「風見さん」
午後の試合が終わり自主練に切り替わる時間。ボトルにドリンクを追加する部員に声を掛け、水道で新しいドリンクを作って補給していたところに現れたのは赤…京治くんだった。
「どうしたの」
「孤爪とさっき話してたよね。何かあったの」
「えっ と、特に何もないけど…」
京治くんのことを相談していたんだけれども、本人を目の前にして「貴方のことです」なんて言える度胸はない。まあ無事に「諦める」という答えに到達したので、今になっては特別な内容ではないのだ。
「そう?」
「そうだよ」
「ふーん」
何か言いたげな目…いや、この人いつも目がとろんとしているか。ジト目がデフォなのか。だからだろう、彼にじっと見つめられると何か問い詰められているような錯覚を起こしそうになる。
ドリンクを作っていた手を止め、京治くんと向き合って話そうと立ち上がろうとする…が。
「う、わ」
「っ危ない!」
バランスを崩し後ろに倒れそうになる。京治くんは手を伸ばし、私の腕を掴む。その効果があってか、数歩を要したが何とか倒れずに済んだ。持っていたボトル一本も何とか落とさずに持っている。
私がバランスを取って立てたのを確かめて、京治くんは大きくため息をついた。あれ、なんかさっきもため息つかれたような?
「おっちょこちょいなの、風見さん」
「そんなことはないけど」
「おっちょこちょいだと思う」
「本人に聞いても否定するなら聞かないでくれるかな!?」
「自覚してるかな、と思って」
掴んでくれていた腕を離し、じっと見つめる。
「…ありがとう、掴んでくれて」
「どういたしまして」
「さっきも助けられた気がする」
「頑張ってるのは分かるけど、一旦落ち着いてから行動してもいいんじゃない?」
別におっちょこちょいじゃないし、いつもこんなドジが多いわけでもない。何でかな、今日はドジが多いというか、目立つというか。
と、話しかけていた京治くんがじっと私を見つけたまま動かない。
孤爪くんの件はこれ以上言うこともないし、あとは何か話があるのかな?そう思った私は京治くんを見つめ返し、言葉を待つ。
「…あ、タオル洗濯?」
「え…ああ、うん」
「マネさんに渡しておこうか?自主練、行くんでしょう」
「でもドリンク作ってるだろ」
「肩に乗せといて。終わったら届けに行くから」
「汗臭いけど」
「平気じゃない?汗臭いシャツ山盛りで運んでることもあるし、タオル一枚くらい」
ほら、と預かるように手を差し出す。彼は渋っているらしく、なかなかタオルを渡してくれない。
というか確か京治くんの自主練先って、月島くんが参加してるところじゃなかったっけ?音駒と梟谷の主将さんのいるところ。遅れて言ったらぐちぐち言われてしまうんじゃなかろうか。
「主将さんたち、待ってるんじゃない?」
「!」
「預かるよ。無くさないし、心配しなくてもちゃんと届けるって」
「…タオルの心配はしてないけどね」
じゃあお願いしようかな、と漸くタオルを渡してくれる。ねばるなあ。そんなにタオルが心配か。無くさないように、肩よりも首に巻いておこう。汗臭いと言っていたけど、別にそこまで汗臭いわけではない。シャツの方が余程汗をしみこんでいて臭いよ。
「自主練、頑張ってね」
「…ありがと」
「あ、月島くんをよろしくー」
「よろしくされました」
よし、お待ちかねしているドリンクをさっさと作って持っていかなくては。そうしてタオルを梟谷のマネさんに渡して、烏野の洗濯物を洗濯して。やっちゃんは影山くんの練習に付き合っていてバテてないかも確認して。
背を向けて歩き出した彼が、なんだか目が離せないよな、と私のことを思っているなんて知る由もない。
――――――――
16.02.24.