海賊 | ナノ

水曜日



眠りの世界からうっすらと覚醒し始める私の脳と身体。視界には影が映り、誰かが私を起こしているみたい。肩を軽く揺すられるのがまた心地よい。
どうせキャスケットだし、まあいいかと駄々をこねてみようとすれば…


「ティナー、起きて!ご飯さめちゃうよ?」


何とも、キャスケットがキャラチェンジしたみたいだ。そんな可愛らしく台詞をいうキャラだった?むしろこれはベポが言いそうな―――ベポ?

「…ベポ」
「え?そうだけど…」
「…………おはよ」
「うん、おはよ!」

寝ぼけているにも程がある。影にはしっかりと耳がついていたし、第一、キャスケットがキャラチェンジする筈がない。
部屋の外で待ってるから一緒に行こう、とベポが言うので私はなるべくいつもより早く着替えるのを心がけ、ベッドから抜け出す。
それにしても何でベポ?いつもならキャスケットが起こしにくるのに。


「キャスケットに頼まれたの」
「キャスケットに?」
「うん。いつもならキャスケットが行くからどうしたのかな?って思ったんだけど」
「……そうだよね」
「ああ、ごめんね!困らせたかったんじゃなかったのに…えっと、」

そう言って話を逸らして、私を慰めようとしてくれるベポに嬉しさがこみ上げる。まだ気候は暑いけど、構わずベポの腕にしがみつく。

「ありがと、ベポ。大丈夫だよ」
「…ティナー」
「さ、ご飯ご飯!ね?」
「うん、行こう」


私の所為でベポが悲しむのはイヤだ。周りにも心配かけたくない。だからいつも通りに振る舞えば、何にも心配をかけずにすむじゃないか。
そう思いながら食堂へ向かう私は、事態はそんなに甘くないと、考えてはいなかった。




―――――食堂へつけば。

いつも同じテーブルで食べるのは、私にキャスケット、ペンギン、船長にベポだ。私とベポが扉を開けてテーブルを目指せば、そこには船長とペンギンがすでに座っていた。しかし、私を睨むと行ったオプション付きで。
ふいっと無視して席へ座れば、すぐに来たのは料理を持ったキャスケット。「おはよう」と挨拶をしたにも関わらず黙るキャスケットに睨みを聞かせていれば、小さく「…はよ」と言われただけ。特に会話はなく、そのまま料理が全て運ばれて食べ始める。

(あれ、いつもどんな話してたっけ?)

いざとなると、普段している会話が思い出せない。意識して思い出そうとすればするほど、何も思い浮かばないもので。キャスケットからは勿論、話しかけられない。必然的にいつもの席であるためキャスケットは私の隣なのだが、今日は黙って食べているだけ。
その空気に耐えられなくなったのか、船長がペンギンに航海の様子を聞いていたが、私には全く耳に入ってこなかった。

普通ってなんだろう?
いつも通りってどうすればいい?

うーんと考えながら食べていた私。その間にもキャスケットは黙々と食べ続け、もうキャスケットの分の朝食がなくなりそうになっていた。


「御馳走様」

ついに食べ終わってしまったキャスケット。自分の食器を持ち、シンクへ水に浸け置きに行ってしまった。はあ、と自然とため息を吐く。なんで私、こんなに考えてるんだろう。
考えにとらわれるのを止め、び食事に手をつけ始めればキャスケットがテーブルに戻ってくる。
ティナー、と名を呼ばれビックリしたけど、何?と平常心を装って返した。自然に、普段通りに。

「夜の食器洗いの手伝い、いいから」

キャスケットはそれだけ言い残し、テーブルの食べ終わった皿を纏めて持って行ってしまった。
はあああ?
意味が分からない。な、なんなの!本当、意味がわからない!
姿が見えなくなってから、拳を軽くテーブルに叩きつける。もう、もう食事どころじゃあない。なんなのよ!

「ティナー」

再び名を呼ばれる。それは、キャスケットと反対側の隣に座ったペンギン。少し睨むような視線で見れば、はあ、とため息を吐かれる。

「昨日俺の言ったこと、守ったか?」
「…しらない」
「…言ったんだな」
「言ったけど、なに?」

はあ、と再びため息を吐かれる。何よ、ため息吐きたいのはこっちも同じよ。
ペンギンは食べるのを中断し、私を見る。私がそのまま食べているのは失礼なので、私も膝に手をおいてペンギンの方を向いた。

「キャスケットの機嫌が悪いらしい」
「私は関係ない」
「他のコックがなんとかしてくれと、船長に頼んできた」
「えっ」

同じテーブルで食事をしている船長をみる。会話は聞いているようだったが、あくまで食事優先らしい。今まさに口に入れる瞬間を見てしまった。お構いなしに口に食材を放り込んだ後、私の視線に気づいたのか、船長が私に向かって口を開いた。

「面倒だから喧嘩したなら早くより戻せ」


んな他人事な!確かに他人だけど!

そんな事を言われて、何とかキャスケットと話そうと努力をした。それでもその日はキャスケットに避けられ、結局食事の時も話さないまま、自室のベッドへ入った。

悔しくて、涙が止まらない。




水曜日、確かに感じた2人の距離。


2011.09.05.
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