海賊 | ナノ

水曜日



美味そうな香りを食堂から漂わせ、クルーのほとんどが食堂へと集まっていた。
キャスケットが手渡すは湯気の立った出来たてのハヤシライス。受け取るはティナーだ。


「はい、ハヤシライス」
「ん、ありがとう」

ティナーの目の前に置かれた物は間違いなく先日食べたいとリクエストしたハヤシライスに間違いがなかった。
待ちに待ったハヤシライス。キャスケットの作ったハヤシライスが今、目の前にある。


「いただきます」


高鳴る胸をそのままに、ティナーはスプーンを手に取った。そのままハヤシライスを掬(すく)い、口へと運んでいく。その様子にクルーは息をのんで見守っていた。
口へスプーンを入れ、目的の物を咀嚼(そしゃく)し、嚥下(えんげ)する。キャスケットですら、この場は大人しく待っているしかない。

「…うん、おいしい!」

笑顔でほしい言葉を紡いだティナーに、キャスケットも満面の笑みで返した。



そうして1人前一歩手前のコック2人が次々にハヤシライスを盛り付け、他のクルーに配った昼食の出来事。
まず最初はティナーに食べさせたい、といったキャスケットに誰も異論は出さず、それに協力した。
まだ本来では動かない方がいいキャスケットを手伝い、最後の仕上げは彼に任せた。そうしないとティナーにとっては意味がないし、キャスケットも納得しないとコック2人はわかっている。船長のローを説得し、ローも仕上げだけという条件で許可をだした。

忙しくハヤシライスを盛るキッチンのコック2人にティナーとキャスケットは視線を向ける。


「仕上げ以外は2人なんでしょう?」
「ああ」
「美味しいよ。これならキャスケット復活までキッチンは任せられると思うな」
「…そうだな」

キャスケットにはまだ不安が残っているが、彼からみても今回のハヤシライスは合格点。一から作ったにしては十分な出来だ。成長している彼らを嬉しく思う反面、今の自分の状況に不安が募る。
昨日ティナーに漏らした不安は簡単にはなくならなかった。

「ふふふ」
「な、なんだよ」
「キャス、難しい顔しすぎ」

不安が顔にでている。そんなことにも気付かぬままキャスケットはキッチンで忙しく動く2人に視線が釘付けだ。
それに気付いているだろうか、ティナーがそんなキャスケットの視線に妬いているなど。

「…なーんか妬けちゃうなあ」
「何に妬けるんだよ」
「キッチンに嫉妬」
「はあ?」

確かに料理を作るキャスケットが好きだ。美味しい料理を楽しそうに作る姿がとても好きなのだ。だけれど今、キャスケットは料理ができない。
だからこそ焦がれるキッチンへの視線。それがなんだか寂しく感じる。


「俺はさ、ティナーが食ってくれるからコックやってるようなもんだよ」
「あっはは、なにそれ」
「いつの間にかそうなってた。ティナーが美味そうに俺の料理食ってくれるから、俺も美味いのつくろうって」

そっとサイドに垂らした髪を掴まれ、キャスケットはその髪を撫でている。突然された行動に、そして愛おしむようなその瞳にティナーは恥ずかしくなった。
でもこんなキャスケットの気持ちを聞くのは初めてなので、まさか自分のためだということに驚きが隠せない。

「そう、なの?」
「うん。だから喧嘩したとき、正直なんで頑張って料理作ってんだろうって思ったんだよ。勿論クルーに作るのは当たり前なんだけど…ティナーの為じゃないって思ったらな」
「そんなことないよ」
「そうなんだよ。だから俺はいつまでもアイツ等を一人前にできない」


一週間前の喧嘩を思い出す。
詳しいことは聞くことができなかったが、喧嘩をした時はキャスケットの機嫌がすこぶる悪かったそう。料理もイライラしながら作るし、手つきが適当で危なっかしいという感じらしかった。そんなキャスケットに他のコック2人は怯えて近寄るのにも勇気が必要だったとか。
そんなことを思い出し、ああ、本当かもしれないと思う。

最初は料理が好きで作るのは当たり前で、それがいつの間にか自分の為に作ってくれていたという事実がティナーにはとても嬉しく感じる。
それはもう嫌なことがこれでもか!と吹っ飛ぶくらいに。


「だから嫉妬とか、いらないと思うけど」
「…それとこれとは違う気がする」
「俺がいいって言ってんだからいいの」
「ズルい!私は嫉妬するなって言ってるみたいじゃん」
「だから、そうなんだって」

コツン、と軽い音を立てて重なるティナーとキャスケットの額。
こんなにも近い、息遣いさえ聞こえる距離。幾度となくあわせた唇さえも恥ずかしい。


「俺にはもう、ティナーだけだよ」


キャスケットの瞳と視線が合致する。その瞳にティナーが映り、ティナーの瞳にもキャスケットが映る。互いの瞳に互いしか映らない。

「段々、俺の理由がティナーになってくな」
「いいの、そんなので」
「うん、いい。それがいい」

キャスケットの唇がティナーの瞼へ動き、そのまま軽く押しつける。恥ずかしいのは先ほどと変わらないけれど、触れた熱が心を温かくさせてくれる。




「おーい。2人とも此処が食堂なの忘れてんなよー」


と、突然2人の頭に衝撃が走った。横を見れば両腕を伸ばし、自分たちの頭にがっしりと手を乗せているバンの姿。
周りのクルーはニヤニヤとこちらを見ており、キッチンのコック2人は顔を赤くしている。

「イチャつくんなら部屋でやれよー」
「ったく、キャスケットも怪我治ってねーんだからよ」
「もう少し押さえろよな」

周囲の冷やかしに顔を真っ赤に染め上げるキャスケットとティナー。お互いを見て更に赤くさせ、一層の冷やかしを受ける。

「ばっ お前ら見んな!」
「お前たちが勝手に始めたんだろ…」
「だからっていいわけ…イッテェ!」
「うるせぇよ、静かにしろ。傷口開くぞ」

クルーに突っかかったキャスケットを止めたのは、配られたハヤシライスを静かに食べていたローであった。
バンと同じくキャスケットの頭を掴み、それに力を込めている。メキメキとしなる骨の音にキャスケットは潰される!と判断して大人しくなった。

「ティナー、早く食ってコイツ寝かせろ。どうなっても知らねーからな」
「ふふ。アイアイ、キャプテン!」
「キャプ、テン…離してくださ…っうぐぬうう!」


ローにされるがままのキャスケットをそのままにハヤシライスへと手をつけた。

キャスケットだって、私の理由だよ。口に出して言わないけれどこれは確かな事実。キャスケットがいなくなったらどうすればいいか分からないもん。
だからこれからも、お互いを理由に生きていこう。


ねえキャスケット。
私、貴方のことだいすきだよ。





水曜日、だいすきな貴方へ。


(これからも2人で色々なものにぶつかっていこうね)
(貴方がいたら、なんでも乗り越えていけるから)



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これにて10日間終了になります。
読破してくださった方々、ありがとうございました!
12.04.04.
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