」
「なんすか、それ…何でっ…俺、!」

冷たく言う幸村に涙ぐみながら言葉を紡いでいくが、赤也にはどうしても葵を認めたくないらしい。言葉につまって最後には葵を睨んだ。

「藍沢を睨むな」
「真田、ふくぶちょー…」
「俺は今、副部長じゃない」
「でも…」
「確かにお前が藍沢の是非を決める権利はないが、藍沢の仕事も見ずに決めるのはどうかと思う」

幸村に続いて真田までもが葵を庇い、赤也はもう何がなんだかわからなくなっていて、最後の要である柳に視線を縋(すが)りついた。そんな柳は苦笑し、赤也の頭をポン、と叩く。

「まあ俺がちゃんと言っておくから、ここはこれでお終いにしよう。藍沢も気にするな」
「…うん」
「よろしく頼むよ」

柳までも、と赤也は絶句した。まさか柳はそんなことはないと思ったのにという表情で、更に泣き出しそうに口を噛む。そしてそのまま葵を睨み、柳に連れられてコートを去った。


「ごめんね、藍沢さん」
「幸村くん…ううん、私は大丈夫」
「一つ下の子でね、去年まで一緒のチームメイトだったんだ」
「予想はついたよ」
「ちょっと甘やかしすぎた、かな」

そういって苦笑する幸村はそっと葵の頭に手をかざす。そのままぽん、と優しく叩き、沈んだ葵を慰めた。

「私より、あの子の方が辛いよ」
「…どうして?」
「信頼していた先輩が、しらない女を庇って自分に強い言葉でお説教だよ?私を恨みたくなるのは当然だし、きっと傷ついてる」

私より多くの時間を共に過ごした彼は、私が思うよりもずっと傷ついてる。

「中学でマネージャーもいない、高校でも今までいなかったから…戸惑うのも無理ないよ」
「藍沢言うのもわかるが」
「俺たちはもうこちらにいるんだし、こちらでどうしていようが赤也には関係ないのは確かだよ」
「でも…」


そこまで言って、葵は止めた。
確かに高校へ入って幸村くんたちが自由にするのは勝手だ。後輩の了承をいちいちとるまでもないだろう。それでもきっと、彼は傷ついた。紛れもないこの私の所為で。


(私もキツく言い過ぎたし…初対面で叩いて説教とか余計に印象悪くしちゃった)


初対面でのビンタに説教、これをしてしまって好印象を持とうだなんて考えてもいないし、逆にこれでどう印象がよいととれるだろうか。きっと彼は私の印象最悪で、しかも私から歩み寄っても今更な雰囲気で良い関係は築けそうにない。
カッとなってつい手を出してしまい、余計なことをしてしまったかも、と葵は自分の行動に反省をした。

「今日は蓮二がなんとかしてくれるから。それより俺、飲み物ほしいな」
「あ、飲み物、ね。ちょっと待ってて」


そのまま流れていつも通りの部活風景。葵もマネージャーの仕事でいっぱいいっぱいになり、先ほどの赤也のことをゆっくり考える暇もなかった。

(そうして考える時間がなく遠ざけた私も、ひどいよな…)


そんなことを考えながらも、部活は休む暇なく終了。
いつの間にか帰ってきていた柳にも何も聞けず、ただ赤也の様子を気にかけながら明日を向かえたのだった。




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赤也侵入&登場!
2011.
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