「お前の唇ってスゲー柔らかそうだよな」


目の前の彼女の唇をじっと見つめ、出てきた言葉がこれだった。
乾燥する季節になっても潤っているし、そこまで厚くないのにぷっくり膨れているようなそれ。柔らかそうというか、突くと揺れるような弾力がありそうな、そんな感じ。だから指で押したくなるし触りたくなる。
実際どんな感触がするのかなーって、思って数秒。俺キスしたことあるから知ってるじゃん。柔らかそう、という見た目と相反せず柔らかかった。とても。浅く開いている唇に魅惑を感じながら見つめる。

「乾燥してくるとちゃんとリップクリーム塗ってるからね」
「ぷるぷるになるやつ?」
「ぷるぷるになるやつ」


ふーん、
自分から降った話題なのに特に気にせずに返事をした。リップクリーム塗ってるんだ、だから近づくといい匂いがするんだ、リップクリームで唇が潤っててぷっくりしてるのか、と変な結論にたどり着いて。






「…あれ?」

何か嗅いだことのある匂いが鼻を掠める。体育館で男だらけの中、ちょっと場違いなにおい。見渡してもマネージャー以外は女子居ねえし、かといって周りには男だらけ。おっかしいなーと首をかしげて練習に戻る。
しかし再び男らしからぬ匂いが鼻を掠めた。しっかりとではないが、ふわっとしたそれに正体が掴めない。ピピッと鳴った笛に手を止める。チームを交代し休憩番になるためタオルで汗を拭いながら考えた。

「どうした、高尾」
「なんかにおいません?フルーツみたいな」

余程難しい顔をしていたらしい。宮地先輩が眉間をグーで軽く小突きながら近づく。スンスン鼻を利かせると微かに香る、ちょっと甘い香り。たぶんこれはフルーツの香料のような、そんなやつ。男だらけの体育館に場違いな匂い。そんなものを感じなかったか、先輩に聞けばハア?と首を傾げられる。

「匂い?…ああ、そういえば女子から貰ったリップクリームつけてる」
「なんだ!宮地センパイだったんすね」

あの宮地先輩が女子からリップクリーム!しかもフルーツの香り!耐え切れずに吹き出すと容赦なくグーでこめかみの両側をぐりぐりとされる。マジ、これ、痛いんだって!
すんません、と急いで謝ると珍しく開放してくれた。…というか、先輩自身も香り付きリップクリームが思っていたより香っていて恥ずかしいらしかった。

その後練習に戻ったが、俺の頭には何かが引っかかっていた。何が引っかかっているかと言うと、匂いの発生元はわかったが『嗅いだことのある』匂いということ。何所で嗅いだのか、何故自分はこの匂いを覚えているのか。リップクリームなんて自分がつけても薬用のものだし大体香り付きのものなんて女子が付けるものだろう。
そこまで考えると最近リップクリームの話題を誰かと話したような気がする。誰だっけ、確かあれは、唇がすっげえ柔らかそうだなって見てたから……。


「…ああ、香代の匂いだ」


なんて、頭を過るのは薄く開けられた艶やかな、彼女の唇。



***



自主練を終え、制服に着替えて帰り支度をする。真ちゃんはまだ自主練をしていて、今日は俺が先に帰る日。彼女の香代が遅くまで部活をする日なので家まで送っていくのだ。いつもならリヤカー付き自転車で真ちゃんと帰るが、この日だけは真ちゃんも理解して香代と帰らせてもらっている。
部室から出ていくとすぐそこに彼女の姿を捉え駆け寄った。

「お疲れさま」
「おー 香代も!」


二人で並んで歩く。校門を出て暗くなった道を進んでいく。部活での出来事など他愛のない話題で笑いあいながらすぐ隣に在る香代の肩がぶつかった。触れる肩に我慢できずに手を握る。あ、と気が付いて握った手を指を絡めるようにして握り直し、香代の方を盗み見た。流れるように握り直し、平然とした態度の俺が気に食わないらしく、頬を少し赤く染めながら睨まれる。そんな睨んでも上目遣いにしかならない辺りが可愛くして仕方がない。そうしていじらしくもゆるゆると手を握り返してくれるから堪らない。
気に食わない表情は変えず、尖らせている唇に自然と目が行ってしまう。部活中の宮地先輩からのリップクリームのほのかな香りで香代を思い出してからというもの、変に頭の隅にチラついて仕方がなかった。香代の姿だけでなく、唇の形や匂い、どんな感触だったか…ほわわんと思い描いては部下中だからやめろと幾度自制したことか。
そんなことがあったからか、いざ目の前に差し出されるといやでも目が行ってしまう。リップクリームが付いているらしく、乾燥していない瑞々しい唇。形は綺麗で熱くもなく薄くもない。香りは先輩とは違うけどフルーツのほのかに甘い香り。半開きの口からは白い歯と赤い舌がちらちらと覗いていて。…やばい、これ、かぶりつきてえな。


「なあ」

ぐ、と腕を引き進めていた足を引き留める。流れるように腕を引かれた香代は俺の腕の中にダイブして、逃げられないように腰を抱く。覆いかぶさるように顔を近づけた先、彼女は目を見開いたまま唇を合わせた。
ああ、柔らかい。思った通りの柔らかさと、リップクリームで乾燥していなかったおかげか瑞々しく潤った唇。ほのかに甘い香りを俺の唇に移し、最後にその唇をペロリと舐めて顔を離した。



「ごちそうさま」


それはもう、嬉しそうに。語尾にハートがついてると錯覚するほどに甘い言葉で囁いて。




おいしいくちびる





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14.12.09.
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