海賊 | ナノ

火曜日



朝からるんるん。
何故かというと、昨日のミックスベリーソーダのことも勿論だが、船長が甲板掃除のご褒美(?)に頭を撫でてくれたのです!人をこき使い、挙げ句の果てに軽い船内暴力をするあの船長が頭を撫でるだなんて槍が降るんじゃないかと心配してたけど、無事に生きてる私。
ああ、昨日1人で甲板掃除しててよかった!
そんな私に気付いたペンギンに、暑さで頭がおかしくなったのかと心配された。

「どうした?ついに頭でもイカレたか」
「むっ 失礼な!」
「…もとからだったか?」
「…ペンギン」
「ああ、悪い悪い。怒るなって」

ペンギンは時々ひどいことを冗談で言う。いや、本気だけど私がわかっていないだけなのかもしれない。それ、辛いな…。

「で、どうしたんだ?」
「聞いてよ!船長が頭撫でてくれたんだよ!私、槍が降るんじゃないかドキドキ!」

船長が頭を撫でてくれたことは私にとってとても嬉しい出来事で、本当に嬉しそうに話していた。

「…それ、キャスケットには言うなよ」

私が嬉しそうに話すと、ペンギンは逆に複雑そうな顔を浮かべている。

「何で?」
「いいから。わかったな?」
「うん…」


ぽん、と頭に手を置かれ、最後にぐりぐりと押さえつけられ、ペンギンはそのまま去っていった。キャスケットと船長って今、ケンカ中だったっけ?そんな雰囲気朝まで出てなかったし、昨日と変わらずだった。
それより!ペンギンにまで頭撫でられたってどういうこと?私はまだまだガキんちょだって、そう言うこと!?これでも20歳なのに、その扱いは酷い。

船長に頭を撫でられて、ペンギンにも撫でられて嬉しい反面、隠された真実らしきことに気づいた私は何だか気分が乗らない。
先ほどまでルンルンだった気持ちが少し淀み始め、昨日とは正反対に仕事はなにも手をつけないまま、夕食になってしまった。





夕食を何だかスッキリしないまま終えれば、本日最後の仕事が待っている。それは食器を拭くこと!キャスケットが食器を洗い、私がそれを拭いていく。終わったら2人で食器の片づけ。
コックであるキャスケットとは、昼間にあまり一緒にいることができない。仕込みとか色々と凝っていて意外と大変らしい。その分、美味しい食事が出来るから中々恨めない。
そんな私たちが一緒にいる時間を確保できるのは、1日でこの時間が殆ど。それと本当に時々、そのまま夜を一緒に過ごすくらい。島に着くと別の時間が作れるけど、大体のスケジュールは決まっているからほぼこんな日常だ。


「今日のパスタは湯で加減がバッチリだったよ」
「おっ そりゃよかった」
「明日もご飯よろしくね」

任せろ!と意気込んだキャスケットに思わず笑ってしまう。料理が好きなんだなあと本当に思うし、私もキャスケットの作るご飯が好きだなあと思うから。

「そう言えば今日、何か機嫌よかったよな。夕飯ン時は普通だったけど」
「うん、そうなの!あのね…」

キャスケットにも話してあげよう。船長が頭撫でるなんて絶対何かが起こるよ!と口に出そうとしたけれど、昼間のペンギンの言葉が脳裏に浮かんだ。


(…それ、キャスケットには言うなよ)

思わず口を閉じて会話を途切れさす。
キャスケットには言うなってどういうこと?何でキャスケットには駄目なんだろう。私が話すのに誰かの許可がいる?…でもペンギンの言葉には重みがある。常にペンギンの言葉には真実がついてくるし、船長の言葉より信用できる時もある。
ならペンギンの言葉に従った方がいいに決まってる。でも…でも、何故キャスケットには駄目なのか理由がわからない。キャスケットなら絶対、笑ってくれる。キャスケットだもん。
私はそう信じて、小さく呟いた。

「船長がね、昨日の甲板掃除のことで頭を撫でてくれたの。ビックリしちゃって!」
「船長が…」
「今日は絶対槍が降るって思ったんだけど…キャスケット?」

キャスケットから手渡されたお皿を拭きながらなるべく楽しそうに話す。撫でられたこと自体には本当に嬉しかったし!そのあとに気付いたことは口にしたら自分が悲しくなるだけだし、話さないことにした。
貰ったお皿を拭き終え、キャスケットに次のお皿を貰おうと隣に視線を送れば、キャスケットは私をじっと見ていた。

「どうしたの?」

一度視線を手元に戻して洗っていたお皿を乱暴にシンクへ置き、流していた水を止めてこちらを向くキャスケット。その目は何だか怖くて、そのまま身をすくめてしまう。

「お前、船長に頭撫でてもらってそんなに嬉しいのかよ」
「なっ…だって船長だよ。そりゃペンギンとかにも撫でられたら嬉しいけどさ!」
「あーもういい。何でもねー」
「ちょっと、キャスケット?」
「代わりの奴寄越すから、それやっといて」

その後は視線を交えることのないまま、キャスケットは帽子を深く被ってそそくさとキッチンから出て行こうとする。キャスケットが何が気にくわなかったのかわからない私は、その後ろ姿によくわからない怒りがこみ上げる。


「なに怒ってんのよー!」
「怒ってねー!」




火曜日、はじめて喧嘩した、はじめての夜。


2011.08.31.
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