庭球 | ナノ





「…で、今日の放課後からマネージャーのお仕事だと」
「いえす」
「なーんだ。夏芽の部活ないし、遊びに行こうと思ったんよ」
「まあまあ、仕方ないじゃん。頑張ってね」
「うん」


朝にテニス部マネージャーに勧誘され引き受けたと報告したあと、今日からお仕事であると言うのを忘れていた。
授業と授業の中休みも寝ていたり次の授業の支度や先の授業での話で盛り上がって話せず、昼休みはたっぷりと昼食時間をとって残りは宿題の見せ合いなどに使っていたらあっと言う間に終わり。話す頃にはもう放課後であった。


「で、葵は行かないわけ?」
「ゆ、」
「ゆ?」
「幸村くんが迎えに来てくれるって」


「ジャージとか渡すから、とりあえず迎えに行くまで教室で待っててくれないかな」と言われたのは、今朝、錦先輩と柳くんと共に朝練へ戻るとき。
私を通り過ぎたときにいきなり言われ、そのまま去っていってしまった。だから勝手に行ったら不味いだろうし、こうして大人しく教室で待っているのだ。

「…なんで幸村が」
「まあまあ、落ち着き、真結」
「あれでしょ、いきなりいってもレギュラー達しかわからないから付き添いがいないとって」
「あとは着替えてる部室にいきなり入ってこられたら危ないし」
「…でもなんで幸村が」
「もう真結、つっかかんなて」

さっきから真結ってば幸村くんというワードにばっかり反応するけど、何かあるのかな。テニス部嫌いなわけも幸村くんが関わっていたり?
…なんて聞いて本当にそうだったら怖いから今は聞かないでおこう。明日にでも恵美に聞けばいいし。


「藍沢さん、いる?」

そんなこんなしていたら、幸村くんが扉のとこに立っていた。

「お喋り中だった?」
「大丈夫、一緒に待っててくれただけだから」
「そう。じゃあ藍沢さん借りてくけど」
「どうぞ。そのために待ってたんだし」
「また明日ね、葵」

幸村くんがご丁寧に3人に私の貸し出し許可を得、私は友人にバイバイと手を振って幸村くんと教室を出た。
最後に見た真結は眉間に皺を寄せていたけど、視線の先を私にすると笑顔で手を振ってくれた。…何か、あった可能性は高いかな。


「あれは友達かな」
「う、うん。いつもいるメンバーだよ」
「知った顔があったな」
「真結と恵美は持ち上がり組だから、会ったことあるかも」
「うん、そんな名前だったかも」

ふふ、と笑う幸村くんを見て、真結との間に何かあった確率はぐんと上がった。


「そういえば部活ってもう始まってますよね?」
「うん。俺はちょっと用事があってね。錦先輩には言ってあるし、藍沢さんの用も一緒にしてくるとも言ってあるから」
「あ、そうなんだ」
「あと中途半端な敬語はいらないよ。同学年なんだし」


ね?と首を傾げて笑顔の幸村くん。…確かに同学年だし、敬語使う方がおかしいのかな。しかし会話し始めて日が浅い、というか昨日初めて話したし、あと人間的に敬語じゃないといけないかな、みたいな。
でも本人も言ってるんだし、中途半端ってのも嫌だよね。


「じゃあ、敬語なしで」
「うん、その調子」


ふふふ、と笑う2人の笑顔は、…なんだかとても意味の違いのあるものだとは幸村と長年つきあってきたものにしかわからなかった。






話しながら幸村くんとともに着いたのは、テニス部の部室。でも人の気配はしないからもう皆コートに行ってるのかな。


「じゃあ、はい」
「あ、はい」
「それがジャージね。中に着るのはユニフォームが1番いいんだけど…マネージャーは自前のシャツとかでもいいよ」
「?なんで?」
「選手との区別もあるし、ユニフォームってお金かかるから。どうする?」


あ、そうか。お金かかるのか。ほとんどの人が着てるからくれるものかと思ったけど。まあそうだよね。学校のユニフォームは有料だよね。

「私も着たいな。一応、テニス部ってことになるんだし」
「わかった。じゃあ頼んでおくから、それまでは自前のシャツでお願いするよ」
「うん、おねがいします」


不本意ながらのマネージャーだけど、やっぱり引き受けた以上、しっかり仕事をしなきゃいけない。やるからには自分の気持ちも変えなきゃならないし、部員の人たちには快く部活をしてもらいたい。
それならまず見た目が1番気になるところだろう。同じものを身につける人に遠慮もなくなって話しかけやすいだろうと思う。あと、一緒に部活をしている感がある。

頼りないけれど、親しみやすさを感じさせたい。だからユニフォームは手にはいるならば欲しかった。


「じゃあちょっと着てみてよ」
「えっ?!」
「置いてあるユニフォームにね。大丈夫、俺は後ろ向いてる。ついでに着替えてるから」
「うう、でも…」
「どうせこの後、着ていくんだし」
「……わかったよ」


幸村くんの突然の発言に驚いたけど、まさか私が幸村くんという有名人と同じ空間で着替えようとは誰が思うだろうか。
「じゃあ俺を外で着替えさせる?」とでも言いかねない幸村くんが簡単に想像できたので、大人しく従うことにした。

幸村くんと背を向けて着替え始める。私が着替え終わったのと同じくらいに幸村くんも終わったらしく、制服を畳んでいると幸村くんが声をかけてきた。


「着替え終わったかい?」
「あ、うん」
「じゃあそっち向いても平気かな」
「大丈夫だよ」

着替えた制服、と言っても本当に制服だけで下着があるわけではなかったので、簡単にまとめてこちらを振り返る幸村くんの方へ真っ直ぐと向く。
ヘアバンドをしてさっきよりも幾分凛々しくなった幸村くんがそこにいた。

「うん、サイズは平気だね。男女兼用サイズだから、それと同じSで頼んでおくよ」

上から下までじーっと見られ、少し恥ずかしい。ユニフォームは小さくなく、ゆったりと着れる大きさ。私が着てもいいのかな、なんて思ったけど。


「へ、変じゃない…?」
「変?まさか。似合ってるよ」
「…よかった」
「ふふ。これからよろしくね。マネージャーさん」


にこり、笑いかけられた私は、反射するように笑い返す。
そんな幸村くんからは怖いというものは感じられず、皆が憧れるのが少しわかった気がした。



――――――
幸村は大人しくしていれば格好いいのに、真っ黒オーラを自然と出してしまうウチの幸村です。
さっそくマネージャーに!

書き終わり:11.03.09
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