庭球 | ナノ





あれから昨日は部活の風景を眺めているだけで、本格的な仕事は今日かららしい。帰りはファンが帰った後に部員の人たちに囲まれながら帰って行った。
幸運なことに、先輩の1人と同じクラスの上野くんが私と帰る方面が同じで女子のファンに絡まれることはなかった。先輩の1人は私の少し手前の駅で降り、上野くんは私より2駅先らしい。

朝練が終わり(朝練もとりあえず錦先輩と話すのみ)、唯一同じクラスの上野くんは幸村くんに私と一緒にクラスまで行くよう命じられ、今は一緒にクラスに向かっている。


「まさか藍沢がマネになるとは思わなかったよ」
「…私は上野くんがテニス部だったとは思わなかったよ」
「俺に気付いてなかったもんな。マジで気付いてないとは」
「似てる人がいるな、とは思ったんだけど」

上野くんは最初の席替えで隣になって少し話していた。そのときもラケットバッグだったけれど、私はてっきりバドミントンかと思っていたから、昨日話しかけられるまで気付かなかった。


「ま、何かあったら俺もいるし、言えよ」
「…そうだね。相談させていただく確率は高そうだよ」
「今朝の登校で、クラスがはっきりバレたからな」
「…呼び出しされたらどうしよう」
「クラスにテニス部がいるからそれはしないと思うぜ」
「そっか。とりあえず明日生きてるかなあ」
「ははっ なんだそれ」

そんな、笑ってるけど実際ありえそうなんだよ。テニス部こわいんだよ、ファンが。昨日の私を見る目…あれは獣の目だよ、見てなかったのかい上野くん?

「お、さっそくお出迎えだぞ」

上野くんの言葉に、さっそく呼び出し?!と上野くんと同じ方を見れば、そこにはこちらにズシズシ歩いてくる真結さんのお姿が。見えたと思ったらガバリっ猛烈な強さで抱きしめられた。

「葵ーーー!!!よかった、よかったああ!今朝は生きて登校できたんだね!テニス部の野獣共にも喰われなかった?」
「う、うん…まゆ、ぐるじい」
「おい、テニス部を何だと思ってるんだお前」
「うるさい!テニス部なんか猫被った獣の集まりよ!」

ぎゅううっとさらに抱きしめてくる真結の腕の中から必死に助けを求めているけれど…気付いてくれない。もう死ぬかも、と力を抜いたとき、上野くんが助けてくれた。あなたは神か…!救済が少し遅いけどな!
真結の後ろからきた恵美、夏芽の2人を交え、教室の後ろで5人、担任がくるまで談笑をする。


「…でもよ、ファンが危害加えるなら、この中にもファンいるよな」
「ああ…恵美?」
「藍沢が羨ましいとかねーの?」
「ん、うち?ある訳ないやろ!上野アホすぎる」
「な゙っ」
「いくらファンでも葵に危害なんて与えない。むしろ守る。まぁそばに居られるってのは望ましいけど…お世話すんのは勘弁だしね!」
「…それ、本当のファンなら『そばにいれるならお世話だってなんだってします!』とか言うところじゃねえか?」
「恵美だから」

ファンの女子の恐ろしさを真結から聞かされた上野くんは少し顔色を悪くしていたけれど、今まで以上に本気で私を心配していた。けれど、仲間内でこれだけ頼りがいがあるなら安心だな、と隣にいた私に耳打ちをする。
確かに頼もしいし、安心する。このメンバーなら1人にはならないし、立ち直りも早そうなのは本当だ。うん、と笑って返事をすれば、その様子を見ていた真結が上野くんを睨みつけた。いや、何もないの、何もないからそんなに上野くんを睨まないであげて真結!






授業と授業の間休みにクラスの何人かのテニス部ファンの子に質問されたけど、「ゆ、幸村くん通さないと…」と何だか芸能人みたいなことを言ったら大人しく聞いてくれた。あれ、意外と幸村くん効果あり?その様子を見たいつめんに心配されたけど、これで一応退避策はわかった。心配ない!
午後の授業も終わり、部活の時間。今日は自前のシャツと昨日受け取ったジャージをもって部室に行く…けれど、どこで着替えようか迷っていたら、部室から出てきた幸村くんが案内してくれた。

着いた場所…ここは、女テニ?部長さんらしい人と幸村くんが話していて、話が終わったのか2人して私の方を向いてくる。
びっくりしたけど女テニの部長さんに肩を押されてそのまま女テニの部室へ入ってしまった。


「ええええと!」
「マネの藍沢さんでしょ?知ってるわよ、もう有名だもん」
「で、ですよねーえ」
「大丈夫、女テニは安全だよ。男テニの熱烈なファンはいないし、ぶっちゃけ殆どが興味ない。むしろ男テニマネなんて大変だねって同情だよ…」
「は、はあ」
「着替えはここでいいからね!むしろウェルカム!遠慮せずに!」
「は、はい、お願いします」


着替える場所、ゲット。

女テニは基本男テニと同じ日程でやっているから、着替えるときは誰かがいる。帰りは男テニのが遅いかもしれないけど、それは男テニの鍵当番と一緒なら平気、だそうだ。
着替え始めると女テニの皆さんが私をすごく見ていた。それは殺意ではなく本当に同情を孕んだ視線。早く脱出したくて、テキパキ着替えると素早くコートの方へと走った。


コートに行けば、殆どの部員が集まっていた。中でも錦先輩と幸村くんの2人が喋っていたから、待たせているんじゃないかと小走りに駆けていく。


「遅れましたっ」

声をかけても平気かな、と思ったけど、来たことを知らせなければならなかったから話の途中だったとしても話しかけた。勿論ちいさな声で。


「ああ、マネージャー。まだ大丈夫だよ」
「? そうなんですか」
「まだ集まってないからね」
「あ、そう言えば先輩方も何人か…」
「まだ時間になってないから」


放課後に用事がある人用に始まる時間は少し遅いらしい。でも始まってからの行動が皆早い。

「よし、そろそろいいかな」


コートに入っている部員を見て錦先輩が集合をかける。大体の人数が集まっていたので始めるらしい。集まって今日のメニューを聞き、行動に移す。そんな姿を見て「運動部すごい」と思った。


「マネージャー」
「あ、はい」
「今日はまずドリンク作りを覚えてくれ。柳がついててくれるから」

錦先輩に呼ばれ振り向けば、先輩の隣に立つ柳くん。


「練習、は」
「大丈夫だ。後半には打てるだろう」
「じ、じゃあ早く終わるようにがんばるね!」
「ははっ 気合い入ってるなマネージャー。じゃあ後頼んだぜ」
「はい。…では行こうか」

錦先輩がラケットを持ってコートへ向かう。反対に柳くんはラケットを置いて変わりにノートと書くものを持って私の方へ。
ドリンクボトルの入った籠を持った私は、柳くんと共に水道場へ歩き出した。




「えっと、このくらい?」
「ああ、丸井はそのくらいだ」
「じゃあ田村先輩は」
「もう少し薄めてもいい」


柳くんは丁寧に私に指示を出し、各部員たちの好みにあったドリンクの目安を教えていく。流石に10人以上もの好みを今日明日で覚えるのは無理そうだ。

「この人数を覚えるのは無理だろう。しばらくは一緒に作ろう」
「え!」
「今ので覚えられたか?」
「………いえ」
「ではそうするしかない」

そう言って暫く私のドリンク作りを手伝ってくれると本人はその気らしい。
けれどそれでは柳くんの練習時間が削られてしまうのだ。そんなことあってはならない。しかもそれがマネージャーの所為とならば周りのファンが黙っちゃいない。

「や、柳くん」
「なんだ」
「それなら…メモを作ってくれれば、いいよ?」
「…俺が一緒だと嫌なのか」
「そそそそうじゃないよむしろいてくれた方が心強いけど!」
「ではいいだろう」
「でも、柳くんの練習を削るのはだめだと思うの」
「…………」
「だから、その、わかりやすいメモをくれるなら」


いいんだけど。そう口を開こうとしたけど、それは柳くんによって遮られた。詳しく言えば柳くんが私の頭に落とした手によって。

「フッ」
「…?」
「もうすっかりマネージャーのようだ」
「う…ん?」
「わかった、メモを渡そう。だが最初は心配だ。一週間ほどはみていよう」
「お願い、します…」


よし!これで柳くんの練習が削られることはなくなった。
何となく、自然とマネージャー業を受け入れる体制になっているんだと感じた。






「よーし、10分休憩!」

錦先輩が休憩の合図を出すのと私と柳くんがドリンクを持ってコートに戻ってくるのはほぼ同時だった。というより、錦先輩が私たちを察して休憩にしてくれた。
最初は誰がどのドリンクボトルだかわからないから、籠から各自取っていってもらうことにした。タオルも同様。


「藍沢さん」

配っていると後ろから声をかけられ、振り向けばそこには幸村くんの姿が。

「はい、何ですか」
「俺のやつ、もう少し濃くても平気だよ」

はい?と思わず聞き返してしまいそうになったけど、なんとか口の中で飲み込んだ。
もう少し濃くても?何の話だろうかと頭をフル回転させて考えれば、たった今配っているドリンクの話だと理解する。たぶん止まってたから私の表情が面白かったんだろう、丸井くんがブフッと吹き出した。


「…あ、うんごめん。次は濃くしてみるね!」
「フフ。よろしく」

そう言って籠にボトルを戻した幸村くんは錦先輩と話に行った。その後丸井くんが肩を叩いて「俺も、もう少し濃くて平気だぜい」とウィンク付きで言った。ちょっと、女子の視線が。

「自分で感覚を身につけていった方が、いいかもしれないな」

ぽん、と頭に手を乗せて言う柳くん。私より全然背が高いから仕方ないけど、なんだか少し小さい子を相手にされているような。
丸井くんとさらに柳くんにも仲良さげに話しているのを見られ、ますます女子の視線が突き刺さっているのを感じた。



――――――――――
お友達に加え、テニス部クラスメイトの上野くんがこれからもでてきます。次も出てきます(笑)
マネのお仕事がやっと!

書き終わり:11.04.01.
- ナノ -