庭球 | ナノ





部室で着替えた後、2人でコートへ向かう。下駄箱から運動靴を持ってきたので、ローファーから履き替えていると幸村くんが感心していた。そりゃ、ローファーでコートには入れないよね。わかるよ、それくらい。
コートにつけば練習がもう始まっていると思いきや、軽く打ち合いをしているだけらしい。幸村くんを待っているのだそうだ。


「錦先輩、遅れました」

幸村くんがコート内に入ると空気が変わった。コートの周りのフェンスにいる女子たちも、幸村くんの姿が見えて騒ぎ出した。

「お、来たな2人とも」
「こ、こんにちは」
「藍沢さん、ありがとうな。おーい、お前ら一旦集合ー」

朝と変わらぬ笑顔を向けてくる錦先輩は、私たちに気付くとすぐ部員に集合をかける。
ぞくぞくと集まるテニス部員。見知らぬ女生徒が自分たちと同じユニフォームにジャージを着ているのに気付いたのか、チロチロと見られている。部員と同じく、近くではないがフェンスにいるファンの女子たちもそれに気づいたらしく…視線が痛い。


「はい、じゃあ今日のメニュー…といいたいが、まずは気になってるだろうこの女の子の紹介から」

錦先輩と幸村くんが部員全員の方に向き、話し出す。私も部員と同じ方に行くのかな、と迷っていたら、幸村くんに腕を引かれて只今幸村くんの隣にいます。余計に視線がチクチクと。

「彼女は幸村からの推薦でなったマネージャーだ」
「じゃあ名前とか、簡単に」
「あ、っと、本日からマネージャーをさせていただく、1年D組の藍沢葵と申します」
「テニス歴はないけど、怪我なんかしたら彼女に言ってね」

マネージャーとはそんなにめずらしいのだろうか。テニス歴ないけどマネージャーになれたのが珍しいのか、とにかく驚いて隣の人とヒソヒソ話す部員がちらほらと見られた。


「…と言うわけだ。が、レギュラー準レギュラーを主に面倒見てもらうから。残念だったな」

最後の錦先輩の言葉に、先ほどまでの明るい表情だった部員たちのテンションが一気に下がるのがわかった。
明らかに落胆した声が挙がり、レギュラーでない2年の先輩が錦先輩に文句を言っていた。



「要するに、」

ざわざわとざわつき始める部員たちに、幸村くんの声が重なる。それに気づき話をやめる部員たちで、幸村くんの言葉はこの場にいる人間全員に聞こえてしまった。


「女子からドリンク、タオルを手渡されたかったら、レギュラーまであがってこいっていう話」



にこやかに笑う幸村くんは、やっぱり怖いんだと思った。






あれからメニューを言い渡されて解散し、部員の人たちは練習に取り組んでいる。とりあえず私はまだ仕事がわからないため、錦先輩の横について部活の様子を見ていた。
で、錦先輩がコートに入っている間は何故か丸井くんが隣にいてくれる。多分、昨日名指しで正体を確認したからだ。

「ごめんね、丸井くん。練習したいよね…」
「んー?ああ、いいっていいって。どうせ準レギュの位置だしさ」
「そうなの?」
「まあな。それより、何で俺のこと知ってたの?お前、テニス部に興味なかったって聞いたんだけど」
「あ、テニス部ファンの子が友達でね、話だけ聞いてたの」
「なーんだ。お前、ファンなのかと思ってた」

とか言われたけれど、ひょんなことからテニス部に関わっていたらファンになっていた可能性は高いよなーなんて思う。正直、格好良いのは確かだし。


「でも、ま、俺得した気分だったぜ」
「え?なんで?」
「だってあの中で名指しだったしな。興味ない奴にも知られてんだなって」

ありがとな!

幸村くんとは違う可愛らしい笑顔を向けられ、わっと全身の血が沸き上がる。顔が熱くなり、赤くなっていくのが自分でもわかってしまった。
こんな学校の人気者に笑顔を向けられ、戸惑ってしまう。


「なーに話しとるんじゃ」
「っわ!」
「お、仁王。マネのお供任されてんの。仲良くお喋り」
「ほーん。なら俺も入るナリ」
「え!仁王くんもっ?」
「…イヤか?」
「いや、その………」


丸井くんの笑顔にうっかり顔を赤くしたところ、仁王くんに後ろから声をかけられてびっくりした。それによって顔の熱いのは吹っ飛んだけど、今度は冷や汗が大量に出てくる。
丸井くんと話してても、密かに感じる痛い視線…間違いなくテニス部ファンの子たちの視線です。突き刺さってて、痛くて痛くて…明日生きてるかな、私。
仁王くんは丸井くんと幸村くんと共にバレンタインでチョコをもらうトップ3だ。丸井くんと隣にいるだけでも凄かったのに仁王くんまで混じったら嫉妬の塊が私にのし掛かってくるんです。


「…ファンの人が」
「…ああ。そうじゃな」
「さっきからすげーもん」
「残念。また今度じゃき」

私の身に何か降りかかるかもしれないと察知してくれたのか、仁王くんは眉をハの字に下げながらすっとコートへと降りたった。
仁王くんの目指す方を見ればそこには幸村くんがいて、仁王くんの試合の番だったらしい。


「…お前本当にファンじゃねぇんだな」
「…うん。怖い」
「こう言っちゃ悪いけど、女の方が怖ぇもんな」


ごもっともです。
女ってこわい。



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ブン太と接触!仁王も接触!
最初は慎重にしなきゃいけないので、ちょっと苦戦気味です。

書き終わり:11.03.13.
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