海賊 | ナノ

風邪っぴきと頭



朝から頭が痛かった。一昨日からから少し咳もでていたし、風邪を引いたらしい。
大人しくしていれば悪化することはないだろうし、早めに寝るのを続けていれば自然と治るだろう。あと、あまり誰かと一緒に行動しないことだ。

コックのジルには話を付けてあるから、しつこい料理ではなく身体に優しいさっぱりした料理を頼んでおいた。部屋から出るのも好ましくないが、誰かに持ってこさせるのも悪い。だが、そんなに状態も悪いわけではないから、ジルに部屋の入り口まで持ってきてもらうことにしてある。
寝ていなければマズいわけではなく、普通に行動はできるのだ。
キッドにはこのことは話していない。でもジルから伝わってはいるのだろう。何があったか押し掛けてこないあたり、そうだ。

ご飯を食べて食器の乗ったトレーを扉の向こうに置き、いつも通りベッドで本を読んでいる。
回収にくるのもジルで、いつもはノックをして声をかけていくだけのはずなのに、今日は「はいっていいか?」と聞いてきた。別に都合が悪いわけでもないし、「どうぞー」といって視線を本から扉へと移すと、そこには当然ジルがいて、さらにはキッドまでいた。


「じゃ、お頭。あんまり無理させるなよ」
「わかってる」
「またな、ティナー」

ジルがそういって立ち去ると、キッドは部屋に入り、後ろ手に扉を閉めた。

「キッド…どうしたの?」
「体調はどうだ」
「別に悪いってほどじゃないんだけど、念のため」

キッドがこちらに歩いてきたので、私は読んでいた本を閉じた。そばまでくると、キッドは私のおでこに手を当て、熱を計る。

「船医にはみてもらったか?」
「んーん。風邪っていわれるのがオチでしょ」
「自分で勝手に判断してんじゃねーよ。おら、船医ンとこいくぞ」

ぐいっと無理矢理起きあがらせられて、バランスを崩す。しかしそれはキッドが支えてくれて床に落ちる事態は免れた。

靴を履いて船医の元へいく。キッドの後をついて行くが、何をそんなに急いでいるのか、早足だ。しかしそんなに距離もないため、文句は言わずに少し距離を置いて走らない程度の早足でキッドについていった。
キッドが医務室へたどり着くと、後ろにいる私をみる。しかしすぐ後ろにいなかったのがわかると、口をむっと噤んだ。


「はやかったか」
「ちょっとね」
「まあいい。早く診てもらえ」
「はいはい」

医務室の扉をノックし、なかから「どーぞ」の声がすると、静かに扉を開けた。




船医の診断の結果、普通の風邪と診断された。


「大人しくしてたのはいいことだね。他人と接触しなかったのも。でもひとつ、俺のところに診せに来なかったのは何で?」
「普通の風邪と診断されるのがオチと思ったからです」
「んーまあそうなんだけど。風邪をひく一歩手前の状態だから、後何日かすれば症状もなくなると思うけど…そんなに頼りない?」
「い、いや…ただの風邪で手を煩わせるのはなーと思って!」
「心配しなくても、この船の船医は俺だし、もっと頼ってイイから!症状が悪化したらまた遠慮なくきなさい」
「はい」

ありがとう、といってキッドと共に医務室を後にする。
行きに私の歩く速度が遅かったからか、キッドは私の腕をつかんで私に合った早さで歩いてくれた。
自分の部屋に戻るのかと思いきや、そのままキッドの部屋に連れて行かれた(隣の部屋だけれど)。


「キッド?私はやく休みたい」
「完全に風邪になってねェんだから平気だろ」
「そう言う問題じゃないでしょう?そこが肝心なわけであって…」
「っるせぇ!」

ぐいっと引っ張られて私の身体はベッドへ沈んだ。
いた…と身体を起きあがらせるとキッドが上から覆い被さってきた。


「ちょ、なにしてんの!」
「うるせェな。溜まってんだよ…」
「たっ?! や、キッド!」
「風邪の一歩手前って言われたんだ大したことねーだろ?」
「ある!悪化したら意味ない!」
「関係ねェ」

顎を掴まれ、キッドの顔が近づいてくる。その力にかなうはずがなく、両腕は自分の身体を支えるのにいっぱいいっぱい。
それがなくなれば全身がベッドへと倒れて意味がなくなってしまう。
ダメだ、ここでこんなことしたら…キッドが、だめ…ダメ…っ!


「キッド!!!」
「!」

唇が触れる寸前、大きな声で名前を呼んだ。そうすれば一瞬でも行動を止めてくれることを知っていたから。
キッドが止まった隙に脇から逃げ出して扉に向かう。

「ダメだって言ってるじゃない」
「何がダメなんだ!別にイイだろ」
「よくない!も、なんでわからないのっ」
「はっ わからねェよ、おまえの行動が」
「わからないならいい。とりあえず、治るまで近づかない方がいいの。キスなんて尚更。部屋にもなるべく来ないでね!」

言いたいことだけ言い捨てて、逃げるようにキッドの部屋からでていく。
扉が閉まる前にキッドは再び扉を開け、隣の自分の部屋に向かう私に向かって怒鳴った。


「訳わかんねェ事いってんじゃねーよ!」

キッドの怒鳴り声に近くにいたクルーたちが何事かとこちらをみてきた。しかしそんなことすら頭に入らず、私は怒鳴ったキッドに向かって怒鳴り返した。

「もう、つべこべ言わずに聞いてちょうだい!こっちは風邪引いてんのよ!…も、頭イタいわ…!!」

自分の怒鳴り声と先ほどのキッドの怒鳴り声が少し頭に響いたようで、ズキズキと痛む。
ここで怒っても熱がでるだけだ。
頭の痛さについ手でこめかみを押すと、その腕をキッドが掴む。

「だから大人しく言うこと聞いてりゃいいんだ」
「…やめて、一人がいいのよ今なら別に浮気してきても怒らないから…」
「ッバカじゃねぇのか!お前じゃなきゃ意味ねーんだよ!」
「…っもー、一人にしてよ!何でわからないの?!」
「わからねーよ、何でダメなんだよ!理由を聞かせろ!」


大声でのケンカにクルーたちがあつまってくる。しかしそんなことが視界の端で起こっても、今の私たちには互いしか見えていない。
私の言い分のわからないキッドに、ただの風邪気味程度で拒絶する私。
がるるる…と犬同士が威嚇し合うような空気が流れる。

「…理由?」
「そうだ、理由」
「、そんなこともわからないの?」

理由なんて、誰でも考える事じゃない。それを、この人はわからないって言うの?
天下のユースタス“キャプテン”キッド様が聞いてあきれるわ。なんでこんなのが超新星の中でトップなの?…こんなだからトップなの?こんなとこもクルーはみんなすきなのかしら?
可愛いとこもあるけれど、それが時々妙にかみ合わなくて突っかかる。それが厄介。今回みたいな。


「〜〜っ!バカじゃないの!!?」
「ばっ ンだとてめェ…」
「何で近づくなって?バカでしょ!普通に考えたらわかるじゃない!風邪を移さないためでしょう?クルーにも、もちろんキッドにも!あんたはこの船の“キャプテン”なんだから風邪なんか引かれたら余計に困るのよ!だから近づくなっていったの!このっバカキッド!!」


掴まれていた手をブンッと振って振り払い、さっさと自室にこもってしまった。
…まったく、ほんとに情けない。
そりゃ、キッドがみんなの気持ちを分かってたりしたらとてつもなく気持ち悪いけど、あそこまでわからなくなくてもいいと思う。
呆れた船長…恋人だこと。

私は怒鳴ったのと一気に喋ったことで疲れてしまい、そのままベッドへ倒れ込んで瞳を閉じた。








ティナーに手を振り払われた頭は、何故か固まっていた。

「……………」

2人は気づいていないだろうが、少なくはない数のクルーが2人のやりとりを堂々とみていたのだ。

「…あれ、もしかして頭、ティナーがみんなに移さないように部屋に閉じこもってることわからなかったのか?」
「そうだろうな」
「しかし、お頭もお頭で結構大胆なセリフ言ったがティナーは気づいてないぜ?」
「大胆?」
「『お前じゃなきゃ意味ねーんだよ!』だよ」
「「…確かに」」
「あつあつの癖してケンカする内容が微妙にズレてるからな」
「ま、そこが2人のいいところだと思うけど」
「「…確かに」」


キッドはしばらくして、自室の扉を一発殴った後、甲板にいるであろうキラーの元にむかった。たぶん、憂さ晴らししに。
by傍観していたクルー


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2010.12.06.
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