※社会人



「高尾ー今日飲みいかね?」
「ええー俺誕生日なのに野郎と飲み行くのかよ」
「誕生日?じゃあなおさら飲み行かなきゃじゃん!女の子も誘うからさ!」
「っつって、悪いな。今日残業なんだわ」

今日誕生日らしいのは同期の高尾くん。仕事はしっかりやるし、先輩からも後輩からも信頼のある人だ。少し元気でチャラっとしてるけど仕事に対しては真面目。男女ともに交友関係は多く顔が広い。自分もそれなりに社内でやってるつもりだけど、すごいなあと思う人だ。ちなみにそんな性格に加えて顔もいいから女性社員からの人気もある。個人的に声もいいな、なんて思ってたり。
そんな彼らの会話を横目にパソコンに文字を打ち込んでいく。カタカタと鳴るキーボードの横で冷め始めたコーヒーが揺れていた。
私も早く帰りたいけど、これは確実に残業になる量だ。高尾くんも残業らしいが珍しい。といっても他に残業する人もいるらしく、疲れた表情でパソコンに向かう人が自分のほかに数人。私も負けずに頑張ろうと一度、伸びをしてから再びパソコンに向かった。




「おー 橙堂さん、仕事残ってるの?」

声を掛けてきたのは先ほど話題に上がっていた高尾くん。時計を見ればいつの間にか19時半と結構な時間が経っていた。同じく残業をしていた社員はもういない。いつの間に帰ったんだ。そろそろお腹がすいたんだけど…早く帰りたいのにこれはもう数時間必要そうだ。
高尾くんは仕事が終わったらしく、カバンを机の上に乗せてもう帰る準備をしていた。きっとまだ残っているから声を掛けたんだろう。外はもう暗い。12月も近いからか、気温も低く寒さが身に染みる。暖房をつけ始めた室内は今のところ温かいけれど。


「はい。会議の資料作ってたらズレに気が付いて。量が多くて時間がかかっちゃって」
「今日の分の仕事が終わらなかったんだ?」
「…そうです」

正直、資料のズレがあったのは完全なミスだ。一つを直せばその後ろにも影響してしまい、結局その後の資料の全てのバランスを修正する羽目になってしまった。後輩との協同作業だったが仕事を分けてもまた面倒なことになるため一人でやっていた。それが仇となり、今日中に手を付けようと思っていた仕事に手を付け始めたのは定時の少し前だった。
そこから残業をしていたが、まだ予定の3分の2まで終わらないところ。残りの3分の1強を最低でも22時までに仕上げたい。明日の予定の仕事も多くあり、出来れば佼予定していたものは今日中に片づけてしまいたいのが本音だ。

「ちょっと見せて」

パソコンを覗き込んできた高尾くんはマウスを動かし、今作業している仕事の中身を見る。そして「今日の予定」と書かれたメモに目を通し、うん、と大きく頷いた。

「これ俺出来る。半分やるよ」
「えっ いや、悪いよ」
「なんで?」
「だって…今日、誕生日なんだよね?」

恐る恐る尋ねてみる。盗み聞き…もとい聞き耳を立てていたわけではないけれど、普通より大きめの声で話していたから、あの場にいた社員のほとんどは今日が高尾くんの誕生日だということを知ったはず。その中の例外でない私が知っていてもおかしくはない。
彼だって先ほどまで残業をしていたわけなのに、更に私の仕事をさせてしまうわけにはいかないだろう。なんだって誕生日に残業なのに更に他人の残業を手伝うとか申し訳なさすぎるって!
別にいいよ、とUSBを取り出した彼に、ダメだよと差込口を塞ぐ。高尾くんはピタリと動きを止めた。むすっと彼を睨むように見つめると、ニッと笑顔のカウンターを受ける。


「いーって!俺もちょっと残業してたんだし、待ってる彼女とかもいねえし」


そういって座っていた私の頭をポンポン、と撫でた後、USBにデータを取り込み引き抜いていく。再び作業に戻るのに落としたパソコンの電源をつける為、自身のデスクへと戻る高尾くんを見った。





*****



「お疲れ」
「お疲れさま。手伝ってくれてありがとう」
「いえいえ、どういたしまして」

あれから2時間足らず、21時を過ぎた頃。ほぼ同じタイミングで仕事を終え、高尾くんのデータを私に戻してもらい、とりあえず今日はここまでにしておいた。データの統合は明日でも間に合う。
高尾くんの分の仕事内容が間違っていないか確認しなかったのは彼が仕事に対して一所懸命であるからだ。誰かの足を引っ張るわけでもない。おちゃらけた部分もあるものの、仕事に対しては真面目に努力をして成績を残していたから。というより、手伝って内容が全く違くて私の仕事の邪魔をするくらいなら、隣に座ってちょっかい出した方が作業妨害になってよっぽどいい。こんな時間まで一緒に残って手伝ってくれているのと、今までの彼の取り組みがあるからこそ、信頼して早めに帰るという選択をした。

残業を手伝ってくれたお礼に自販機で購入をした缶コーヒーを渡す。二度目のおつかれ、という言葉と共に缶の縁を合わせて鈍い音を鳴らした。
本当はこんなもんじゃ安くて申し訳ないのだけれど、高尾くんが笑顔で缶コーヒーでいいよと言ったので泣く泣く。あの笑顔に反論できるわけがない。外に出る手前、もう外気は寒く手にしたコーヒーは温かく指先の熱を復活させてくれるようだ。


「なあ、橙堂さんがよかったら今から飯食い行かねえ?」

あ、でもこの時間に飯って女の子ダメか?と高尾くんは手を口元に持って行って悩んでいる。「で、どう?」とコーヒー缶を口につけながらこちらに視線だけを向けた。
確かに家に帰ってご飯を作って、という作業をするのはいささか面倒な時間である。十分にお腹は減っているし、この手にしているコーヒーでもお腹に入って身体が喜んでいるというものだから相当。っていうかそんなにご飯行きたかったのか。なら、

「ご飯行きたかったらみんなと飲みに行けばよかったんじゃ…」

最初の高尾くん自身の残業が終わった時間ならば、途中参加もできたはずだ。そしてそのまま大勢の職場仲間に誕生日を祝ってもらえただろう。そしてそのノリで2次会、3次会も行ったはずだ。花の金曜日、明日は土曜日とはっちゃけてもいいだろう。
そういう意味も込めて言った私の言葉に高尾くんは目をぱちくりさせていた。何かおかしいことを言っただろうか。負けじと私も彼の反応に目をぱちくりさせれば、声を出して笑い始めた高尾くん。
え、ちょ、ますますわかんないよ。どうしていかなかったの飲み会。

「あー、そうかもしれないけど。これ言わせちゃう?」
「う、うん?」
「誕生日ぐらい、気になってる子とご飯行ってもいいじゃんな」


ゆっくりと、ゆっくりと彼の言葉をかみ砕く。うん?今、彼は何と言った?
誕生日くらい―――うん、今日は彼の誕生日だ。数時間前に彼自身が同僚に口にしていたことだ。
気になってる子と―――へえ、気になってる子なんていたの。顔の広いことで人気もあるから女の子は悲鳴ものじゃないかな。
ご飯行ってもいいじゃんな―――いや、だから。なんで飲み会に行かずに私を誘うんだ。確かにお互い夕飯は食べてないけれど。
……うん、うん?私をご飯に誘って、それが、うんと?なんだって?


「えっ…と、それ、はと言いますと」
「ちょっ……言葉通りの意味だよ。橙堂さんと行きたいの、ご飯」

橙堂さんとご飯に行きたい、つまり私とご飯に行きたい。そして誕生日だから気になることご飯いってもいいじゃん?という彼の言葉を繋いだ。要するに、要するに、だ。今言われた言葉を繋げば、彼の言葉どおりの意味になるわけで。高尾くんは気になる子、つまり私とご飯に行きたいらしい。
エエーッ!?と大声を出したい。切実に出したい。しかし夜、人気のない会社の出口。声は響くし迷惑になりかねない行為に叫ぶことは避けたが、代わりに身体が動かなくなってしまった。次いで彼の顔を見れない。つまり、つまりだな、今私は直接的な言葉でなくても好意を告げられたわけでして。どうすればいい、わからない。
とりあえず言えることは二人とも夕飯を食べてなくて残業終わり、お腹が減ってるという事実。そこに高尾くんからのご飯のお誘い。仕事終わりに疲れた身体で夕飯を作るのがしんどいからお話は正直に受けたい。帰ったらお風呂に入って寝るだけにしたいのが切実だ。その、高尾くんのご飯に行きたい理由と私の理由が食い違っていようとも、「ご飯を食べに行きたい」という願望は一致しているわけで。
彼の気持ちを誤魔化すわけではないけれど、まずは空いたお腹を満たすことが重要ではないか。詳しい話はそれからすればいい。


「わたしで、いいなら」
「ワタシじゃなきゃダメなーの」

一緒にご飯に行くことに決まった。「じゃあ行こうか。駅の方で、和食のお店なんだけどいい?」と聞いた彼に手首を掴まれ連行される。恐らく手は避けてくれたのだと思う。歩くスピードも私より早いはずなのに、私に合わせて歩いてくれる。隣に在る彼の存在に、恋人でもないのにこんなことになって何だかむず痒い。けれど盗み見みた彼の横顔はちょっと嬉しそうで、断らなくてよかったと本当に思った。
暫くして今日、大事なことを口にしていなかったと気が付く。あの、と紡げば歩くスピードを緩めてくれる。うん?と振り返った彼の鼻は外気に触れて寒いのだろう、少し赤い。そんな彼に負けじと赤くなっているだろう顔で、しっかり、言葉にした。


「誕生日、おめでとう」


サンキュ、と今日今までの中でとびきりの笑顔をした彼に、胸が大きく高鳴ったのは内緒。



きみが紡ぐプレゼント




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缶コーヒーがいつの間にかミスディレクション。
高尾 Happy Birthday!(遅刻)
14.11.22.
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