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晴れ渡る空、絶好の部活日和!

そんな9月の下旬。まだまだ蒸し暑さの残る季節に運動…なわけなく、私はテニス部のマネージャー仕事に翻弄されていた。


「藍沢、ドリンク行くぞ」
「わっ まって柳くん!」


あれから土日を挟んだ翌週。土日の部活はファンの部活見学を断っている。というのも、部活に集中したいため下心のある見学は迷惑だから。そのため土日は突き刺さる視線がなかったのだが…月曜からはしっかりと復活するのがまたなんとも、ダメージを与える。
嫌がらせはなくなったものの、部活の黄色い声援を出している女子からの刺さるような視線はなくならない。未だに耐えながらこうして自分の仕事をしているが、いつまでもこんな状況下と思うと精神的に危うそうだと感じ始めた。

もうすぐ柳くんの監視…もとい、柳くんのドリンク作り教室は終わりに近づいている。個人の好みの薄さも把握してきたし、最近では柳くんが口出ししなくてもレギュラーの皆さんに「おいしい」と言われる回数が増えてきた。


「だんだん覚えてきたな」
「でしょ?やった…あ、」

バサっ…と音を立てたのは私の手元。柳くんの言葉に反応してボトルから目を離した隙に、入れていたドリンクの粉が一気にボトルへとこぼれていった。


「…………」
「…………」
「…もう少し、かかりそうだな」
「…うん、がんばるね」






無事ドリンクを作り終えて柳くんと共にコートへ戻る。その時に今日のメニューの確認をする。私がどのように動かなければならないか、みんなに迷惑をかけないようにしなければならない。

「今日はレギュラー以外の監督は真田くんと田村先輩が担当だよね」
「ああ、そうだ」
「先輩はわかるけど…同い年に怒られるとか指導されるとか、私やだなぁ」


そう、レギュラー優先にコートを使用するとき、レギュラー(準レギュラー含む)以外の平部員は壁打ちや走り込みなどのメニューが待ち受けている。その監督というか見張りというか、担当がレギュラーに回ってくるのだ。一日中というわけではなく、中休憩で基本的に交代する。
やだなぁ、と零す私に柳くんは微かに笑う。

「確かに、嫌かもしれないな」
「そりゃ普通にしていれば先輩みたいな貫禄はあるけど」
「藍沢は弦一郎を年上だと思って…」
「わ!それ本人に言っちゃダメだよ!」
「そうか。それは残念だ」


絶対柳くん、私で遊んでる。話すのに慣れてきたからってそんなこと言われたらなんて返せばいいかわからないよ!絶対私で遊んでるんだ。

そんなこととはつゆ知らず、幸村くんがドリンクを持って行った私に頼みごとをしてきた。


「え?真田くんが?」
「うん。ちょっと様子を見てきてよ」


要件はこうだ。
真田くんが平部員の監督から帰ってこないという。交代時間であるのになかなか帰ってこないので、練習のないマネージャーの私に行ってこいと言うものだった。
しかたな…いえいえ是非とも行かせていただきます真田くんが練習できないのはダメだもんね!はいよろこんでー!


…というわけでコートを出てきて真田くんを見つけたはいいものの。


「甘いぞ!」


…打っちゃってるんだなぁ、これが。

声をかけようかかけまいか、どうしようか悩んでいたところに同学年らしき部員が私を見つけた。
理由がわかったのか、真田くんを戸惑いなく呼んだ。いや、有り難いんだけど…なんだか中断させちゃって申し訳ない。


「藍沢」
「ごめんね、途中なのに」
「いや、大丈夫だ。休憩時間なのだろう?」
「そう。真田くん帰ってこないから」

休憩時間とわかっていながら、何故帰ってこなかったのだろうか。時間にきっちりしてうるさそうな感じがしたのに。それに他人に厳しく、自分にはもっと厳しくするタイプだって丸井くんから聞いたけれど。

「すまないな。意外とこちらで打つのが面白く感じて、つい」
「え?」
「レギュラー練習だとあの緊張感が抜けないだろう」

確かにレギュラー準レギュラーの練習には独特の空気がある。重いというか、気が抜けないって言う感じ。戦してるって表現があってるかも?


「ああいう空気、真田くんは嫌なの?」

こちらの練習で何だか微笑みながら打ってたし、あちらの練習の空気を指摘してきたからもしかしたらやりづらいのかも、と思った。心なしか、面白いといった真田くんの表情が柔らかかったのが決め手だったり。
しかし、私の予想ははずれるもので。

「そういう訳ではない。あの練習は常に試合を想定しているから、あれぐらいの緊張感があっていいのだ」

全く、マネージャーともあろうものが分かっていないのか!…と言う感じで言われたので怖くて顔を見れません。しかし思ったほど怒鳴られたような声じゃなかったので、恐る恐る真田をみれば、真田くんは部員たちの練習の様子を目を細めてみていた。

「こちらでは、常に上を目指そうと練習に励む部員たちがいる」
「うん」
「其処で共に練習をすると、自然と刺激されるのだ」
「刺激…」

私たちの目の前で打ち合いをしている部員たち。それを見る真田くんの目はあたたかい。熱血で厳しい真田くんが、こんな目をするんだ。


「俺たちにも同じように練習を積み重ねた時期があった」
「うん」
「それを思い出すのだ。アイツ等をみると」


いつも上位にいる真田くん。それはものすごいプレッシャーだと思う。真田くんだけじゃなくて、幸村くんとか錦先輩とかも。それでも強くて不動で、厳しくて。時々行き詰まっちゃうのかも。
やっぱり過去の積み重ねが大事で、それがあるから今の自分がいるんだって再認識するのかな。

「…初心忘れるべからず、ってこと?」
「ん?…ああ、まあそのようなものだな」

私の言葉に苦笑しながら応える真田くん。あれ、少し違ったのかな。話の流れ的にそんな感じだったけど。
うーん、と私が悩んでいると、真田くんは私をあたたかい目でみていた。


「藍沢にはもう少し、テニス部のことがわかってくれると助かるな」
「う…ガンバリマス」




そんなこんなで話していれば、走り込みをしていた平の先輩方が帰ってきた。今度は一年生たちが走り込みに行く番らしく、皆ラケットを手放し走る準備をする。


「…俺たちも帰るか」
「えっ」
「? どうした」
「いや、真田くんは走らないんだ?」

てっきり一緒にやっていくのかと思ったんだけどといえば、目をまん丸にさせて驚かれる。え、逆にこっちが驚いちゃうんだけど!

「今日はレギュラーメニューの最後に走り込みがあっただろう」
「……あ」

言われてみてから思い出す。確かに、今日のラストメニューは走り込みだった。何で忘れていたのだろうか。先ほど柳くんに確認したばかりなのに。


「ごめんね。こんなマネージャーで」
「まだ先は長い。早く慣れるのに越したことはないが、な」

ぽん、と大きな手が頭に当たった。…真田くんが、あの真田くんが頭を!
びっくりしたのと、普段されないことに照れてしまったので固まってしまう私。口を開けっぱなしに赤くなれば、それをみた真田くんまで赤くなった。

「た、たわけ!帰るぞ!」
「え、あ、うん!待って真田くん!」

スタスタと耳を真っ赤にさせながら私の前を歩く真田くん。きっと女の子にこんなことしたことないんだな…あと私があんな反応しちゃったからだ。ごめんね。でも可愛いなって思ったのは内緒!
ずいぶんと早足で進む真田くんに小走りをすれば追いつく。先ほどよりか少しスピードを落としてくれたのか、お互いの距離が縮んでいった。

あの真田くんとこうやって喋りながら歩く日が来るなんて、誰が想像しただろう。


「あ、あと真田くん」
「なんだ!」
「今日のレギュラーメニュー忘れてたこと、柳くんに絶対言わないでね!」



なんだか真田くんの意外な一面が知れちゃったな、と戻ったレギュラー練習で余裕な表情をしていたら、幸村くんに怒られた。
ヘラヘラしてるとまた外野に文句言われちゃうよ?って…。それ、幸村くんがいうともの凄く説得力があること、わかってやってるよなって本当に思う。

段々と、テニス部というものがわかってきたような気がする、今日この頃です。



(…日誌に書いちゃおっかな)




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お願いしたことはちゃんと聞いてくれた真田くん。

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