海賊 | ナノ

気持ちを込めて




試験も終わり、部活動が再開した。ルフィは勿論のことキッドや薙那もやっと終わったと部活に集中できることだろう。
終了日も勉強からの開放感からか賑やかになるが、それと同じくらいに賑やかになるのは、やはり試験が返されるときといって過言ではない。
その賑やかというは嬉しさを含むものか、悲しみを含むものかは人によって大きく違うのだが。

ルフィは大抵、教師から試験が返されると同時に点数を見て全身でその結果を表す。なのでナミなんかはそれで試験の良し悪しが大体だがわかってしまう。
一方、薙那はというと、返されて点数をみてもその場で表情を変えず、ナミでも試験結果は直接本人に聞く形になる。


「薙那、あんたどうだったの?」

全試験が生徒へと返される。ちょうど4限目だったために、キッドとローも6組へと顔を出したところだった。
薙那は返された解答用紙をぎゅっと握り締めたまま、集団の方へと歩んでいく。

「みてみて!」


薙那が差し出してきたのは古典の解答用紙。それを勢いよく、かつ笑顔で見せている。
当然ナミたちと同じく見せられたキッドとローも、薙那のその解答用紙を見るわけであるが…。

「…43、点?」


驚異の点数を掲げる薙那の瞳はきらきらと光っている。状況を把握できないキッドとローはどうしたら良いかわからず、良い反応を返せぬままだ。

「ギリギリね、頑張ったじゃない」

どう考えても目の前に出された問題用紙には43点の文字。逆さまにしたら読めないし、かと言って逆の34点だと低くなる。

「そうなの、今までで最高点!よかったぁ」

ナミに撫でられフニャリと顔を緩ませた薙那にローとキッドは視線を通わせた。


「(おい、あれで最高点ってどういうことだよキッド)」
「(あれだろ…古典苦手だって)」
「ナミが活用表だけは覚えろっていってたから必死で覚えたの。この丸の七割活用表の問題だよ!」
「そう、覚えてられたのね!よかったよかった」
「ロビンにも見せてくるっ」

満面の笑みを浮かべる薙那はキッドとローの微妙な笑みに気が付くはずもなく。そのまま古典の解答用紙を持ってロビンの方へ駆けていった。
残された2人にナミは大きくため息を吐いた。


「アンタたちね…」
「「っ!」」

ナミの低い声に冷や汗を流す。やばいと感じ取った2人は口を噤んで視線を合わさぬように反らした。

「ちょっと視線そらすんじゃないわよ」
「わ、わり」
「ローも!」
「…おー」

先にナミと視線を合わせたのはキッド。耐えられなかったらしい。後にローもいやいやながらナミと視線をあわせた。

「薙那のあの点数、夢でも何でもないわよ」
「43点か」
「最高点か」
「ちなみに前回は27点だったかしら」

それ赤点じゃねぇか、とは言わなかった。ナミの瞳がそれ以上言うな、と語っていたからだ。

「人は誰しも苦手なものがあるでしょ?薙那は古典があり得ないほどに苦手なだけよ」

アンタたちが薙那の勉強面をどう勝手に想像してたかは知らないけど、これが現実だからね。
そう言い放ったナミはそのままロビンに頭を撫でられている薙那に近付いた。近くではゾロも聞いていて、薙那に微笑みかけている。


「あいつの勉強面をどう想像って」
「別に、幻滅したわけでもねぇし」

顔は薙那に向けたまま、視線をちらっと横にいるライバルに向ける。にや、と口角を上げた。
考えていることは一緒、ということか。
再び薙那に視線を戻した2人に、想いが冷めた様子は見られなかった。






「で?渡すの?」
「えっ う、うん…」
「じゃあ頑張んなくちゃね」


カチャカチャと音を立てている環境。制服の上からエプロンを着け、頭にはバンダナを。
そう、ここは家庭科調理室。
今日は調理実習。女子も男子もエプロン、バンダナを着けて作業に取りかかっている。
ルフィとゾロはサンジに指導を受けながら作っていた。

「アンタも律儀ねぇ」
「そう、かな?」
「勉強教えてもらったからって」
「だって思ってたより出来たし!」
「はいはい」

実習内容はクッキー。数量が多いため誰かにプレゼントする女子が多数いるようで、キャッキャッと華やかに騒ぐ姿も見られる。
薙那もその一人で、ナミと共に作ることとなった。

「キッドとローにあげるとはねぇ」
「っ!」
「ま、もっと仲良くなんなさいよ!」
「う、うん」


そう、今回の調理実習のクッキーは先日、勉強を手伝ってくれたキッドとローへあげるもの。感謝とお礼を込めたプレゼント。
クッキーは数回作ったことはあるが失敗は出来ない。

「意気込みすぎてると失敗するわよ」
「うえっ?!」
「固くならないで、ほら、ありがとうって気持ちを込めた方がアイツらも喜ぶと思わない?」


ウインク付きで助言をするナミ。うん、と頬をピンクに染めた薙那はぐっと口を噤んで材料を混ぜ出す。
滲み出ていた“失敗できない”という気持ちはもう無く、ナミの言葉を聞き入れたようだ。
そんな様子の薙那を見、安心してため息を吐いた。かわいいわあ、と心の中で思いながら、騒がしいルフィ達の班を怒鳴った。

調理実習は午前中だったため、完成したクッキーは昼休みに食べる者と、昼休みに意中の相手に渡す者が主らしい。お弁当を広げながら傍らにクッキーをおいている者が多い。
キッドとローは今日も例外なく3組に足を運んで昼食を取る。勉強会以降、物理が得意なキッドとゾロで何か話していたり、少し変化がみられたが大きな変化はない。いまだに薙那がどこかで一線引いていることも然り。


「そういや、3組は調理実習だったんだろ」


昼食中に話を切り出したのは意外にもローであった。
確かにクッキーを食べている姿がクラスで見られているし、ルフィなんか食べ終わった袋を机の上に出していた。

「俺たちも昨日作った」
「そういやそうだったな」

自分で腹の足しにしたけど。と言った2人にルフィの「俺も!」という言葉が続いた。ちなみにルフィはその他ナミからも少量頂いている。
いつものように大人しく会話の聞き手に回っている薙那、なにか鞄から取り出して俯いているのに気が付いた。

「どうした?」

キッドが声をかければ肩を揺らして反応をする。
勉強会以降、少しは距離が縮まったかと思っていたがそこまでではないのだろうか。とりあえず薙那の行動を待ってみようと急かすような言葉は掛けず、ただ待つことにした。

「ほら、薙那」

そんな薙那の様子に苦笑をし、ばしっと背中を叩くナミ。サンジはそんな様子を見て微笑んでいる。手に2つ袋を持った薙那は下を向きながらキッド、ローに向かった。


「あ、の」
「ん?」
「どうした」

紙パックのジュースを口にしているキッドはストローを加えたまま。ローは足を組んで座っている。そんな2人に向かって、持っていた袋を差し出した。

「クッキーなんですけど」
「…いいのか?」

応えたのはロー。キッドはストローを加えたまま薙那をみている。

「は、はい!その、この間、勉強を教えていただいたお礼です」
「そんなん気にすんな」
「いえでも、いい結果も残せましたし」

ほんの気持ちです。
微笑みながら差し出された、クッキーの入っているだろう袋2つ。そんな顔されて受け取らない訳ないだろう。
笑顔を涙にさせるなんて、するわけない。

「わかった、受け取る」
「悪ィな」

袋を受け取った2人。薙那はパァアと眩しい程に明るい笑顔を向ける。試験結果の時も今までも、こんな笑顔を見たことがなかった2人はそのまま動けない。

「お口に合えば、いいんですけど」
「あーら、お口に合うと思うわよ?美味しかったしね!」
「きゃっ ナミ!」

にゅ、と薙那の後ろから延びたのはナミの腕。薙那の肩に腕を回し顔を近づける。

「あんなに気持ちを込めたんだもの。当たり前よ」
「ちょっとナミ…」
「いいじゃない。本当のことなんだし」


このこのォ、と薙那の頬を指で押すナミに薙那は顔を赤くしながら反抗する。止めてよ、と言いながら益々赤くなる薙那に、キッドとローは思わず口を押さえて視線を反らした。
代弁するなら「やべぇ、かわいい」と言ったところだろう。


「なあなあ、薙那のクッキー早く食って見ろよー」

そんな2人の間にすかさず入り込んだのは購買のパンをくわえたままのルフィ。その出現に驚いた2人は手にしたばかりのクッキーを落としそうになる。

「うわっ あっぶねーなぁ。せっかくのうまいクッキーが台無しになるぞ?」
「うまい…?」
「ルフィ、テメェ食ったのか?」
「ん?おお、出来立てもらったぞ!味見して欲しいって言うからな。一番に!」

“一番に”。その言葉にローは迷わずルフィの額に頭突きをした。激しく鈍い音がしたことにキッドもあんぐりと口を開けてみているだけ。

「テメェ…一番てどーいうことだ」
「っ痛てえ!何すんだよロー」
「こたえろ!」


ぎゃいぎゃい騒ぎ出すローとルフィ。騒ぎが大きくなりそうなので薙那もナミも、2人を止めようとする。サンジも加わるが、2人の睨み合いは変わらない。

そんな傍らで、キッドはクッキーを1つ、口へ放り込んだ。
食感の良いそれに、ほのかな甘さが口に広がる。



「美味い」


その味を噛みしめながら、心がどこが満たされるような気持ちを覚えていた。



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薙那ちゃんなりの感謝のしるしです。
絶対いれようと思った話。

12.12.02.
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