庭球 | ナノ

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「なあなあ、帰りに鯛焼き食い行かね?」


そう言われたのは部活中。といっても、休憩時間でドリンクを渡した際に丸井くんに誘われた、と言う方が正しい。

「え?鯛焼き?」
「上手い鯛焼き屋があんだよ!教えてやるから行こうぜ」

最近は日が短く、帰る頃にはもう明るいとは言い難いほど日が落ちて暗くなっている。だからこそ部員の方々と一緒に帰っているのだが、それでは別行動になるんではないだろうか。


「鯛焼き?」
「そ。藍沢のことはしっかり駅まで送っていきます!だからいいだろい?幸村くん」
「うーん、そうだなあ」

だからって幸村くんに許可をとるのはおかしいんじゃないかな丸井くん。幸村くんは私の保護者じゃないし、私のご主人様じゃないんだよ…!

「まあ丸井だけじゃないし、いいんじゃないかな」
「よし、心配だったら俺も電車乗ってってやるからな、藍沢!」
「うん、何だか頼りないかな」
「なんだとー!」

絶対寝そう、と思ったことは黙っておく。

「俺はご主人様でもいいけどなぁ」
「えっ」
「えっ?」

後ろから幸村くんに話しかけられる。え!さっきのは口に出していった覚えはないんだけどな!
びっくりしたまま固まっていると、そのままフフっと笑ってコートの様子を見ている柳くんに話しかけていた。幸村くんにはかなわないなあ。





そんなことをしているうちに、日が傾き初めて部活の終了時刻。着替えて部室前で待っているという丸井くんのもとへ小走りで向かえば、そこで仁王くんが一緒に立ち話をしていた。
私に気が付いたのか、仁王くんがこちらをみた。…けど、何かいつもと違うような。

「藍沢」
「うん?」
「何でブンちゃんと鯛焼き食べ行くって教えてくれなかったんじゃ!」
「え、えええ…」

柳生と帰る約束なんぞしてしまったじゃろ!と肩をがっしり掴まれて、泣きながら訴えられる。部活の時間に決まったし、仁王くんは近くにいなかったから聞こえてる訳ないし…あと、言う理由がないというか。

「藍沢はブンちゃんばっかじゃ」
「そんなこと、ない…よ?」
「ある!」
「な、ないよ」
「あるんじゃー!」

シクシクと本格的に泣き出す姿を見せた仁王くんに、丸井くんが肩にポンと手を置く。ちなみに呆れた顔をしている。

「別に二人でいく訳じゃねーし」
「でもよくブンちゃんといるじゃろ」
「そりゃ、まあな」
「俺はのけもんか…」
「…まじ疲れる」

はあ、とため息を吐いた丸井くんは私を振り返り、おまえも何とか言え!と目で訴えられた。


「じ、じゃあさ、また今度いこうよ!みんなで今度さ!ね?」

そう言う私に仁王くんは吃驚したようで、目をまんまるにして私をみた。

「ほ、ほんとか?」
「うん。本当」

じゃあ約束、と言って差し出された小指に、私も小指を出して絡ませる。そしたらくるのはお決まりの歌。

「ゆびきりげんまん、うそついたら針千本のーます、」
「指切った!」
「…約束じゃ」
「うん、約束」


ふにゃりと笑った仁王くんは、なんだか少しイメージと違った。格好よくて冷たい、何かを見透かしたようなイメージを持っていたんだけど…今日は少年のような感じがした。泣きそうだったし。

まあ男子高校生だし、そんな一面がまだあってもおかしくないか、と自己完結をした私を、丸井くんが呼んだ。
ああ、はやく鯛焼き食べたい。






学校から出てしばらく歩けば、お目当ての鯛焼き屋さんが見えてきた。意外と学校から離れていない。丸井くんはお店が見えるとすぐに駆けだしていってしまったため、私はジャッカルくんと一緒に小走りで追いかけていった。

「ばーちゃん、こんにちは!」


お店にいたのは、笑顔の似合うかわいいおばあちゃん。丸井くんは顔を覚えられているようで堅苦しくない挨拶をしていた。
近くに行っていいか戸惑っていれば、ジャッカルくんがこっち、と近くにあった簡易ベンチへ案内してくれる。荷物を下ろせば、丸井くんがすぐに鯛焼きを4つ持ってきた。

「お待たせ!」

はい、と渡された鯛焼きはほんのり温かい。アツアツではないけれど十分美味しさを確かめられるだろう。

「藍沢はノーマル餡」
「丸井くんは?」
「俺はクリームとノーマル!ジャッカルもノーマルな」
「へぇ」

いろいろな種類があるんだろうな。あとで見てみよう。
丸井くんがパクリと食べたのを見て、私も鯛焼きを口に含んだ。ほんのり暖かく、生地はもっちり。餡も程良い甘みですごく好みだった。

「おいしい!」
「だろぃ?」
「ブン太と俺のオススメだ」


私の感想を聞いて満足そうな2人に笑顔を返す。2人も嬉しそうだが、おいしい鯛焼き屋さんを教えてもらった私も嬉しい。

と、一匹(?)目を食べ終えた丸井くんがジャッカルくんに80円を要求していたから、私もお金を払おうと財布を出せば丸井くんに止められる。


「藍沢はいーの!初めての奴にススメるときは、俺のおごり」
「でも悪いよ」
「いーって!美味かったら、もう一個でも二個でも食えよ!ちゃんと払うから。ジャッカルが」
「俺かよ!?」


そんな2人のやりとりを見て、この部活の人たちは仲がいいし、何より信頼してるのがよくわかる。2人だけじゃない、しっかりとこの学年の部員をみていえる。レギュラーに入っていない人でさえ、信頼を寄せているのだから。






「ワリィな、付き合わせちまって」


丸井くんが四つ目の鯛焼きを買いにベンチを離れた時だった。ジャッカルくんが突然私に謝る。理由がわからない私は、何でだろうかと頭を傾げた。

「いや、早く帰りたかったら悪かったと思ってな」
「早く帰りたかったら、断ってるよ」
「いや…あいつ無理矢理誘っただろ」
「嫌じゃなかったし、むしろ嬉しかったからこうやって此処にいるんだけどなぁ」

私の答えにジャッカルくんは安堵のため息をもらす。そんなに心配だったのかな。

「藍沢がそういう奴でよかったよ」
「お礼を言われるようなことはしてないよ」
「いや。あいつとよく一緒にいるだろ?だからか、結構藍沢のこと気にしてたんだよ。今日誘ったのも気にしてるからだと思うぜ」
「何を気にして?」


確かに初めてあったときに名指しで丸井くんを当てたことから、私はよく丸井くんにお世話になっていた。というより一緒にさせられてたのだ、錦先輩に。それについて嫌悪感を抱いたことはないし、でも丸井くんに気にかけてもらうような失敗などしただろうか?
もし気遣ってもらうとしたら、部活で早く馴染めない、私の存在をどうにかして…あ。

「もしかして、」
「藍沢、変に気遣ってマネージャーしてるだろ?だから自然にさせようとあいつなりに考えた結果が、これなんだ」
「そっかあ…」

なかなか馴染めないのが丸井くんに気を使わせていたのか。それは迷惑をかけたなあ。馴染めない、と思うのは間違いで、私なりに結構馴染み始めている、と恵美たちに言われた。
ただやっぱり馴染めないと丸井くんが感じるのは、私が部員の人と必要以上に話さないからだと思う。きっと友達作りもうまくて、楽しいことが好きな丸井くんだから、私が一定の人たちとしか話さないのが心配なのだ。


「変に心配かけちゃってたのかな」
「あいつは皆で楽しくやりたいタイプだからな」
「じゃあもう少し努力してみます!」

これでいいと思ってた。必要最低限のことは話してるし、中休みや昼休みに会えば会話もする。部活中にだって笑うことも増えたし、なんだかんだこのマネージャー生活に慣れてきたんだ。
でも、丸井くんはそれ以上を求めてくれている。私が入り込めないような1年の皆の間の絆を、私にも必要としてくれているのだ、多分。あちらから、私の席を空けてくれたことと同じ。
それなら努力してみようじゃないか。必要としてくれたのなら、迷う必要はない。


「はい、藍沢もう一個な!」
「わっ」

よし、と心に決めてジャッカルくんにその意気込みを発表しようと思ったら、予期せぬ襲撃。…鯛焼きである。
いつのまにお店の方からこちらに戻ってきたのか、丸井くんの手には鯛焼きが2つ。私の分と、きっともう一つは自分で食べるだな。

「お前ら俺のいない間になに喋ってんだよ、仲間外れ反対!」

むすっとした顔は、男の子には言い辛いがかわいらしい。しかし自分のことを話されていたなんてしったら、きっと明日ジャッカルくんは丸井くんにこき使われるだろうから絶対に言わない。

「丸井くんには話せないなぁ、ねぇ、ジャッカルくん?」
「ん?あー…まあそうだな」
「はあ!?なにそれズリィ!しかもいつの間に仲良くなってんだよ!」

ぷんぷんと怒る丸井くんは、もうしらねー!と私にくれたまだ食べていない鯛焼きの頭をかじった。あー!と言ってももう時すでに遅し。あんこたっぷり入っていた鯛焼きさんの頭は、もう丸井くんの口の中であった。


「お、おいブン太!」
「ひ、ひど…!」
「俺を仲間外れにすっからだ」
「もー、ごめんって」

あーうまい、と丸井くんが私の鯛焼きをゴクンと飲み込むのを見て、自然と頬が弛む。噂には聞いていたし、マネージャーになってから何度かお菓子はあげたことがある。それにしてもおいしそうに食べるなあ。
鯛焼きを食べられたのは悔しいけど、それでも丸井くんの優しさに、何だかんだ嬉しいんだ。新参者の私をこんなにも気にかけてくれることが、とても嬉しい。


「ありがとね」
「は?」
「こんなに美味しい鯛焼き屋さん教えてくれて。また皆で来よう?」
「っ!おう!」

嬉しそうに笑う丸井くんを、ジャッカルくんは優しい目で見ていた。それを見ていた私に気づいたジャッカルくんは、私に照れたような顔で微笑んだ。それに私も微笑み返せば、丸井くんはまた仲間外れにされたと感じたのか、今度はジャッカルくんに絡み始める。

ああ、楽しい。
テニス部の人たちとこうやって笑えるとは思わなかった。だから、心の底から嬉しいと感じる。
まだまだこれからもこんなふうに、皆とも笑顔で過ごせればと感じた。



「悪ィ、藍沢。鯛焼き戻すわ」
「えっ い、いらない!」
「じゃあ俺のイチゴジャム+クリームチーズのしっぽをやろう!」
「うわぁ…すごいの売ってるね」




―――――――
ブンちゃんジャッカルと放課後デート。
(笑)
やはり部員と仲良くなっていくきっかけはこの2人がよかったので。仁王くんにはかわいそうですが!
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