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次の日。朝練はマネージャーが必要ないということで朝練には出向かなかった。
下手に行って煩わせることもないし。それでもHRギリギリに行くのはなんだか気が引けたから、いつもより少しはやめに学校に着くようにする。
下駄箱に着けば、今日の古典予習しなきゃならなかったなと思い出す。めんどくさい…と思いながら自分の下駄箱を開けると中に白い紙が入っていた。
……ついにきた。
恐る恐る折り畳まれている紙をあけていくと、赤字で「マネージャーやめろ」とかかれている。意外にきれいな字だ。勿体無い。
「おはよー葵!」
紙を持って下駄箱前に佇んでいる私に声をかけたのは同じ外部組の夏芽。
「おはよう、夏芽」
ついに来たマネージャーへの嫌がらせ。夏芽がこんな早くに登校するとは思わなかった。出来ればあの3人には知られたくない。真結なんて絶対幸村くんのとこに殴り込みにいって、マネージャーやめさせるようにするだろう。
バレたくなくて持っていた紙を何事もなかったかのように畳んでポケットへ突っ込んだ。
「どしたの?今の紙」
「配られたプリントがポケットに入っててさ、お母さんに出してなかったなーと思って」
「ふーん…」
自分の下駄箱を開けて上履きを下に落とす。履いていたローファーを下駄箱へしまう夏芽をみて、私もしまった。
「『何かあったら絶対に言う』」
「え?」
「真結が言ってなかったっけ?」
「…うん」
「…………はあ」
ぽん、と肩を叩かれる。まあ教室まで一緒にいこう、と歩きながら話し始めた。
「確かにまだ友達になって半年ちょっとだけどね、私たちは葵が好きだから心配なんだよ」
「…………」
「で?なんて書かれてたわけ?」
「…やっぱりバレますか」
「バレます」
夏芽はとくに高校入試から仲良くしてるし、ずっと一緒にいて私のことわかってくれている。もともと隠し事がうまい訳じゃないしすぐに見透かされちゃう。それは真結も同じですぐバレる。気付かなさそうなのは恵美かな?
どちらにしろバレてしまうのだから仕方ない、バレてしまっているのなら仕方ない。
「マネージャーやめろって、赤字で」
「うえ、幼稚」
「でも字がきれいで勿体無いの」
「あれま、ほんと」
ポケットへ入れた先ほどの紙を取り出し、夏芽へ開いてみせる。
「こりゃ報告かな」
「真結に?」
「真結から幸村くんに」
「えっ」
そりゃ真結へ伝われば幸村くんに行くとは思うけど、できるだけテニス部には迷惑とか心配はかけたくない。
「テニス部に迷惑かけたくないとか思ってないよね?」
「え゙、」
「テニス部のマネージャーになってこっちが迷惑してるんだから、そんなこと思っちゃダメだからね」
「そう…なのかな」
「そうなの」
紙を見て、ズキンと胸が痛む。
確かに傷付く、関わらなければ私は普通に学校生活を送ってたのにって思う。
それでもマネージャーになってよかったと思うこともある。まだなって数日だけど、いろんな人と関われた。友達も増えたし、女テニの人たちも話しかけてくれる。知ってる顔が増えてうれしいと思った。
私がこのまま強くなって耐えれば、どうにかなるかもしれない。
もう、私のなかにマネージャーを辞める、という選択肢は存在しなかった。
教室が見えるとクラスメイトの子が私を呼んだ。早く、と急かすので夏芽と共に教室へ入ればそこは―――
「なに、これ…」
私の机の上に散らばった体操着。ジャージの中に着るシャツが赤い絵の具でグチャグチャに、長ジャーはカッターでビリビリにされている。黒板にはズラリとならんだ、私を中傷する文字の羅列。
「『男子テニス部マネージャーの藍沢葵はレギュラーに媚びをうっている。部長はもちろんのことレギュラーたちまで毎日…』って、なにこれ!」
「…………っ」
「今日はみんなまだ来ていなくて、私と橋本さんが教室にきたらもうこうなっていたのよ」
確かに教室には今いる四人しか来ていないようだ。机に鞄が誰のところにもかかってないし、他の教室もあまり生徒はいない。私を呼んだ相原さんと橋本さんは同じ弓道部で一緒だったのだろう。
「やり…っ!?なにそれ、ほんと誰よこんなこと書いたの!」
「…ひどい」
「これじゃ体操着買い換えね…」
「でも今日体育ないし、そこはよかったね」
自分の体操着から再び黒板へ視線を向ける。…私はただマネージャーをしているだけなのに、なんで?
四人で机の周りに佇んでいると、クラスメイトの男子が数人登校してきたらしい。教室に入った瞬間に「うわっ」と微かに悲鳴を上げる。「酷いな、こりゃ」と言いながらも黒板の字を消してくれた。
だんだんと登校や朝練が終わった生徒が教室へくる時間、佇んでいるだけの私に気づき自然に優しくしてくれるクラスメイトたちに涙が出てきた。
*
「…あり得ないわ」
朝のHR後、今朝あったことを真結と恵美へ報告する。ついでに上野くんにも聞いてもらった。
「ひど…そこまでする?うちもファンだけど、それはないわ」
「…女子こえー」
「大丈夫よ、葵。昼休みに幸村のところに行くから」
相原さんと橋本さん、それに早めに登校してきた男子には誰にも言わないようにしてもらった。必要な人には自分で話すから、と言ったら渋々だけど納得してくれた。
「やっぱり…言わなきゃだめかな」
そう言えばみんなが黙ってしまう。私がテニス部に迷惑かけたくないと思ってるっていうのはバレバレなんだけど、黙ってしまったのは事態が想像より上をいっていたから。逆に迷惑かけたくないと思ってしまうのも納得なようで。
「それでも責任とるのはやっぱり幸村だろ?」
少し重たい空気を破ったのは、テニス部の上野くんだった。
「幸村が声をかけたんだし、副部長で1年の責任者みたいな立ち位置なんだからさ、幸村に伝えるのは当然じゃないか?藍沢ももうテニス部の一員なんだし」
意外とまともなことをいった上野くんに、ぽかんと口を開けたままの私たち。
「え…っと、どうした?」
「…いや、上野がまともなこといってるわと思って」
「俺は普通の男子高校生だ!」
「ともかく、幸村には報告しにいくの。一緒にいくから、いいね?」
ぐしゃっと真結に頭を撫でられる。みんな笑顔を向けてくれる。一緒にこんなに悩んで考えてくれて、嬉しい。
でも私の体操着をあんなにして黒板へあんなことを書いた人の気持ちがわからない。きっと女の子なんだろうけど、同じ女の子のことなのにわからない。
こんなことを平然とやってのける子の気が知れなかった。
*
昼休み。お弁当をもって幸村くんのクラスのG組へ行く。G組は幸村くんの他に仁王くんと平部員の人が2人いる。私たち(上野くん含む)がG組へいくと驚いた幸村くんと仁王くんが出迎えてくれた。
意外と仲がいい二人、一つの机で向き合って昼食を食べようとしていたところだったらしい。
「…へえ、そんなことが」
今朝のことを話せば肘を突いて昼食を中断する幸村くん。それに、仁王くんは眉間に深い皺を刻んでいた。
「葵に何かあったら幸村の責任だからね」
腕を組んで幸村くんを鋭く睨みつける真結。その声は低く、いつもの可愛い真結ではなかった。対して幸村くんは真結の気の触るような態度で微笑んでいた。
「おや、随分心配みたいだね。まるでお母さんみたいだよ、真結」
「っ名前で呼ぶな!」
バンッと幸村くんの机を叩く真結にG組の人たちの視線が突き刺さる。睨む真結に微笑む幸村くん。
「心配しなくても平気だ」
先に沈黙を破ったのは幸村くんで、言葉に似合わず軽く言うものだから真結がついに飛びかかる、かと思った。
「どういうこと?」
「そのままの意味さ。嫌がらせが発見された時の対策は出来てる」
「俺と幸村が考えとったんじゃ」
ニッと怪しげに笑う仁王くん、絶対何かよくないこと企んでるよ!楽しそうに微笑む幸村くんがプラスされて、私でもわかってしまう。何かやらかす、と。
「藍沢さん、明日まで我慢できるかい?」
「い、嫌がらせのこと?」
「そう。平気?」
「大丈夫、だけど」
近くのイスと机をお借りして昼食を口にしていた私に幸村くんは問いかけた。直接肉体的な嫌がらせを受けているわけでもないし、耐えようと思えば耐えられる精神的な嫌がらせだ。
私が頷けば幸村くんは「そうか」と言ってお得意の微笑みを浮かべた。
「何があっても反応すんなよ。おまんは普通にマネージャーやっとればええ」
そう言って仁王くんは食べかけの昼食に手をつけ始める。
そんな、ビシッと言われたらときめいてしまうではないか!嫌がらせのことを想定していたなんて、まるで気にかけてもらっているようで。
(でも嫌がらせになる前に何とかしてほしかった…とか、言えない)
幸村くんと仁王くんの言ったことを(珍しく)信用したのか、真結もそれ以上口を出さなかったし、みんな昼食に集中しだしたから私も習ってお弁当に口を付けた。
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