庭球 | ナノ

俺と図書室と彼女





ペラ、

紙をめくる音がする。
静まり返った図書室に響くのは何人かの本をめくる音。それは見えない閲覧室から、端の席から、本棚の前から、様々な場所から響く。それは隣からも例外ではない。

ペラ、

本の世界に飲み込まれてしまったかのように、周りの音が何も耳に入ってこない。そんなことは自分にもあることで。
先ほどまで自分が本の世界へ旅立っていたように、気づいて隣をみれば彼女が自分のようになっていた。自分の視線にも気づかず、作者の思惑通りの世界を旅しているのだ。

ペラ、

再びめくられる本のページ。幾度目かの光景。そろそろ自分も本の世界に戻ろうかと手元を見れば、もう読み終わっていた。
そっと席を立ち、近くの七不思議コーナーに戻してまだ手をつけていない本を取り出す。単行本ほどの大きさが手にしっかりと合った。
再び席へ戻れば、何も変わることなく本を読み続ける彼女。自分が席を立ったことなどなかったかのように、本の世界にのめり込んでいる。夢中になっているので声をかけることもなく、音を立てぬよう席へ着いて本を開いた。




ペラ、

隣で静かにページをめくる音がした。
ああそうか。今日は隣にいるんだ。一緒に来たんだっけ。そう思うのは随分の間、本の世界に入り浸ってしまっていたから。時間の感覚がなく、腕時計へと目を向ければ一時間以上も経っていた。そんなに経ってしまっていたのか。
いい加減この本の世界へ旅立ってしまう癖を止めないと、愛想を尽かされそうだ。彼だって本の世界へ旅立っているが、きっと何かしようとしているときに限って私が没頭しているから声をかけないでいてくれる。そんな優しさがあるから、溝が深まっていきそう。そんなのは自分がよくわかっていた。

ペラ、

再びその音が耳に届けば、彼はページをめくっていた。
あれ、本が違う。いつの間に代えてきたんだろう。そんな事にも気づかぬほど、本に夢中になっていただろうか。確かに今読んでいるものはファンタジーのようなものだ。本の世界へのめり込むのには十分な種類。あまりに夢中になっていて、彼もさぞかし驚いただろう。
と、よくよく考えれば彼は二回ほどページをめくった。私から見える限り、本の文字サイズは小さい部類。それがズラーッと並んでいる。約見開き2ページ分ほど彼を見ていたことになる。そんな私の視線に気づかずに本の世界へ旅立っている彼に、同じ本好きとしては心がふと暖かくなる。
そろそろ再開しますか、と、私はまた本の世界へと旅立つゲージを開いた。





ペラ、

はっとして図書室の時計に目をやる。さすれば時刻は4時半。校舎が閉まるのは6時半。だが、図書室が閉まるのはその一時間前の5時半。もう少し時間があるか、と彼女を見れば、結構なページが読まれていた。先ほどよりも分厚い読み終わったページに、彼女の集中力を感心する。

彼女の向こうは窓で、そろそろ日が傾きだしていた。昼間よりも少し紅く色づき始めようとしている空に、彼女が重なる。本を読む姿と景色が一体化する。
綺麗だ。
率直に、そう感じた。
ドキリ、大きくなる心音。
触れたい、と。



ペラ、

そういえば、明日は朝練だとか言っていた気がする。じゃあ今日は早く帰った方がいいのかな。何時くらいまで平気なのだろうか。出来ればこのあと少し寄り道しようかと…出来ればいいな、と思っていたけれど。彼はどうだろうか。
本を読むのが疲れる、なんて思ったことはない。読む事じゃなく、その本の世界から帰ってきたときの脱力感というか感動というか、感情移入していた部分がのし掛かっていてそれから解放された感じ、この世界に戻ってきたんだって言う少し残念な感覚が疲れるってものなんだと思ってる。それも体力を使うものだ(と思ってる)し、大変なんじゃないかなあ。あ、でも男の子だから平気なのかも?
うーん。

そんなことを考えていたら、本から視線をはずしているのに気づく。頬杖をついて、うーんと考え事をしていた自分。いけないいけない、本に戻らなきゃ。
頬杖を解き、机に置いてページをめくろうとすると、自分の手の上に何かが触れる感触。




ビクッ

本から意識をそらし、頬杖をついて何か考え事をしていた彼女が再び本へと意識を戻した。その姿をずっと見ていた俺。時間が経ち先ほどよりも人の減った図書室だ、見られている確率は低い。だからずっと彼女を見ていられたのだが。
ふと机に置かれた手に、思わず自分の手を重ねてしまっていた。無意識の行動に自分自身驚いた。
しかし、予想外の俺の行動に彼女もまた肩を跳ね上がらせるほど驚いていた。


「…どう、したの?」
「……いや、別に」

人はいないが図書室はやけに声が響くため、小さな声で会話をする。いまだ触れ合っている手が、熱い。くるりとこちらを向いた彼女と目が合う。心音が、


「、っ」


背景と彼女が、綺麗すぎて。


「…ね、そろそろ帰ろうか」

そう言われて図書室の時計を見れば、図書室の閉まる時間30分前だった。そこまで、彼女に見とれていたのか。重症だな。

「そうするか」


触れたままの手をどかし、2人で立ち上がる。読んでいた本を戻し、2人とも黙ったまま静かに図書室をでる。
廊下に出れば、すっと彼女が手を握ってきた。


「…だめ?」
「…いや、大丈夫だ」
「よかった」


ふわっと笑う彼女に、もっと触れたくなった。



俺と図書室と彼女
(それは毎週水曜日の出来事)




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2011.02.
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